孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運<3> 彭城宮中直感歲暮 詩集 357(彭城の宮中にて直【とのい】し歳暮【さいぼ】に感ず)

418年 34歳の作 五言古詩

その年の九月九日、重陽の日、宋公すなわち劉裕と戯馬台(彭城=今の江蘇省銅山県の南にあった)所で、孔令つまり孔靖を送る宴会が盛大に開かれ、そのとき、「九日宋公の戯馬台の集に従って孔令を送る」の作が生まれた。
晩秋になって、寒さが日毎に厳しくなって、自然が急にその美しい姿を変えてゆくのを草木や鳥を用いて巧みに歌い、そして、宋公が孔靖の送別の宴を開いたその様子を詳しく述べ、別れの悲しみをいうのであろうが、謝霊運は隠棲した願望をおたった者であった。
この年の暮れは彰城で暮らしていて、年の暮れに朝廷に宿直した時、「彭城の宮中にて直し歳暮に感ず」の作がある。
miyajima 697


彭城宮中直感歲暮
彭城の宮中に宿直した年の暮れに感じた詩
草草眷物徂、契契矜歳殫。
辛く苦しいおもいをしたままでいて物が行くのを見る、先のことを考えて愁いに悩んでいる儘年の暮れを迎えて感じることがある。
楚艶起行戚、呉趨絶帰懽。
長江下流域、昔楚の国であった頃からの艶歌は隠棲しようとする旅人を威光を強くした、呉の国のことは「呉趨行」という詩にもあらわされたように風光明美なところであり、ここに何時かは帰るのであるから今帰ることをしないことを喜ばないといけない。
修帯緩舊裳、素髪改朱顔。
何度も古い衣裳を緩め、帯を直してきたことか、いつのまにか、若さあふれる顔から、白髪に変わっている
晩暮悲濁坐、嗚鶗歇春蘭。

日暮れて哀しくしてひとりすわっている。ああこの鷹といわれた男も春のあでやかな蘭の花も萎れてしまうのか

(彭城の宮中にて直【とのい】し歳暮【さいぼ】に感ず)
草草 物の徂【ゆ】くを眷【み】、契契 歳の殫【つ】くるを矜【お】しむ
楚艶【そえん】に行【たび】の戚【かな】しみを起こし、呉趨【ごすう】に帰る懽びを絶つ。
修帯も旧裳に緩【ゆる】やかに、素髪に朱顔も改まりぬ。
晩暮に独り坐するを悲しむ、鳴く鶗【たか】 春蘭を歇【しぼ】ます。


現代語訳と訳註
(本文)
 彭城宮中直感歲暮
草草眷物徂、契契矜歳殫。
楚艶起行戚、呉趨絶帰懽。
修帯緩舊裳、素髪改朱顔。
晩暮悲濁坐、嗚鶗歇春蘭。

(下し文) (彭城の宮中にて直【とのい】し歳暮【さいぼ】に感ず)
草草 物の徂【ゆ】くを眷【み】、契契 歳の殫【つ】くるを矜【お】しむ
楚艶【そえん】に行【たび】の戚【かな】しみを起こし、呉趨【ごすう】に帰る懽びを絶つ。
修帯も旧裳に緩【ゆる】やかに、素髪に朱顔も改まりぬ。
晩暮に独り坐するを悲しむ、鳴く鶗【たか】 春蘭を歇【しぼ】ます。


(現代語訳)
彭城の宮中に宿直した年の暮れに感じた詩
辛く苦しいおもいをしたままでいて物が行くのを見る、先のことを考えて愁いに悩んでいる儘年の暮れを迎えて感じることがある。
長江下流域、昔楚の国であった頃からの艶歌は隠棲しようとする旅人を威光を強くした、呉の国のことは「呉趨行」という詩にもあらわされたように風光明美なところであり、ここに何時かは帰るのであるから今帰ることをしないことを喜ばないといけない。
何度も古い衣裳を緩め、帯を直してきたことか、いつのまにか、若さあふれる顔から、白髪に変わっている
日暮れて哀しくしてひとりすわっている。ああこの鷹といわれた男も春のあでやかな蘭の花も萎れてしまうのか


(訳注)
彭城宮中直感歲暮

彭城の宮中に宿直した年の暮れに感じた詩
南朝宋は420年に劉裕(高祖・武帝)が、東晋の恭帝から禅譲を受けて、王朝を開いた。東晋以来、貴族勢力が強かったものの、貴族勢力との妥協のもと政治を行なった。文帝の治世は元嘉の治と呼ばれ、国政は安定したが、文帝の治世の末期には北魏の侵攻に苦しむようになった。


草草眷物徂、契契矜歳殫。
辛く苦しいおもいをしたままでいて物が行くのを見る、先のことを考えて愁いに悩んでいる儘年の暮れを迎えて感じることがある。
草草 心配する様子。辛く苦しいおもいをする様子。草木が生い茂るさま。○契契 憂えるさま。憂苦の急迫するさま。


楚艶起行戚、呉趨絶帰懽。
長江下流域、昔楚の国であった頃からの艶歌は隠棲しようとする旅人を威光を強くした、呉の国のことは「呉趨行」という詩にもあらわされたように風光明美なところであり、ここに何時かは帰るのであるから今帰ることをしないことを喜ばないといけない。
楚艶 楚の国の艶歌。玉臺新詠に代表される宮中文化。長江下流域、湖南省、湖北省にあたる。○呉趨 陸機の呉という国の素晴らしさを歌った「呉趨行」という詩がある。呉の国には、慶雲が穏やかに漂い、涼やかな風が吹いている。山や沢には、芽生え伸び育っていくものが豊かにあり、土地の気風は、清らかで優れてもいるという内容のもの。


修帯緩舊裳、素髪改朱顔。
何度も古い衣裳を緩め、帯を直してきたことか、いつのまにか、若さあふれる顔から、白髪に変わっている
修帯 帯を直す。時間の経過を示す。○緩舊裳 衣装によって時の経過を示す。○素髪 白髪のことである。34歳ですべてが白髪になったというのではなく、自分の思う時の過ごし方をしていないうちに年を取っていってしまうことをいう。○改朱顔 紅顔の美少年からいつの間にか年を取った顔になる。時の経過を強調しているのではなく、自分の希望した人生を生きてきてはいないということをいっている。


晩暮悲濁坐、嗚鶗歇春蘭。
日暮れて哀しくしてひとりすわっている。ああこの鷹といわれた男も春のあでやかな蘭の花も萎れてしまうのか
○年の暮れと日の暮れ、気持ちの整理として作ったものであろう。この歌に表われた霊運の感情は年の暮れに、宮中で家族と離れて宿直している寂しさといった単純なものではないことは当然のことである。この国が約60年(420年 - 479年)の王朝であったこと、王朝の変遷はあっても旧態の貴族が支えているのであり、不安定な王朝でしかなかったものである。一方では建安文学の流れで、隠棲生活についての強いあこがれがあったのだ。