孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運 會吟行 詩集 347

はじめに(1) 1/3
孟浩然、李白の詩に詠われている会稽はかつて東晋(317-419)の文化が花を開いたところである。この地のシンボルは会稽山で紹興県と嵊県にまたがる小丘陵の重なる山塊で、その主峰香炉峰はわずか海抜300mの丘で愛されたものである。我々日本人には「臥薪嘗胆」「会稽の恥」ということで知れ渡っている地だ。
この土地の生んだ偉大な詩人に謝霊運(385-433)は、その文名は存命中においてははなはだしく著名で、彼が一詩を作ると、都じゅうにただちに知られ、人々の口から口へと愛唱されたと、彼の死後八年たって生まれた宋の沈約(441-513)は、生々しい伝承を、尊敬をこめて『朱書』の本伝に生き生きと記載している。のちに伝記文学の代表的なものとして、『文選』に選ばれ、多くの後世の知識人に愛読された。

謝霊運(しゃれいうん、385―433)

會吟行 謝霊運 
会稽を吟ずる歌
六引緩清唱、三調佇繁音。
古典の六引の曲は清らかなる合唱によってこの宴場を弛緩させてくれる。それに今はやっている三調「清・平・側という曲の調子」は盛繁な音であるがこれらをひとまず止めてほしい。
列筵皆静寂、咸共聆會吟。」
この宴席に列する人々は皆な静寂にして、全員で共に会稽の吟を聞いてくれないか。
會吟自有初、請従文明敷。
会稽吟にはどうしてもまず初めに歌われるべきこと有るのである。古代の三皇五帝が作り上げた礼節の文明が受け継がれてきているところなのだ。
敷績壺冀始、刊木至江汜。
その功績は壺・巽州(陝西・河北・山西省)から始まって、次々に木を伐り長江の下流域を平定した。
列宿柄天文、負海横地理。』

列なれる星座は、天体の現象、日・月・星辰の模様を九天に整列させ、海を背負うようにこの地形は横たわっている。』
連峯競千仭、背流各百里。滮池漑粳稲、軽雲曖松杞。
兩京愧佳麗、三都豈能似。
層臺指中天、飛燕躍廣途、鷁首戯清沚。』
肆呈窈窕容、路曜嬌娟子。自乗彌世代、賢達不可紀。
勾践善廢興、越叟識行止。范蟸出江湖、栴福入城市。
東方就旅逸、梁鴻去桑梓。牽綴書士風、辭殫意未己。』

六引は清らかなる唱【うた】を緩【ゆる】くし、三調は繁なる音を佇【とど】む
筵に列する皆な静寂にして、咸【あまね】し 共に会の吟を聆【き】け。
会の吟には自から初めに有り、請う文明 従り敷【の】べん。」
績を敷くくこと壺【こ】冀【き】より始まれり、木を刊【か】りて江氾【こうし】に至れり。
列宿は天文 を柄【あき】らかにし、海を負うて地理横【よこ】たう。』

連なれる峰は千便【せんじん】を競い、背【そむ】き流れるは各おの百里。
破【なが】れる池は梗【うるち】と稲とに漑【そそ】ぎ、軽き雲は松と杷【おうち】とに唆【くら】し。
両京も佳麗【かれい】に悦【は】ず、三都豈に能く似んや。
層【かさ】なる台は中天より指【うつく】しく、飛燕【ひえん】は広き途【みち】に躍【おど】り、鶴首【げきしゅ】は清き沚【なぎさ】に戯る。』

肆【しつ】は窃充【おだやか】な容【すがた】を呈【あら】わし、路は婚姻【なまめか】しき子を曜【かが】やかす。
自乗 世代を弥【わた】り、賢達(の人)紀【しる】す可からず。
勾践【こうせん】は廃興を善【よ】くし、越叟【えつそう】は行くと止【とど】まるを識り。
范蟸【はんれい】は江湖に出で、栴福は城市に入り。
東方は旅逸【たび】に就き、梁鴻【りょうこう】は桑梓【ふるさと】を去れり。
牽綴【つづ】って士風を害す、辞 殫【つ】くるも意 未だ己まず。』


現代語訳と訳註
(本文)
會吟行 謝霊運 
六引緩清唱、三調佇繁音。
列筵皆静寂、咸共聆會吟。」
會吟自有初、請従文明敷。
敷績壺冀始、刊木至江汜。
列宿柄天文、負海横地理。』

(下し文)
六引は清らかなる唱【うた】を緩【ゆる】くし、三調は繁なる音を佇【とど】む
筵に列する皆な静寂にして、咸【あまね】し 共に会の吟を聆【き】け。
会の吟には自から初めに有り、請う文明 従り敷【の】べん。」
績を敷くくこと壺【こ】冀【き】より始まれり、木を刊【か】りて江氾【こうし】に至れり。
列宿は天文 を柄【あき】らかにし、海を負うて地理横【よこ】たう。』

(現代語訳)
会稽を吟ずる歌

古典の六引の曲は清らかなる合唱によってこの宴場を弛緩させてくれる。それに今はやっている三調「清・平・側という曲の調子」は盛繁な音であるがこれらをひとまず止めてほしい。
この宴席に列する人々は皆な静寂にして、全員で共に会稽の吟を聞いてくれないか。
会稽吟にはどうしてもまず初めに歌われるべきこと有るのである。古代の三皇五帝が作り上げた礼節の文明が受け継がれてきているところなのだ。
その功績は壺・巽州(陝西・河北・山西省)から始まって、次々に木を伐り長江の下流域を平定した。
列なれる星座は、天体の現象、日・月・星辰の模様を九天に整列させ、海を背負うようにこの地形は横たわっている。』


(訳注)
會吟行

会稽を吟ずる歌
『文選』巻二十七「楽府」として選定されている。○會 江蘇省会稽。会稽は海にも近く、気温も薯からず、寒からず、湿度も割合に高い。それゆえ、植物もよく茂り、物産の豊かな地であった。会稽はかつて東晋(317-419)の文化が花を開いたところである。この地のシンボルは会稽山で紹興県と嵊県にまたがる小丘陵の重なる山塊で、その主峰香炉峰はわずか海抜300mの丘で愛されたものである。


六引緩清唱、三調佇繁音。
古典の六引の曲は清らかなる合唱によってこの宴場を弛緩させてくれる。それに今はやっている三調「清・平・側という曲の調子」は盛繁な音であるがこれらをひとまず止めてほしい。
六引 古典の六引の曲。六つの弦楽器による合奏と合唱など。○三調 清・平・側という曲の調子


列筵皆静寂、咸共聆會吟。」
この宴席に列する人々は皆な静寂にして、全員で共に会稽の吟を聞いてくれないか。
列筵 宴席に身分役職により居並ぶ状況をいう。○咸共 みんな全員でいっしょに。○ 聞け。○會吟 会稽吟。会稽で古くからつたえられた詩。


會吟自有初、請従文明敷。
会稽吟にはどうしてもまず初めに歌われるべきこと有るのである。古代の三皇五帝が作り上げた礼節の文明が受け継がれてきているところなのだ。
文明 古代から引き継がれる礼節の君主三皇五帝、堯舜禹の文明が土着化している。


敷績壺冀始、刊木至江汜。
その功績は壺・巽州(陝西・河北・山西省)から始まって、次々に木を伐り長江の下流域を平定した。
壺 禹穴禹が皇帝になった後、“巡守大越(見守り続けた大越)”ここで病死してしまったため、会稽山の麓に埋葬した。禹陵は古くは、禹穴と呼ばれ、大禹の埋葬地となった。大禹陵は会稽山とは背中合わせにあり、前には、禹池がある。
冀始 古代九州をしめす。冀州、兗州、青州、徐州、揚州、荊州、豫州、梁州、雍州を指


列宿柄天文、負海横地理。』
列なれる星座は、天体の現象、日・月・星辰の模様を九天に整列させ、海を背負うようにこの地形は横たわっている。』
○愿隨任公子。 欲釣吞舟魚。任公子の故事。子明は会稽山の山頂から沖に届くくらいの竿を作り、餌も去勢牛五十頭ほど用意し、一年かけて釣り上げた。それを村人に食べ物を配った。『荘子』任公子にある。という故事ができるほど、海の幸にも恵まれている地の理をいう。