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孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運<12> 鄰里相送至方山 詩集 373

(鄰里相【あい】送って方山【ほうざん】に至る)

鄰里相送至方山
近所の人が自分を送ってくれて方山の渡し場に至る。
祗役出皇邑,相期憩甌越。
わたしは遠国を守る役目をつつしみ帝都建業を出て、甌越の永嘉郡に行って休息しようと心にきめていた。
解纜及流潮,懷舊不能發。
船の艫綱を解いて、長江の流れる潮に及んでも、旧知の人々を懐って出発することができない。
析析就衰林,皎皎明秋月。
木樹の間をサアッと吹き鳴る風が枯れた林をとおりぬけ、こうこうと白く輝いて秋の月が明るくてらす。
含情易為盈,遇物難可歇。
別離の悲しい心の内を口には出さないが胸に一杯になりやすくなっている、この風物に遇っては言わずにやめることは出来にくい。
積痾謝生慮,寡欲罕所闕。
積る病気のためにとか、生存のためとかいって、こいねがう気持ちをも捨てている、もともと欲望はもとからないので、不足を覚えることはほとんどない。
資此永幽棲,豈伊年歲別。
これを力にして永久に世を捨てて静かに隠居しようと思う。どうしてまた会うこともあろうというのに、これが千歳の長い別れであろうか。
各勉日新志,音塵慰寂蔑。
各人日々に新たに進歩するように道に努めて志し、時には音信をして、寂しく孤独な私を尉さめて欲しい。


(鄰里相【あい】送って方山【ほうざん】に至る)
役を祗【つつ】みて皇邑【こういう】を出で、相い期して甌越【おうrつ】に憩【いこ】う。
濃を解いて流れる潮に及ばんとするも、旧を懐いて発する能わず。
析折【せきせき】として衰林【すいりん】に就【つ】き、皎皎【こうこう】として秋月【しゅうげつ】明かなり。
情を含んで盈つるを為し易く、物に遇いて歇む可きこと難し。
積疴【せきあ】もて生慮【せいりょ】を謝【しゃ】し、寡欲【かよく】闕【か】くる所 罕【まれ】なり。
此に資【よ】りて永く幽棲【ゆうせい】せん、豈に伊【こ】れ年歳の別れならんや。
各々日新の志に勉【つと】め、音塵【おんじん】寂蔑【せきべつ】を慰めよ。



現代語訳と訳註
(本文)

祗役出皇邑,相期憩甌越。
解纜及流潮,懷舊不能發。
析析就衰林,皎皎明秋月。
含情易為盈,遇物難可歇。
積痾謝生慮,寡欲罕所闕。
資此永幽棲,豈伊年歲別。
各勉日新志,音塵慰寂蔑。

(下し文) (鄰里相【あい】送って方山【ほうざん】に至る)

役を祗【つつ】みて皇邑【こういう】を出で、相い期して甌越【おうrつ】に憩【いこ】う。
濃を解いて流れる潮に及ばんとするも、旧を懐いて発する能わず。
析折【せきせき】として衰林【すいりん】に就【つ】き、皎皎【こうこう】として秋月【しゅうげつ】明かなり。
情を含んで盈つるを為し易く、物に遇いて歇む可きこと難し。
積疴【せきあ】もて生慮【せいりょ】を謝【しゃ】し、寡欲【かよく】闕【か】くる所 罕【まれ】なり。
此に資【よ】りて永く幽棲【ゆうせい】せん、豈に伊【こ】れ年歳の別れならんや。
各々日新の志に勉【つと】め、音塵【おんじん】寂蔑【せきべつ】を慰めよ。


(現代語訳)
近所の人が自分を送ってくれて方山の渡し場に至る。
わたしは遠国を守る役目をつつしみ帝都建業を出て、甌越の永嘉郡に行って休息しようと心にきめていた。
船の艫綱を解いて、長江の流れる潮に及んでも、旧知の人々を懐って出発することができない。
木樹の間をサアッと吹き鳴る風が枯れた林をとおりぬけ、こうこうと白く輝いて秋の月が明るくてらす。
別離の悲しい心の内を口には出さないが胸に一杯になりやすくなっている、この風物に遇っては言わずにやめることは出来にくい。
積る病気のためにとか、生存のためとかいって、こいねがう気持ちをも捨てている、もともと欲望はもとからないので、不足を覚えることはほとんどない。
これを力にして永久に世を捨てて静かに隠居しようと思う。どうしてまた会うこともあろうというのに、これが千歳の長い別れであろうか。
各人日々に新たに進歩するように道に努めて志し、時には音信をして、寂しく孤独な私を尉さめて欲しい。


(訳注)
鄰里相送至方山

近所の人が自分を送ってくれて方山の渡し場に至る。
方山 江蘇省江寧県東五十里 (87km) 。280年(太康元年)、西晋により秣陵県より分割設置された臨江県を前身とする。翌年江寧県と改称された。 ○鄰里相送 近所の人が自分を送る。


祗役出皇邑,相期憩甌越。
わたしは遠国を守る役目をつつしみ帝都建業を出て、甌越の永嘉郡に行って休息しようと心にきめていた。
祗役 役をつつしむ。遠国を守る役目を大切に思う。○皇邑 帝都建業。(後、南京)○相期 心にきめる。 ○甌越 永嘉郡。古の東越の都。越の別名。 


解纜及流潮,懷舊不能發。
船の艫綱を解いて、長江の流れる潮に及んでも、旧知の人々を懐って出発することができない。


析析就衰林,皎皎明秋月。
木樹の間をサアッと吹き鳴る風が枯れた林をとおりぬけ、こうこうと白く輝いて秋の月が明るくてらす。
析析 風が木を吹く音。○皎皎 白く輝くさま。


含情易為盈,遇物難可歇。
別離の悲しい心の内を口には出さないが胸に一杯になりやすくなっている、この風物に遇っては言わずにやめることは出来にくい。
含情 別れの心情を口に出さず心に思う。


積痾謝生慮,寡欲罕所闕。
積る病気のためにとか、生存のためとかいって、こいねがう気持ちをも捨てている、もともと欲望はもとからないので、不足を覚えることはほとんどない。
○叙絢 久しい病気。 ○謝生慮 生存のための顧慮。○所闘 不満足なこと。 


資此永幽棲,豈伊年歲別。
これを力にして永久に世を捨てて静かに隠居しようと思う。どうしてまた会うこともあろうというのに、これが千歳の長い別れであろうか。
千歳別 千歳の長い別れ。


各勉日新志,音塵慰寂蔑。
各人日々に新たに進歩するように道に努めて志し、時には音信をして、寂しく孤独な私を尉さめて欲しい。
日新志 日々に徳を新たに修養する志。周易に「日々に其の徳を新たにす」と。
音塵 音信。消息。 ○寂蔑 寂しい孤独。蔑は無。一に「寂滅」に作る。


この詩は、悲しげに別れの歌を歌う。孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運 永初三年七月十六日之郡初発都 詩集 370、晩夏には都を出発しようと準備をしていたが、なかなか去りがたく、ぐずぐずしているうちに秋となってしまったが、それでも別れがたいと、別離の情を実に巧みに歌う。そして、「積痾」とは持病のことで、謝霊運は若いときからあまりじょうぶではなかったことをいう。それゆえ、すでに長生きのできないことを意識していたらしい。
しかし、欲望も少ないので、心に不満も少ないと唱うのは、彼の行為からみると、他人にははなはだしく理解しがたい。心のの奥底に隠棲の気持ちを持ちつづけることが、野心、謙信さの薄さを感じさせ、当時の高級官僚に理解のできないことであったのであろう。

単に、金持の気ままなわがままな謝霊運という説もあるが、そうではないとおもっている。ここにも彼に不幸を生じさせた原因の一つがあったと思う。何年いっていなければならないかもしれぬ永嘉での生活の寂しさと不安を、悲しげに親友たちに告げている。永嘉は瘴癘の地なのである。そして、この悲しみを慰めるために手紙ぐらいはください、と結んでいる。が、謝霊運の左遷されてゆく苦しさ、悲しさを、実に巧みに歌っている。中国の知識人はこのようなことを多く経験しているのである。上が変われば、それまでのものはすべて左遷されるものである。
門閥貴族政治には明日には左遷というものがついて回った。しかし謝霊運は詩文にすることで多くの人々に理解をされたのである。