梁甫吟 #4 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -298

tsuki0882


#1
長嘯梁甫吟。 何時見陽春。
君不見朝歌屠叟辭棘津、八十西來釣渭濱。
寧羞白發照淥水。逢時壯氣思經綸。
廣張三千六百鉤。 風期暗與文王親。
大賢虎變愚不測。 當年頗似尋常人。

#2
君不見 高陽酒徒起草中。 長揖山東隆准公。
入門不拜騁雄辯。 兩女輟洗來趨風。
東下齊城七十二。 指揮楚漢如旋蓬。
狂客落魄尚如此。何況壯士當群雄。
我欲攀龍見明主。雷公砰訇震天鼓。

#3
帝旁投壺多玉女。三時大笑開電光。
倏爍晦冥起風雨。閶闔九門不可通。
以額叩關閽者怒。白日不照吾精誠。
杞國無事憂天傾。貕貐磨牙競人肉。
騶虞不折生草莖。手接飛猱搏雕虎。

#4
側足焦原未言苦。智者可卷愚者豪。
焦原の絶壁の石に足のつま先で立って、少しも苦しいなどとは言わない。知恵ある者は知恵を巻物にしまいこむようにしていることができるもの、愚か者ほど、強がったり、偉い素振りをするものだ。
世人見我輕鴻毛。力排南山三壯士。
焦原の絶壁の石に足のつま先で立って、少しも苦しいなどとは言わない。知恵ある者は知恵を巻物にしまいこむようにしていることができるもの、愚か者ほど、強がったり、えらそぶったりするものだ。
齊相殺之費二桃。吳楚弄兵無劇孟。
斉の宰相(妟子)はかれらを殺すのに、わずか二つの桃をついやしただけだった。また、呉楚七国は兵をあげ反乱をくわだてながら、劇孟というような立派で勇壮な人物を味方にしなかった。
亞夫咍爾為徒勞。梁甫吟。聲正悲。
だから、反乱を鎮圧した周亜夫は、七国の反乱を無駄な骨折りをしたものだと、せせら笑った。簗甫吟を吟じて、ここに至れば、声はまことに悲壮となる。
張公兩龍劍。 神物合有時。
むかし張公のもっていた二つの宝剣が、別別に失われたにもかかわらず、二頭の竜となってあらわれたという故事もある。非常にすぐれたものは、その働き場所を得るには、時期というものが合わなければならないのだ。
風云感會起屠釣。大人嶬屼當安之。

竜虎が風雲に出会って活躍したように、牛の屠殺と釣三昧から一躍、身を起した太公望という人もいる。今の世の君主が動揺不安の境遇にあるとき、わたしこそが、それを安定させる人であるのだ。

梁甫吟#1
長嘯す梁甫吟。何れの時か陽春を見ん。
君見ずや 朝歌の屠叟 棘津を辞し、八十にして西に来って渭浜に釣す。
寧んぞ羞じんや 白髪の淥水を照らすを、時に逢い気を壮にして 經綸を思う。
広く張る三千六百鉤、風期 暗に文王と親しむ。
大賢は虎変して愚は測らず、当年頗る似たり尋常の人に。

#2
君見ずや高陽の酒徒 草中に起り、山東の隆準公に長揖せるを。
門に入りて拝せず 雄弁を騁すれば、両女洗うことを輟めて 来って風に趨る。
東のかた斉城七十二を下す、楚漢を指揮して旋蓬の如し。
狂客落魄するも 尚お此の如し、何ぞ況んや壮士の群雄に当るをや。
我竜に攀じて明主に見えんと欲す、雷公の砰訇(ほうこう) 天鼓を震う。
#3
帝の旁に授壷して 玉女多し、三時大笑して 電光を開く。
倏燦(しゅくしゃく) 晦冥(かいめい) 風雨を起す、
閶闔(しょうこう)の九門 通ず可からず。
額を以て関を叩けば 閽者怒る、白日吾が精誠を照らさず。
杞国無事にして 天の傾くを憂う、喫給は牙を磨いて 人肉を競い。
騶虞(すうぐ)は折らず 生草の茎、手は飛猿に接して 雕虎を持ち。

#4
足を焦原に側だてて 未だ苦を言わず、智者は巻く可く愚者は豪なり。
世人我を見ること鴻毛よりも軽し、力は南山を排す三壮士。
斉相 之を殺すに二桃を費す、呉楚兵を弄して劇孟無し。
亜夫 咍爾としで徒労と為す。梁甫吟  声正に悲し。
張公の両竜剣、神物 合するに時有り。
風雲感会 屠釣を起す、大人嶬屼たらは当に之を安んずべし。


戦国時代勢力図


現代語訳と訳註
(本文)

側足焦原未言苦。智者可卷愚者豪。
世人見我輕鴻毛。力排南山三壯士。
齊相殺之費二桃。吳楚弄兵無劇孟。
亞夫咍爾為徒勞。梁甫吟。聲正悲。
張公兩龍劍。 神物合有時。
風云感會起屠釣。大人嶬屼當安之。


(下し文)
足を焦原に側だてて 未だ苦を言わず、智者は巻く可く愚者は豪なり。
世人我を見ること鴻毛よりも軽し、力は南山を排す三壮士。
斉相 之を殺すに二桃を費す、呉楚兵を弄して劇孟無し。
亜夫 咍爾としで徒労と為す。梁甫吟  声正に悲し。
張公の両竜剣、神物 合するに時有り。
風雲感会 屠釣を起す、大人嶬屼たらは当に之を安んずべし。


(現代語訳)
焦原の絶壁の石に足のつま先で立って、少しも苦しいなどとは言わない。知恵ある者は知恵を巻物にしまいこむようにしていることができるもの、愚か者ほど、強がったり、偉い素振りをするものだ。
焦原の絶壁の石に足のつま先で立って、少しも苦しいなどとは言わない。知恵ある者は知恵を巻物にしまいこむようにしていることができるもの、愚か者ほど、強がったり、えらそぶったりするものだ。
斉の宰相(妟子)はかれらを殺すのに、わずか二つの桃をついやしただけだった。また、呉楚七国は兵をあげ反乱をくわだてながら、劇孟というような立派で勇壮な人物を味方にしなかった。
だから、反乱を鎮圧した周亜夫は、七国の反乱を無駄な骨折りをしたものだと、せせら笑った。
むかし張公のもっていた二つの宝剣が、別別に失われたにもかかわらず、二頭の竜となってあらわれたという故事もある。非常にすぐれたものは、その働き場所を得るには、時期というものが合わなければならないのだ。
竜虎が風雲に出会って活躍したように、牛の屠殺と釣三昧から一躍、身を起した太公望という人もいる。今の世の君主が動揺不安の境遇にあるとき、わたしこそが、それを安定させる人であるのだ。

sangaku880

(訳注) #4
側足焦原未言苦。智者可卷愚者豪。

焦原の絶壁の石に足のつま先で立って、少しも苦しいなどとは言わない。知恵ある者は知恵を巻物にしまいこむようにしていることができるもの、愚か者ほど、強がったり、えらそうなそぶりをするものだ。
智者可巻 知恵ある者は、政治が道をはずれ、筋の通らぬ時代には、自己の才能や知恵をふところに巻きこんで、世に出ない。「論語」の「衛の霊公」に「君子なる哉、蘧伯玉。邦に道あれば則ち仕え、邦に道なければ則ち巻きて懐(いだ)く可し」とある。

世人見我輕鴻毛。力排南山三壯士。

世間の人は、わたしを鴻の鳥羽の毛より軽く見くびっているのである。むかし、力自慢では南山でもおしのけるという三人の壮士がいた。
力排南山三壯士 諸葛亮(諸葛孔明)『梁甫吟』#1で全文掲載 説明は以下が詳しい。
力能排南山  文能絶地紀
一朝被讒言  二桃殺三士
誰能為此謀  国相斉晏子
力を能く南山を排し  文を能く地紀を絶つ
一朝 讒言を被りて  二桃 三士を殺す
誰か能く此の謀を為せる  国相斉の晏子なり

「二桃もて三士を殺す」「妟子春秋」に見える故事。春秋時代の斉の景公の部下に、公孫接・田開疆・古冶子という三人の勇士がいた。力が非常に強く、虎をなぐり殺した。ある日、斉の国の大臣である量子(曇嬰)が彼らの前を通りすぎたが、三人は起ち上ろうともしない。妟子は景公にお目通りして言った。「かれらは勇気とカの持主ですが、礼節を知りません。君臣上下の分別がありません。これを放っておくと危険ですから、殺してしまうべきです。」国王は同意したが、三人の勇士を刺殺することのできる者はいない。妟子は一計を案じた。かれは国王の名によって、二つの桃を三人に送りとどけ、各自の能力をくらべあって、能力の大きい者が桃を食わないかと言った。まず公孫接が言うには「按は、第一にいのししを打ち殺し、第二に虎の子をも打ち殺した。この接の能力などは、十分に桃を食うねうちがある。人と同じには見てもろうまい。」桃をつかんで起ち上った。次に田閉彊が言った。「わたしは、武器をとって敵の大軍をしりぞけること二度。この開彊の能力などは、十分に桃を食うねうちがあり、人と同じには見てもろうまい。」やはり、桃をつかんで起ち上った。さいごに古冶子が言った。「わたしは、かつて主君に従って黄河をわたったとき、大きなスッポンが三頭立の馬車の左の副馬にくらいつき、黄河の中流に柱のように突立っている砥柱山の流れに引きずりこんだ。この冶は、流れに逆らうこと百歩、流れに順うこと九里、大スッポンをつかまえて殺し、左手で副馬の尾をあやつり、右手にスッポンの頭をひっさげ、おどりあがって岸に出た。人びとがみな、河伯(黄河の神様)だと言うので、この冶がよく見ると、それは大スッポンの首だった。この冶の能力などは、やはり桃を食うねうちがあり、人と同じには見てもろうまい。お二方、どうして桃をかさえないのか。」公孫接と田開彊が言った。「われわれの勇はあなたに及ばない。能力もあなたに及ばない。桃を取ってゆずらないのは欲が深い。そして又、死なないのは勇気がない。」二人とも、その桃をかえし、自分の手で首をしめて死んだ。古冶子は言った。「二人が死んだのに、冶がひとり生きているのは不仁である。人に恥をかかせながら、自分だけが誇っているのは、不義である。そうした自分の行為を遺憾に思いながら死なないのは勇気がない。」これまた、その桃をかえし、自分の手で首をしめて死んだ。景公は、三人を鄭重に葬った。


齊相殺之費二桃。吳楚弄兵無劇孟。
斉の宰相(妟子)はかれらを殺すのに、わずか二つの桃をついやしただけだった。また、呉楚七国は兵をあげ反乱をくわだてながら、劇孟というような立派で勇壮な人物を味方にしなかった。
○吳楚弄兵無劇孟。 漢の景帝三年(紀元前154年)、呉楚等七国が反乱を起したとき、景帝は大将軍の竇嬰、太尉の周亞夫を派遣して鎮圧させた。周亞夫は東方にむかい河南に至ろうとしたとき、当時の有名な侠客であった劇孟を味方に得た。東天は喜んで言った。「呉や楚は天下を争うような大事を企てながら、劇孟を求めない。わたしは、かれらが何もできないことを知るだけだ。」「漢書」に見える話であるが、強大であった呉楚の分断作戦と補給路を断つことで戦意を失わせ、内部分解させた。
 
亞夫咍爾為徒勞。梁甫吟。聲正悲。
だから、反乱を鎮圧した周亜夫は、七国の反乱を無駄な骨折をしたものだと、せせら笑った。
簗甫吟を吟じて、ここに至れば、声はまことに悲壮となる。
〇咍 せせら笑う。


張公兩龍劍。 神物合有時。
むかし張公のもっていた二つの宝剣が、別別に失われたにもかかわらず、二頭の竜となってあらわれたという故事もある。非常にすぐれたものは、その働き場所を得るには、時期というものが合わなければならないのだ。
張公両竜剣 竜泉、太阿という二つの宝剣が、豫章と豐城とで出土し、張華と雷煥の二人が、おのおのその一刀を待ったと伝えられる。その後、張華が誅せられ、剣のありかを失った。雷煥が亡くなったのち、子の雷華が剣を持って旅をし、延平津に通りかかった時、剣が突然、腰間から躍り出て水中におちた。人を水にもぐらせてさがしたが、剣は見つからず、しかし、長さ数丈の二頭の竜を見たという。


風云感會起屠釣。大人嶬屼當安之。
竜虎が風雲に出会って活躍したように、牛の屠殺と釣三昧から一躍、身を起した太公望という人もいる。今の世の君主が動揺不安の境遇にあるとき、わたしこそが、それを安定させる人であるのだ。
風雲感會 「易経」に「竜は雲に従い、虎は風に従う」とある。竜虎が風雲に出会うように、英雄が時を得て、めざましく活躍すること。○屠釣 牛殺しや釣をしていた男。太公望をさす。○大人 ここではおそらく君主をさす。○幌帆 「書経」や「易経」に見える言葉、(机隈・離礁)と意味は同じく、動揺して不安なありさま。 


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