孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運<6> 従遊京口北固應詔 #1 詩集 362
(京口の北固【ほくこ】に従遊【じゅうゆう】す、詔に應ず)

418年34歳の作 内容から判断すると「三月三日侍宴西池 詩」と同じころの作であろう。前の年九月、十二月、そしてこの三月のこの詩、謝霊運の一生をみて、劉裕に従遊できる可能性はこのころの一年しかないのである。


従遊京口北固應詔 #1
高祖劉裕に従って京口(丹徒県)の北固山に遊んで、詔に答えて作った詩。
玉璽誡誠信、黄屋示崇高。
天子は佳気の白玉の印をもって人民に誠心誠意と信頼あり約束を守ることを誡め教えられる、天中の黄の練絹の笠蓋を車にかざしては身分崇高で貴いことを示される。
事為名教用、道以神理超。
世を治める基本原則としてこれらの事は世の道徳上の教化のために用いられている、王が国を治められる筋道は、ふしぎな神の力のある道理をもって、はるか遠くこの世にすぐれて存在する。
昔聞汾水遊、今見塵外鑣。
昔は堯帝が汾水の北、藐姑射【ほこや】の山に遊んで四人の仙人と遊んだことを聞いているが、今は天子が塵界を離れ、浮世から離れたこの山に清遊される馬のくつわを目の当たりに見るのである。
鳴笳發春渚、税鑾登山椒。
従者は胡笳の笛を鳴らして行列の先導をして春の猪を出発し、鴬の聲に似た響きの鈴を懸けた御車を止め、山頂に登られる。
張組眺倒景、列筵矚歸潮。
色糸の組紐の飾りある幕を張り、山の上で日月の光が下から射し、影が倒【さかさ】に映る天空を眺め、宴席を敷き列ねて海に帰りゆく潮を見るのである。

#2
遠巌映蘭薄、白日麗江皐。原濕荑縁柳、墟囿散紅桃。
皇心美陽澤、萬象咸光昭。顧己枉維縶、撫志慙場苗。
工拙各所宜、終以返林巣。曾是縈舊想、覽物奏長謡。


(京口の北固【ほくこ】に従遊【じゅうゆう】す、詔に應ず)#1
玉璽【ぎょくじ】もて誠信【せいしん】を誡【いまし】め、黄屋【こうおく】もて崇高【すいこう】を示す。
事は名教【めいきょう】の為に用ひ、道は神理【しんり】を以て超ゆ。
昔は汾水【ふんすい】の遊を聞ぎ、今は塵外【じんがい】の鑣【ひょう】を見る。
茄を鳴らして春渚【しゅんしょ】を發し、鑾を税【と】いて山椒【さんしょう】に登る。
組を張りて倒景【とうえい】を眺め、筵を列ねて歸潮【きちょう】を矚【み】る。

#2
遠巌【えんがん】は蘭薄【らんはく】に映【えい】じ、白日は江皐【えこう】に麗【うるわ】し。
原濕【げんしゅう】に緑柳【りょくりゅう】荑【きざ】し、墟囿【きょゆう】に紅桃【こうとう】散ず。
皇心【こうしん】陽澤【ようたく】を美とし、萬象【ばんしょう】咸【みな】光昭【こうしょう】す。
己を顧みるに維縶【いちゅう】を枉【ま】げ、志を撫して場苗【じょうびょう】に慙【は】づ。
工拙【こうせつ】は各々宜しき所、終【つい】に以て林巣【りんそう】に返らん。
曾ち是【ここ】に旧想【きゅうそう】に縈【まと】はれ、物を覧て長謡を奏す。


謝霊運(385-433)は、その文名は存命中においてははなはだしく著名で、彼が一詩を作ると、都じゅうにただちに知られ、人々の口から口へと愛唱されたと、彼の死後八年たって生まれた宋の沈約(441-513)は、生々しい伝承を、尊敬をこめて『朱書』の本伝に生き生きと記載している。のちに伝記文学の代表的なものとして、『文選』に選ばれ、多くの後世の知識人に愛読された。彼の生涯が奇に満ち、不幸の連続であったこが、恵まれた家柄であったことと悲運な障害というギャップにこそ偉大な文学の生まれた要素である。当時の権力者、支配者にとって、謝霊運の詩文の影響力の大きさは扱いにくいものであった。それだけに謝霊運の評価を下げることに懸命であった。

宮島(3)

現代語訳と訳註
(本文)
従遊京口北固應詔 #1
玉璽誡誠信、黄屋示崇高。
事為名教用、道以神理超。
昔聞汾水遊、今見塵外鑣。
鳴笳發春渚、税鑾登山椒。
張組眺倒景、列筵矚歸潮。


(下し文) (京口の北固【ほくこ】に従遊【じゅうゆう】す、詔に應ず)#1
玉璽【ぎょくじ】もて誠信【せいしん】を誡【いまし】め、黄屋【こうおく】もて崇高【すいこう】を示す。
事は名教【めいきょう】の為に用ひ、道は神理【しんり】を以て超ゆ。
昔は汾水【ふんすい】の遊を聞ぎ、今は塵外【じんがい】の鑣【ひょう】を見る。
茄を鳴らして春渚【しゅんしょ】を發し、鑾を税【と】いて山椒【さんしょう】に登る。
組を張りて倒景【とうえい】を眺め、筵を列ねて歸潮【きちょう】を矚【み】る。


(現代語訳)
高祖劉裕に従って京口(丹徒県)の北固山に遊んで、詔に答えて作った詩。
天子は佳気の白玉の印をもって人民に誠心誠意と信頼あり約束を守ることを誡め教えられる、天中の黄の練絹の笠蓋を車にかざしては身分崇高で貴いことを示される。
世を治める基本原則としてこれらの事は世の道徳上の教化のために用いられている、王が国を治められる筋道は、ふしぎな神の力のある道理をもって、はるか遠くこの世にすぐれて存在する。
昔は堯帝が汾水の北、藐姑射【ほこや】の山に遊んで四人の仙人と遊んだことを聞いているが、今は天子が塵界を離れ、浮世から離れたこの山に清遊される馬のくつわを目の当たりに見るのである。
従者は胡笳の笛を鳴らして行列の先導をして春の猪を出発し、鴬の聲に似た響きの鈴を懸けた御車を止め、山頂に登られる。
色糸の組紐の飾りある幕を張り、山の上で日月の光が下から射し、影が倒【さかさ】に映る天空を眺め、宴席を敷き列ねて海に帰りゆく潮を見るのである。

従遊京口北固應詔

(訳注)
従遊京口北固應詔 

(従遊京口の北固に従遊す、應詔に應ず)
高祖劉裕に従って京口(丹徒県)の北固に遊んで、詔に答えて作った詩。
従遊 宋の高祖劉裕に従って遊ぶ。・京口 江蘇省丹徒県。 ・北固 山名。丹徒県の北一里。長江に入り、三面水に臨む。 ・應詔 詔に答えた作。
 

玉璽誡誠信、黄屋示崇高。
天子は佳気の白玉の印をもって人民に誠心誠意と信頼あり約束を守ることを誡め教えられる、天中の黄の練絹の笠蓋を車にかざしては身分崇高で貴いことを示される。
玉璽 天子の佳気白玉の印。○誡誠信 人を戒しめて誠実と信頼ならしめる。○黄屋 黄色の練絹の傘をかけた、天子の車。


事為名教用、道以神理超。
世を治める基本原則としてこれらの事は世の道徳上の教化のために用いられている、王が国を治められる筋道は、ふしぎな神の力のある道理をもって、はるか遠くこの世にすぐれて存在する。
事為名教用 ・事為は世を治める基本原則をしめす。・名教は、名分と教化の二事は、道徳教化のために行なう.○道以神理超 王が国を治められる筋道は、ふしぎな神の力のある道理をもって、はるか遠くこの世にすぐれて存在する。 
 

昔聞汾水遊、今見塵外鑣。
昔は堯帝が汾水の北、藐姑射【ほこや】の山に遊んで四人の仙人と遊んだことを聞いているが、今は天子が塵界を離れ、浮世から離れたこの山に清遊される馬のくつわを目の当たりに見るのである。
汾水遊 堯帝は汾水の陽【北】、藐姑射【ほこや】の山に遊んで、四人の仙人会った『荘子誼辺遊篇』。汾水は山西省の黄河の支流。○塵外鑣 塵界を離れた清遊、武帝の行幸を指す。鑣は銜(くつわ)。馬車に乗って遊行すること。


鳴笳發春渚、税鑾登山椒。
従者は胡笳の笛を鳴らして行列の先導をして春の猪を出発し、鴬の聲に似た響きの鈴を懸けた御車を止め、山頂に登られる。
 蘆の葉を巻いた笛。後には木で作る。晋以後は天予の行列にも用いた。もと胡人が吹いたので、胡笳という。李白『春夜洛城聞笛』 ○税鑾 鴬の形で、響きもその鳥の声に似た鈴のついた車、鑾輿【らんよ】、すなわち天子の車を休息する。・は解く。放つ。○山椒 山頂。淑は丘。 


張組眺倒景、列筵矚歸潮。
色糸の組紐の飾りある幕を張り、山の上で日月の光が下から射し、影が倒【さかさ】に映る天空を眺め、宴席を敷き列ねて海に帰りゆく潮を見るのである。
張組 組みひもの飾りのある幕を張る。○倒景 倒影に同じ。極めて高い空に日月の光が下からさして、影がさかさに映ること。水面に映る山の倒影とも解する。○帰潮 退潮。