過始寧墅 謝霊運<13> #2 詩集 375
(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)

近所の人が自分を送ってくれて方山の渡し場までおくりだしてくれた。
謝霊運は建康から船に乗り、無量の感慨にふけりつつ、みなれた長江を下り、永嘉への道からすこしく離れた故郷の始牢に、しばしの別れを告げるために立ち寄った。ここは、前述のごとく、霊運の生まれた土地であり、父祖を葬った地であり、名族謝氏の棍拠地であった。今、寂しく流されてゆく者にとっては、盛んであった昔を思い、感慨無量のものがあったことであろう。
その気持を歌ったのが『過始寧墅』(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)で、『文選』の巻二十六の「行旅」に撰ばれてる。38歳


過始寧墅
#1
束髪懷耿介、逐物遂推遷。違志似如昨、二紀及玆年。
 緇磷謝清曠、疲薾慙貞堅。拙疾相倚薄、還得静者便。
 剖竹守滄海、枉帆過舊山。
#2
山行窮登頓、水渉盡洄沿。
山路というものは、登り降りの限りをきわめめかくごして行くものだ、大川を渡るということは、その流れの上り下り川のかがりくねりを知りつく行くものである。
巌峭嶺稠疊、洲縈渚連綿。
巌は険しく、嶺は幾重にも繁って重なり、川の中洲を回りめぐって長くなぎさは続いている。
白雲抱幽石、緑篠媚清漣。
白雲は物さびて静かな石を抱いているようであり、緑の篠竹が清らかな漣に媚びるように揺れなびいている。まことに美しい景色である。
葺宇臨迴江、築観基曾巓。
私の別荘は、曲がりこんだ川の入り江に臨んで屋根を葺き、重なる山の頂を土台として見晴らしの楼台を築き、眺望を楽しむによい建物である。
揮手告郷曲、三載期歸旋。
しかし今は赴任の途中であるため、まもなく近所の里人に手をあげて別れを告げ、三年たてば帰って来ると約束したのである。
且爲樹枌檟、無令孤願言。
とりあえず私のために、枌(にれ)と檟(ひさぎ)の木を墳墓に樹えて、私のやがてこの地に帰って生涯を終えたいという願いにそむかないで、必ずかなえさせてほしいのである。

(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)
束髪【そくはつ】より耿介【こうかい】を懐【いだ】けるも、物を逐【お】い遂に推し遷【うつ】る。
志に違うこと昨の如きに似たるも、二紀【にき】茲【こ】の年に及ぶ。
緇磷【しりん】は清曠【せいこう】を謝【しゃ】し、疲薾【ひでつ】てて貞堅【ていけん】に慙【は】ず。
拙と疾と相い倚薄【いはく】して、還【かえ】って静者の便を得たり。
竹を剖【さ】いて滄海に守たり、帆を枉げて旧山を過【よぎ】る。

山行し 登頓【とうとん】を窮め、水渉【すいしょう】は洄沿【かいえん】を尽くせり。
巌【いわお】は峭【けわ】しく嶺は稠疊【ちゅうじゅう】し、洲【しま】は縈【めぐ】りて渚は連綿たり。
白き雲は幽石【ゆうせき】を抱き、縁篠【りょくじょう】清漣【せいれん】に媚【こび】びたり。
字【う】を葺【ふ】き廻江【かいこう】に臨み、観【かん】を築き曾巓【そうてん】に基づく。
手を揮い郷曲【きょうきょく】に告げ、三載にして帰旋【きせん】を期す。
且く為に枌檟【ふんか】とを樹えよ、願言【がんげん】に孤【そむ】か令むる無かれ。


(始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)


現代語訳と訳註
(本文) #2
山行窮登頓、水渉盡洄沿。
巌峭嶺稠疊、洲縈渚連綿。
白雲抱幽石、緑篠媚清漣。
葺宇臨迴江、築観基曾巓。
揮手告郷曲、三載期歸旋。
且爲樹枌檟、無令孤願言。


(下し文) (始寧【しねい】の墅【しょ】に過【よぎ】る)
山行し 登頓【とうとん】を窮め、水渉【すいしょう】は洄沿【かいえん】を尽くせり。
巌【いわお】は峭【けわ】しく嶺は稠疊【ちゅうじゅう】し、洲【しま】は縈【めぐ】りて渚は連綿たり。
白き雲は幽石【ゆうせき】を抱き、縁篠【りょくじょう】清漣【せいれん】に媚【こび】びたり。
字【う】を葺【ふ】き廻江【かいこう】に臨み、観【かん】を築き曾巓【そうてん】に基づく。
手を揮い郷曲【きょうきょく】に告げ、三載にして帰旋【きせん】を期す。
且く為に枌檟【ふんか】とを樹えよ、願言【がんげん】に孤【そむ】か令むる無かれ。



(現代語訳)
山路というものは、登り降りの限りをきわめめかくごして行くものだ、大川を渡るということは、その流れの上り下り川のかがりくねりを知りつく行くものである。
巌は険しく、嶺は幾重にも繁って重なり、川の中洲を回りめぐって長くなぎさは続いている。
白雲は物さびて静かな石を抱いているようであり、緑の篠竹が清らかな漣に媚びるように揺れなびいている。まことに美しい景色である。
私の別荘は、曲がりこんだ川の入り江に臨んで屋根を葺き、重なる山の頂を土台として見晴らしの楼台を築き、眺望を楽しむによい建物である。
しかし今は赴任の途中であるため、まもなく近所の里人に手をあげて別れを告げ、三年たてば帰って来ると約束したのである。
とりあえず私のために、枌(にれ)と檟(ひさぎ)の木を墳墓に樹えて、私のやがてこの地に帰って生涯を終えたいという願いにそむかないで、必ずかなえさせてほしいのである。

宮島(5)

(訳注)#2
山行窮登頓、水渉盡洄沿。
山路というものは、登り降りの限りをきわめめかくごして行くものだ、大川を渡るということは、その流れの上り下り川のかがりくねりを知りつく行くものである。
登頓 登り降り。○削沿 さかのぼるを駆、順い下るを沿という。沈徳潜はいう「登頓回沿は山水に遊ぶに老れたる者に非ずんば知らず」と。
 

巌峭嶺稠疊、洲縈渚連綿。
巌は険しく、嶺は幾重にも繁って重なり、川の中洲を回りめぐって長くなぎさは続いている。
巌峭 巌はそそりたち険しい。○稠疊 しげくかさなる。


白雲抱幽石、緑篠媚清漣。
白雲は物さびて静かな石を抱いているようであり、緑の篠竹が清らかな漣に媚びるように揺れなびいている。まことに美しい景色である。
 ささ。小竹。 ○清漣 清らかなさざなみ。 


葺宇臨迴江、築観基曾巓。
私の別荘は、曲がりこんだ川の入り江に臨んで屋根を葺き、重なる山の頂を土台として見晴らしの楼台を築き、眺望を楽しむによい建物である。
葺宇 家の屋根を葺く。○築観 見晴らしのきく高殿を築く。○基層轍 重なる高嶺を土台にする。


揮手告郷曲、三載期歸旋。
しかし今は赴任の途中であるため、まもなく近所の里人に手をあげて別れを告げ、三年たてば帰って来ると約束したのである。
揮手。てを挙げ。○郷曲 片田舎。曲はかたよったところ。近所の里人。三載 足かけ三年。○期歸旋 帰ってくるとい約束。

且爲樹枌檟、無令孤願言。
とりあえず私のために、枌(にれ)と檟(ひさぎ)の木を墳墓に樹えて、私のやがてこの地に帰って生涯を終えたいという願いにそむかないで、必ずかなえさせてほしいのである。
○樹枌檟 枌(にれ・白楡:『詩経』「楡白枌」)と檟(ひさぎ)両方とも覆い被さるように茂る。墳墓を守るという意味。「始め季孫己のために六檟を東門の外に樹う」と。檟は自ら棺と為らんと欲するなり」と。○孤朗言 願いにそむく。孤はそむく。言は肋字。 




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巌峭嶺稠疊、洲縈渚連綿。
白雲抱幽石、緑篠媚清漣。

永嘉に行く前に寸暇を得て故郷に立ち寄ったときの美しきを感慨をこめて歌う。すなわち、登った山、過ぎた川、遠くに望んだ山、見た水辺、空に浮かぶ雲、川辺の篠、進かなる民家、まさに平和につつまれた風景であり、一幅の絵のようである。この部分が後世、謝霊運の山水詩といわれるものである。しかし洒落運はこの詩において、この部分がその主体としたのではない。謝霊運の湧き出ずる感情を歌うための添えものであるからいいのである。この美しい故郷に、三年したら帰って来るよ、とその句末で歌っている。

故郷の始寧で充分に精神的に、肉体的に休息した謝霊運は、未知の土地永嘉へと気重く出発する。永嘉に至るには海沿いに行くことも可能ではあるが、当時としては陸路を行くのがより安全であった。おそらく、永嘉から杭州に出て、富春へと旅をしたのであろう。喜寿は今の桐江のほとりにある富陽『富春渚』である。