七里瀬 #1 謝霊運<16> 詩集 376


 この桐廬の付近の厳陵山の西には有名なる七里瀬の険があった。ここは両巌が約七里(中国里)にわたって、高い山がそびえ、その間に激洸が岩をtむという。日本でいえば天竜峡のそれである。上下する船にとっては非常に危険な場所であって、船をあやつる船頭も、乗客も、すこしも気の安まらざるものがあった。それだけに、景色も美しく、印象に強い場所でもあった。特に、生まれてはじめてここを通過した霊運にとっては、いかばかりであったろうか。心に重い憂いをいだきながらも、その美にいたく心を打たれたらしく、ここで「七里瀬」と題する詩を残しており、『文選』の巻二十六の「行旅」に引用されている。

(謝霊運のルートを現在の地名で示す)
杭州→蕭山→富陽→桐盧→建徳→壽昌→蘭渓→金華→永康→(ここまで銭塘江、支流の婺江【ぶこう】を登ってきた。<分水嶺>ここから甌江【おうこう】になる)→石柱→縉雲→麗水→青田→永嘉(温州)


七里瀨 #1
嚴陵山の西の七里灘
羈心積秋晨,晨積展遊眺。
旅情は秋の朝目覚めると心に積もるものであり、朝に愁いが積もっているとそぞろに眺めを遠く故郷にはせる。
孤客傷逝湍,徒旅苦奔峭。
孤独な旅人の私は、論語の于罕篇に見える「逝く川の早瀬の過ぎて返らぬ」のを見てすぎゆく時を悲しみ、旅人達は峭しい路に苦しむのであった。
石淺水潺湲,日落山照曜。
石の多い浅瀬に水音が響いている、日が落ちかかると山が照りかがやいている。
荒林紛沃若,哀禽相叫嘯。

荒れて寂しい林は入りみだれて茂っている、物悲しい鳥の声が叫び鳴き歌い競い合っている。

#2
遭物悼遷斥,存期得要妙。
既秉上皇心,豈屑末代誚。
目睹嚴子瀨,想屬任公釣。
誰謂古今殊,異代可同調。

#1
羈心【きしん】は秋晨【しゅうしん】に積り、晨に積りて遊眺【ゆうちょう】を展ばさんとす。
孤客は逝湍【せいたん】を傷み、徒旅は奔峭【ほんしょう】に苦しむ。
石浅くして水は潺湲【せんたん】たり、日落ちて山は照曜【しょうよう】す。
荒林【こうりん】紛として沃若【ようじゃく】たり、哀禽【あいきん】相い 叫嘯【きょうしょう】す。

#2
物に遭いて遷斥を悼【いた】み、期を存し要妙【ようにょう】を得たり。
既に上皇の心を秉【と】り、豈 末代の誚【そし】りを屑【いさぎよし】とせんや。
目のあたり厳子が瀬【らい】を睹【み】て、想いは任公の釣に属【ぞく】す。
誰か謂う古今【きんこ】殊【こと】なると、異代【いだい】も調べを同じくす可し。


現代語訳と訳註
(本文)
七里瀨 #1
羈心積秋晨,晨積展遊眺。
孤客傷逝湍,徒旅苦奔峭。
石淺水潺湲,日落山照曜。
荒林紛沃若,哀禽相叫嘯。


(下し文) #1
羈心【きしん】は秋晨【しゅうしん】に積り、晨に積りて遊眺【ゆうちょう】を展ばさんとす。
孤客は逝湍【せいたん】を傷み、徒旅は奔峭【ほんしょう】に苦しむ。
石浅くして水は潺湲【せんたん】たり、日落ちて山は照曜【しょうよう】す。
荒林【こうりん】紛として沃若【ようじゃく】たり、哀禽【あいきん】相い 叫嘯【きょうしょう】す。


(現代語訳)
嚴陵山の西の七里灘
旅情は秋の朝目覚めると心に積もるものであり、朝に愁いが積もっているとそぞろに眺めを遠く故郷にはせる。
孤独な旅人の私は、論語の于罕篇に見える「逝く川の早瀬の過ぎて返らぬ」のを見てすぎゆく時を悲しみ、旅人達は峭しい路に苦しむのであった。
石の多い浅瀬に水音が響いている、日が落ちかかると山が照りかがやいている。
荒れて寂しい林は入りみだれて茂っている、物悲しい鳥の声が叫び鳴き歌い競い合っている。


(訳注)七里瀨
七里瀬 一名七里灘。浙江省桐廬県、嚴陵山の西にあり、水流矢の如く、諺に、風有れば七里、風無ければ七十里と。舟を挽き上る困難をいう。


羈心積秋晨,晨積展遊眺。
旅情は秋の朝目覚めると心に積もるものであり、朝に愁いが積もっているとそぞろに眺めを遠く故郷にはせる。
羈心 旅情。 


孤客傷逝湍,徒旅苦奔峭。
孤独な旅人の私は、論語の于罕篇に見える「逝く川の早瀬の過ぎて返らぬ」のを見てすぎゆく時を悲しみ、旅人達は峭しい路に苦しむのであった。
傷逝湍 逝く水を悲しむ。湍は急流。論語于罕篇に「子在川上曰、逝者如斯夫。不舍晝夜。」(子川上に在りて曰く、逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎かず)と。川の流れと時の推移とはよく対比させられる。○徒旅 旅人なかま。徒は人数。 


石淺水潺湲,日落山照曜。
石の多い浅瀬に水音が響いている、日が落ちかかると山が照りかがやいている。
潺湲 水流の音。


荒林紛沃若,哀禽相叫嘯。
荒れて寂しい林は入りみだれて茂っている、物悲しい鳥の声が叫び鳴き歌い競い合っている。
紛沃若 入りみだれて茂っている。沃若は茂盛のさま。