北上行 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -303
安禄山の乱

安史の乱 年譜
 ○756年6月,玄 宗 の命令 に より,哥舒翰軍 は潼関より東に出撃.哥舒翰は敗北して敵の手 中に.長 安では楊 国忠の主張に より,蜀(四川)へ の蒙塵を決定.
○756年6月13日 未明,玄 宗,皇 太子夫妻,楊 貴妃 とその一族,楊 国忠一家,公主たちが,極 秘裏 に宮殿 を脱 出.
○その後,玄宗は蜀へ 蒙塵し,皇 太子 は捲土重来を期して霊武へ向かう.霊武は西北辺境の要衝であり,かつ朔方節度使・郭子儀の本拠地.
756年07月,皇太子は群臣の懇望を受けて,蜀にある玄宗を上皇にまつりあげ,粛宗として霊武で即位.至徳と改元.
756年09月,粛 宗 はウイグルに援軍を求めるために使者 を漠北のモンゴリアに派遣使者とな ったのは,王族の一人(敦 煙郡王承粟)と トルコ系武将の僕固懐恩とソグド系 武将の石定番.
756年8~9月杜甫蘆子関付近で捕縛される
・756年10月にオルホン河畔のオルドバリクで会見.ウイグルの第2代 可汗 ・磨延畷(葛 勒可汗)は 喜んで,可敦(qatun;可汗の正妻)の妹をめあわ自分の娘とした上で,これを承粟に嬰す.さ らにウイグルの首領を答礼の使者として派遣してきたので,粛宗はこれを彭原に出迎え,ウ イグル王女を砒伽公主 に封 じた.
・756年011~12月[通 鑑 によれ ば7~12月],安史勢力側 の阿史那従礼 が突廠・同羅 ・僕骨軍5000騎 を率い,河曲にあった九(姓?)府・六胡州の勢力数万も合わせて,行在=霊武 を襲わんとした。
・756年12月郭子儀は,磨延啜自身が率いて南下してきたウィグル本軍を陰山と黄河の間にある呼延谷で迎え,これと合流、
・一方これ以前 に葛遷支率いる ウイグル別働 隊2000騎 がまず范陽を攻撃したが,成功せずにそこから太原方面に移動.
・郭子儀軍はこれ らのウイグル本軍並びに別働隊と協力して,阿史那従礼軍を斥け,河曲(黄河の大湾曲部内側の北半部,す なわちオルドスを中心に,そ の外側の陰山山脈以南を合わせた一帯;現在の内蒙古自治区の一部とちんにし陝西省~寧夏回族自治区の北辺)を 平定した.


北上行 #1
北上何所苦,北上緣太行。
北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。
馬足蹶側石,車輪摧高岡。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
沙塵接幽州,烽火連朔方。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
前行無歸日,返顧思舊鄉。」

人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。
#2
慘戚冰雪里,悲號絕中腸。
尺布不掩體,皮膚劇枯桑。
汲水澗穀阻,采薪隴坂長。
猛虎又掉尾,磨牙皓秋霜。
草木不可餐,饑飲零露漿。
歎此北上苦,停驂爲之傷。
何日王道平,開顏睹天光。
#1
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。

#2
惨戚(さんせき)たり 冰雪の裏、悲しみ号(さけ)びて中腸を絶たつ。
尺布(せきふ)は体を掩(おお)わず、皮膚は枯れし桑よりも劇(はげ)し。
水を汲むには 澗谷(かんこく)に阻(へだ)てられ、薪を采るには 隴坂 長し。
猛虎は 又 尾を掉(ふる)い、牙を磨きて 秋霜よりも皓(しろ)し。
草木 餐(くら)う可からざれば、飢えて零(こぼ)れし露の漿(しる)を飲む。
此の北上の苦しみを嘆き、驂(さん)を停(とど)めて 之が為に傷む。
何れの日か 王道平らかにして、開顔 天光を覩みん。
黄河二首 杜甫


現代語訳と訳註
(本文) 北上行 #1
北上何所苦,北上緣太行。
磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
馬足蹶側石,車輪摧高岡。
沙塵接幽州,烽火連朔方。
殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
前行無歸日,返顧思舊鄉。」


(下し文) #1
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。


(現代語訳)
北上行 #1

北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。


(訳注) #1
北上行 
755年 李白は年末に妻の宗氏と義弟の家族をつれて、南へ向かった。「北上行」は黄河周辺の住民が戦禍を避けて北の太行山中に逃げ込む様子を想像で詠った詩である。
 
北上何所苦,北上緣太行。
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
○人民の戦を避ける心理としては、勝っている方へ行くことである。当時の戦争は歩兵戦が基本であり、平野部を避けたのである。


磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
磴道 石の多い坂道。○盤且峻 平坦だったり、曲がっているそれからけわしくなる。 ○巉岩 切り立った険しいがけ。高くそびえた岩。○凌穹蒼  上に出る。こえる。しのぐ。 相手を踏みつけにする。天空,大空 苍穹 青空。


馬足蹶側石,車輪摧高岡。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。


沙塵接幽州,烽火連朔方。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
沙塵 安禄山の叛乱を示すが、15万の軍勢であったから、隊列は砂塵を巻き起こした。○朔方 北のほう。


殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
○殺氣 不満分子や、盗賊などが入り混じるもので殺戮、略奪が横行した。○劍戟 戦の剣や矛によるもの。○嚴風 おりしも冬の真っただ中、山中に逃れたのである。


奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
奔鯨 安禄山の軍、忠思明の軍に異民族、不満の潘鎮など連合軍を安史軍という。○鑿歯 猛獣の牙。


前行無歸日,返顧思舊鄉。」
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。
人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。
○安史の乱によって人口は半減したといわれる。均田法を基礎とした住民登録の租が崩壊したことをいう。この租は律令国家として、租庸調と府兵制の基礎であった。

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