盛唐詩 晚泊潯陽望廬山 孟浩然<39> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -346


卷160_51 「晚泊潯陽望廬山」孟浩然

晩泊潯陽望香爐峰
掛席幾千里,名山都未逢。
帆を上げて幾千里漂泊の旅をしているのだろう、この名山のことは都で聞いてはいたがまだ見てはいないのだ。
泊舟潯陽郭,始見香爐峰。
夕暮れてきたので船を潯陽の湊に停泊させる。するとどうだろう初めて香爐峰を見ることができたのだ。
嘗讀遠公傳,永懷塵外蹤。
この廬山にはあこがれて読んだ慧遠の仏教書や伝記にちなんだ土地である。わたしはこれまで長い間遠公の俗世を隠遁し「塵外」にしてその足跡を残されたことに思いをはせるのである。
東林精舍近,日暮但聞鐘。
その東林精舎近くに来ている。日暮れてくると黄昏(こうこん)の座禅をしてるのだろう、わたしはただひたすら「空」になって鐘の音を聞いている。

晩 潯陽に泊して香爐峰を望む
席を掛けて幾千里、名山 都て未だ逢はず。
舟を潯陽の郭に泊め、始めて香爐峰を見たり。
嘗て遠公の伝を読み、永く塵外の蹤を懐く。
東林精舎近く、日暮れて 但【た】だ 鐘を聞けり。

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現代語訳と訳註
(本文)
晩泊潯陽望香爐峰
掛席幾千里,名山都未逢。
泊舟潯陽郭,始見香爐峰。
嘗讀遠公傳,永懷塵外蹤。
東林精舍近,日暮但聞鐘。


(下し文) 晩 潯陽に泊して香爐峰を望む
席を掛けて幾千里、名山 都て未だ逢はず。
舟を潯陽の郭に泊め、始めて香爐峰を見たり。
嘗て遠公の伝を読み、永く塵外の蹤を懐く。
東林精舎近く、日暮れて 但【た】だ 鐘を聞けり。


(現代語訳)
帆を上げて幾千里漂泊の旅をしているのだろう、この名山のことは都で聞いてはいたがまだ見てはいないのだ。
夕暮れてきたので船を潯陽の湊に停泊させる。するとどうだろう初めて香爐峰を見ることができたのだ。
この廬山にはあこがれて読んだ慧遠の仏教書や伝記にちなんだ土地である。わたしはこれまで長い間遠公の俗世を隠遁し「塵外」にしてその足跡を残されたことに思いをはせるのである。
その東林精舎近くに来ている。日暮れてくると黄昏(こうこん)の座禅をしてるのだろう、わたしはただひたすら「空」になって鐘の音を聞いている。


(訳注)
掛席幾千里,名山都未逢。

帆を上げて幾千里漂泊の旅をしているのだろう、この名山のことは都で聞いてはいたがまだ見てはいないのだ。
○掛 帆をあげる。旅をいう。旅の基本は船である。席はむしろ。謝霊運『游赤石進帆海詩』「揚帆采石華、掛席拾海月。」(帆を揚げて石華を采り、席を掛げて海月を拾う。)仕官を諦めて会稽・天台・銭塘江に遊ぶのであるが襄陽から漢水を下り長江に入り潯陽に入ったことをしめす。この時、謝霊運の詩のイメージをもって詠う詩が多い。


泊舟潯陽郭,始見香爐峰。
夕暮れてきたので船を潯陽の湊に停泊させる。するとどうだろう はじめて香爐峰を見ることができたのだ。
潯陽 現在の江西省の揚子江岸九江市付近に置かれた郡と県の名称。この付近で揚子江は潯陽江とよばれ、白居易の「琵琶(びわ)行」に歌われた。 城郭。街。○香爐峰廬山 主峰で江西省最高峰。海抜1,474メートル。九江の南にそびえる名山。北は長江、東から南にかけては鄱陽湖と、三方が水にのぞみ、西は陸地に臨む。奇峰が多く天下の璧号いわれる。○香炉峰 廬山の西北の峰で、細長くて尖が円く、ちょうど香炉(香を焚く糞)に似ている。
廬山は断層の運動によって地塊が周囲からせりあがった断層地塊山地であり、その中に川や谷、湖沼、峰など多様な相貌をもつ。中国における第四紀の氷河が形成した地形の典型とも評され、この観点からジオパーク(世界地質公園)に指定されている。主峰の漢陽峰(大漢陽峰)は海抜が1,474メートルであるが、その周囲には多数の峰がそびえ、その間に渓谷、断崖絶壁、瀑布、洞窟など複雑な地形が生じている。
五老峰: 海抜1,436メートルの奇岩の峰。形が、五人の老人が座っているように見えることからきている。
漢陽峰: ピラミッド状の形をした廬山の主峰で江西省最高峰。海抜1,474メートル。
香炉峰: 白居易の詩の一節(「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」)や『枕草子』への引用などで知られる。
三畳泉: 落差155メートルの大きな滝。
龍首崖: 空中に突き出した崖。明代の寺院・天池寺の跡地に近い。
含鄱口: 五老峰と太乙峰の間の谷間。鄱陽湖に面しているため、湖からの水蒸気がここで霧となって峰々を覆い隠している。


嘗讀遠公傳,永懷塵外蹤。
この廬山にはあこがれて読んだ慧遠の仏教書や伝記にちなんだ土地である。わたしはこれまで長い間遠公の俗世を隠遁し「塵外」にしてその足跡を残されたことに思いをはせるのである。
遠公傳 慧遠(えおん、334年 - 416年)は、中国の東晋、廬山に住んだ高僧。隋代、浄影寺の慧遠と区別して廬山の慧遠とも呼ばれる。俗姓は賈氏。中国仏教界の中心的人物の一人である。『高僧伝』巻6「晋廬山釈慧遠伝」がある。


東林精舍近,日暮但聞鐘。
その東林精舎近くに来ている。日暮れてくると黄昏(こうこん)の読経をしてるのだろう、わたしはただひたすら「空」になって鐘の音を聞いている。
東林精舍 慧遠は46,7歳で西林寺から東林寺に移り、48歳の時に開祖となる。以来92歳で亡くなるまで、山を下りなかったということになっている。。
<虎渓三笑>儒教、仏教、道教の三人の賢者が話しに夢中のあまり、気がつくと思いも掛けないところまで来ていたという故事に基づいている。 中国浄土教の開祖で廬山(江西省にある山)の東林精舎の主、慧遠(えおん)法師は来客を見送る際は精舎の下の虎渓という谷川の手前で足を止めまだ虎渓を渡ったことがなかった。 ところがある日、詩人・陶淵明(とうえんめい)と道士の陸修静(りくしゅうせい)の二文人高士を見送った時には、話に夢中で虎渓を越えてしまい虎の吠える声を聞いて初めてそれと気づいた三人はここで大笑をしたという. ○【た】だ 1.ひとり、それだけ。もっぱら、ひたすら。しかし。いたずらに、むなしく。2.おおよそ。すべて。3.かたぬぐ。4.ほしいまま。5.たわむ。別には「空」と作る。その場合も仏教的な空として「空」として聞く、雑念を払って、、煩悩を討ち消す巣鐘の音をひたすら聞くだけということである。○
『夏日辮玉法師茅齋』
夏日茅齋裏,無風坐亦涼。竹林深筍穊,籐架引梢長。
燕覓巢窠處,蜂來造蜜房。物華皆可玩,花蕊四時芳。
(夏日 辮玉法師の茅齋にて)
夏日 茅齋の裏、風無けれども坐すれば亦た涼し。竹林深筍穊おお)く、籐架 梢を引きて長し。
燕は巢窠の處を覓め、蜂は蜜を造る房に來たる。物華 皆翫ぶべし、花蕊  四時 芳し。
四時 ・1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。・1か月中の四つの時。(かい)・(さく)・弦・望。・一日中の4回の読経の時。早晨(そうしん)(朝午前4時)・晡時(ほじ)(昼午前10時)・黄昏(こうこん)(夕方午後8時)・後夜(ごや)(夜午後8時)の座禅。ここでは一日中の4回の読経のとき。