盛唐詩 越中逢天臺太乙子 孟浩然<29> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -336

孟浩然

☆前集巻上
★文苑巻二二七(道門)、唐百、全唐詩巻一五九、古今巻一二五、孟浩然集巻一
卷159_43 「越中逢天臺太乙子」孟浩然

越中逢天臺太乙子
越中の天台山で太乙先生に逢う。
仙穴逢羽人,停艫向前拜。
ここにある仙人の隠棲する禹穴で有名なところであり、㶚人である太乙先生に逢うことになる。船を止めて、前に進み拝顔に向かうのである。
問余涉風水,何處遠行邁。
わたしにここの風光と河水を渡っていくのかと問われるだろう、そして心の中を揺れ動かしていてどこに行くのはなぜですかということを聞かれる。
登陸尋天臺,順流下吳會。
孫綽に倣い、陸に上がって天台山を尋ねようとし川に沿って呉の会稽の地へ下るためとこたえる。
茲山夙所尚,安得問靈怪。
この山はかねてより尊崇されてきたところでなんとか神霊のことを聞きたいものだと思っていたのです。
上逼青天高,俯臨滄海大。』

この山に登れば、上は高い青天にも近づくことができ伏して眺めれば眼下に滄海が広がっているのが見える。』
雞鳴見日出,常覿仙人旆。往來赤城中,逍遙白雲外。
莓苔異人間,瀑布當空界。福庭長自然,華頂舊稱最。
永此從之游,何當濟所屆。


僊穴にて羽人に逢はんとし、艫を停めて前に向ひて拜す
余に問ふ風水を渉り、何事ぞ遠く行邁すと。
陸に登りて天台を尋ね、流れに順ひて呉會に下る。
茲の山夙【つと】に尚ぶ所、安んぞ靈怪を聞くを得ん。
上は青天の高きに逼り、俯して滄海の大なるに臨む。』

鷄鳴きて日の出づるを見、毎に神僊と會ふ。
來去す 赤城の中、逍遙たり 白雲の外。
莓苔は人間に異なり、瀑布は空界を作せり。
福庭は長く不死にして、華頂は舊より最と稱す。
永く懷ふ 此に從ひて遊び、何當【いつ】か届【いた】る所に濟らんことを。』

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現代語訳と訳註
(本文)
越中逢天臺太乙子
仙穴逢羽人,停艫向前拜。
問余涉風水,何處遠行邁。
登陸尋天臺,順流下吳會。
茲山夙所尚,安得問靈怪。
上逼青天高,俯臨滄海大。』


(下し文)
越中逢天臺太乙子
僊穴にて羽人に逢はんとし、艫を停めて前に向ひて拜す
余に問ふ風水を渉り、何事ぞ遠く行邁すと。
陸に登りて天台を尋ね、流れに順ひて呉會に下る。
茲の山夙【つと】に尚ぶ所、安んぞ靈怪を聞くを得ん。
上は青天の高きに逼り、俯して滄海の大なるに臨む。』


(現代語訳)
越中の天台山で太乙先生に逢う。
ここにある仙人の隠棲する禹穴で有名なところであり、㶚人である太乙先生に逢うことになる。船を止めて、前に進み拝顔に向かうのである。
わたしにここの風光と河水を渡っていくのかと問われるだろう、そして心の中を揺れ動かしていてどこに行くのはなぜですかということを聞かれる。
孫綽に倣い、陸に上がって天台山を尋ねようとし川に沿って呉の会稽の地へ下るためとこたえる。
この山はかねてより尊崇されてきたところでなんとか神霊のことを聞きたいものだと思っていたのです。
この山に登れば、上は高い青天にも近づくことができ伏して眺めれば眼下に滄海が広がっているのが見える。』


(訳注)
越中逢天臺太乙子

越中の天台山で太乙先生に逢う。
越中 浙江省あたりを指す。天台山での作であろう。○太一子 道士の名、不詳。『尋天台山』にも登場する。太一は太乙とも。天地創造の元気、天神、星など。字号によく用いられる。


仙穴逢羽人,停艫向前拜。
ここにある仙人の隠棲する禹穴で有名なところであり、㶚人である太乙先生に逢うことになる。船を止めて、前に進み拝顔に向かうのである。
仙穴 浙江省紹興府の会稽山にある南の葬処。・禹穴 禹が皇帝になった後、“巡守大越(見守り続けた大越)”ここで病死してしまったため、会稽山の麓に埋葬した。禹陵は古くは、禹穴と呼ばれ、大禹の埋葬地となった。大禹陵は会稽山とは背中合わせにあり、前には、禹池がある。隠遁をしめしている。『越中秋懷』 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -283○羽人 『楚辞』遠遊に「仍羽人於丹邱兮、留不死之旧郷(飛僊に従って常明のところに行き、神僊のいます不死の郷に留まる)」とある。天台山に隠棲する人を、ここでは太乙先生のことである。


問余涉風水,何處遠行邁。
わたしにここの風光と河水を渡っていくのかと問われるだろう、そして心の中を揺れ動かしていてどこに行くのはなぜですかということを聞かれる。
風水 風光と河水。○ 行く。『詩経』王風、黍離に「行邁靡靡、中心揺揺」(道をとぼとぼとたどり、心の中は揺れ動く)とある。


登陸尋天臺,順流下吳會。
孫綽に倣い、陸に上がって天台山を尋ねようとし川に沿って呉の会稽の地へ下るためとこたえる。
○登陸尋天台 孫綽の賦の表現。○登陸 孫綽「遊天台山賦序」に「渉海則有方丈蓬莱、陸則有四明天台」とある。語注。○呉會 後漢時代には、会稽郡を呉と会稽の二郡としていた。浙江省あたりを差し、ここでは天台山のある地域を指す。

 
茲山夙所尚,安得問靈怪。
この山はかねてより尊崇されてきたところでなんとか神霊のことを聞きたいものだと思っていたのです。
靈怪 ここでは神霊のことか。○


上逼青天高,俯臨滄海大。』
この山に登れば、上は高い青天にも近づくことができ伏して眺めれば眼下に滄海が広がっているのが見える。』
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