過始寧墅 謝霊運<13> #1 詩集 374

近所の人が自分を送ってくれて方山の渡し場までおくりだしてくれた。
謝霊運は建康から船に乗り、無量の感慨にふけりつつ、みなれた長江を下り、永嘉への道からすこしく離れた故郷の始牢に、しばしの別れを告げるために立ち寄った。ここは、前述のごとく、霊運の生まれた土地であり、父祖を葬った地であり、名族謝氏の棍拠地であった。今、寂しく流されてゆく者にとっては、盛んであった昔を思い、感慨無量のものがあったことであろう。
その気持を歌ったのが『過始寧墅』(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)で、『文選』の巻二十六の「行旅」に撰ばれてる。38歳

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過始寧墅#1
束髪懷耿介、逐物遂推遷。
髪を結い元服して朝廷に仕える身となって以來、潔白で堅い節操を守ってきたつもりであった、自分以外の物に引かれてしまうとか、物事にかこつけて引き延ばしてしまうということで過ぎてしまった。
違志似如昨、二紀及玆年。
心ならずも、このような生活に入ったのは、つい昨日のように思えるのに、二十四年も過ぎてこの年になった。
緇磷謝清曠、疲薾慙貞堅。
本性の白い色も黒く染まり、堅い石も磨り減って薄くなるように、私の心が俗事のために汚れて磨り切れてしまったことを、清らかにむなしく広い心の人物に対して謝まり、また疲れ切って心も弱くなってしまったことを、己がみさおを正しく堅く守っている人に対して慙じるのである。
拙疾相倚薄、還得静者便。
それでも世渡りの下手なことと病気とが相寄り一緒になって、閑職に任ぜられたことが、かえってそのために静かに人間の本性を求めるための方使を得るという結果になったのである。 
剖竹守滄海、枉帆過舊山。

竹の割符を剖き与えられ、海岸の地方の永嘉の太守に任ぜられて赴任する途中で、舟の帆の行く手を枉げて、私は故郷に立ち寄ることにした。


#2
 山行窮登頓、水渉盡洄沿。
 巌峭嶺稠疊、洲縈渚連綿。
 白雲抱幽石、緑篠媚清漣。
 葺宇臨迴江、築観基曾巓。
 揮手告郷曲、三載期歸旋。
 且爲樹枌檟、無令孤願言。

(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)
束髪【そくはつ】より耿介【こうかい】を懐【いだ】けるも、物を逐【お】い遂に推し遷【うつ】る。
志に違うこと昨の如きに似たるも、二紀【にき】茲【こ】の年に及ぶ。
緇磷【しりん】は清曠【せいこう】を謝【しゃ】し、疲薾【ひでつ】てて貞堅【ていけん】に慙【は】ず。
拙と疾と相い倚薄【いはく】して、還【かえ】って静者の便を得たり。
竹を剖【さ】いて滄海に守たり、帆を枉げて旧山を過【よぎ】る。

山行し 登頓【とうとん】を窮め、水渉【すいしょう】は洄沿【かいえん】を尽くせり。
巌【いわお】は峭【けわ】しく嶺は稠疊【ちゅうじゅう】し、洲【しま】は縈【めぐ】りて渚は連綿たり。
白き雲は幽石【ゆうせき】を抱き、縁篠【りょくじょう】清漣【せいれん】に媚【こび】びたり。
字【う】を葺【ふ】き廻江【かいこう】に臨み、観【かん】を築き曾巓【そうてん】に基づく。
手を揮い郷曲【きょうきょく】に告げ、三載にして帰旋【きせん】を期す。
且く為に枌檟【ふんか】とを樹えよ、願言【がんげん】に孤【そむ】か令むる無かれ。

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過始寧墅
現代語訳と訳註
(本文)
#1
束髪懷耿介、逐物遂推遷。
違志似如昨、二紀及玆年。
緇磷謝清曠、疲薾慙貞堅。
拙疾相倚薄、還得静者便。
剖竹守滄海、枉帆過舊山。


(下し文)
(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)
束髪【そくはつ】より耿介【こうかい】を懐【いだ】けるも、物を逐【お】い遂に推し遷【うつ】る。
志に違うこと昨の如きに似たるも、二紀【にき】茲【こ】の年に及ぶ。
緇磷【しりん】は清曠【せいこう】を謝【しゃ】し、疲薾【ひでつ】てて貞堅【ていけん】に慙【は】ず。
拙と疾と相い倚薄【いはく】して、還【かえ】って静者の便を得たり。
竹を剖【さ】いて滄海に守たり、帆を枉げて旧山を過【よぎ】る。


(現代語訳)
髪を結い元服して朝廷に仕える身となって以來、潔白で堅い節操を守ってきたつもりであった、自分以外の物に引かれてしまうとか、物事にかこつけて引き延ばしてしまうということで過ぎてしまった。
心ならずも、このような生活に入ったのは、つい昨日のように思えるのに、二十四年も過ぎてこの年になった。
本性の白い色も黒く染まり、堅い石も磨り減って薄くなるように、私の心が俗事のために汚れて磨り切れてしまったことを、清らかにむなしく広い心の人物に対して謝まり、また疲れ切って心も弱くなってしまったことを、己がみさおを正しく堅く守っている人に対して慙じるのである。
それでも世渡りの下手なことと病気とが相寄り一緒になって、閑職に任ぜられたことが、かえってそのために静かに人間の本性を求めるための方使を得るという結果になったのである。 
竹の割符を剖き与えられ、海岸の地方の永嘉の太守に任ぜられて赴任する途中で、舟の帆の行く手を枉げて、私は故郷に立ち寄ることにした。


(訳注)
過始寧墅 
#1
過姶寧墅 浙江省上虞県の別墅に立ち寄る。謝霊運の父祖の墓や故宅がある。墅は田野の中の居所。別業。


束髪懷耿介、逐物遂推遷。
髪を結い元服して朝廷に仕える身となって以來、潔白で堅い節操を守ってきたつもりであった、自分以外の物に引かれてしまうとか、物事にかこつけて引き延ばしてしまうということで過ぎてしまった。
束髪 髪を結い元服して朝廷に仕える。成人。 ○耿介 ①かたく志を守ること。 ②徳が光り輝いて偉大なさま。 裏表なく節燥の固いこと。○逐物 自分以外の物に引かれる。志を枉げることがない。○推遷 物事にかこつけて引き延ばす。推し遷る。38歳の時の作


違志似如昨、二紀及玆年。
心ならずも、このような生活に入ったのは、つい昨日のように思えるのに、二十四年も過ぎてこの年になった。
違志 平素の志にそむく。○二紀二十四年。一紀は十二年。二十歳で成人して24歳を単純にプラスすると44歳になるが、二回目の紀を迎えている。詩的表現では一紀12年、38歳-20歳-12歳=6歳 一紀12年の半分を超えていれば二紀と表現する。


緇磷謝清曠、疲薾慙貞堅。
本性の白い色も黒く染まり、堅い石も磨り減って薄くなるように、私の心が俗事のために汚れて磨り切れてしまったことを、清らかにむなしく広い心の人物に対して謝まり、また疲れ切って心も弱くなってしまったことを、己がみさおを正しく堅く守っている人に対して慙じるのである。
緇磷【しりん】 黒くなることと、薄くなること。世俗のためにその節操を誤ること。『諭語、陽賈』「ふ曰堅乎、磨而不磷。不曰白乎、涅而不緇。」(堅きを曰はずや、磨すれども磷【うすろ】がざる。白きを曰はずや、涅すれども緇【くろ】まざる。)と。○謝清啖 心が清く物にこだわらず広くむなしい人に、謝まり、中し訳なく思う。○疲薾【ひでつ】 疲れ切って心も弱くなったこと。○貞堅【ていけん】 みさおを正しく堅く守る人。


拙疾相倚薄、還得静者便。
それでも世渡りの下手なことと病気とが相寄り一緒になって、閑職に任ぜられたことが、かえってそのために静かに人間の本性を求めるための方使を得るという結果になったのである。 
拙疾椙倚薄 役人としての世渡りが下手なのと病気とが相寄り一緒になり、閑職にある。薄はくっつく。 


剖竹守滄海、枉帆過舊山。
竹の割符を剖き与えられ、海岸の地方の永嘉の太守に任ぜられて赴任する途中で、舟の帆の行く手を枉げて、私は故郷に立ち寄ることにした。
剖竹 郡守どなること。漢の制度では、竹の節を割って片方を使いに持たせて証拠とした。○滄海 永嘉郡、海に臨む地方。自分が隠棲したいと思っているところ。○柱帆 舟路をまげる。○過旧山 故郷に立ち寄る。