登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
(永嘉の緑嶂山に登る)


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  謝霊運の山水文学は、永嘉に郡守をしていた時代と、会稽に帰隠していたわずかのあいだに、ほとんどのものが作られている。それは、両地とも山水の美に恵まれていたこと、時間がゆったりしていたからである。左遷中というのは半隠であり、会稽では隠遁中であって、自然美に打たれて歌となったものであろう。謝霊運は、技巧をこらす詩人で、おそらく何度も読み返し、修正して作詩したものと思われるからである。
  やがて、秋も過ぎて、冬のころであろうか、永嘉の北にそびえる緑嶂山に登ったとき、「永嘉の緑嶂山に登る」の作がある

登永嘉緑嶂山詩 #1
永嘉の緑の屏風のような山に登る時の詩。
裏糧杖軽策、懐遲上幽室。
旅の食糧を包み、軽い杖をついて、坂道がきつく足の遅いのを思いつつ、山の隠棲の室に上ってゆく。
行源逕轉遠、距陸情未畢。
その山にある水源に行くには道が甚だ遠く、高原に着いても去り難い情は尽きない。
澹瀲結寒姿、団欒潤霜質。
谷川の浪打ち際は水深の浅い所から凍っていく。円く茂った竹は霜に湛える性質の光沢がある。
澗委水屡迷、林迥巌愈密。
谷川は曲がって水はしばしば行く手を迷わす、林ははるかにひろがって、岩がますます密になった。
眷西謂初月、顧東疑落日。』

谷が深く暗いので、西をかえりみては夕日を月の出かと思い、東をふり返っては月の出を落日かと疑った。
#2
踐夕奄昏曙、蔽翳皆周悉。
蠱上貴不事、履二美貞吉。
幽人常坦歩、高尚邈難匹。
頥阿竟何端、寂寂寄抱一。
恬如既已交、繕性自此出。』

(永嘉の緑嶂山に登る)
糧【かて】の裏【つつ】んで軽き策を杖として、遅きを懐うて幽室に上る。
源に行かんとし、逕【みち】は転【うた】た遠く、陸に距【いた】りて情 いまだ畢わらず。
澹瀲【たんれん】寒姿を結び、団欒は霜質より潤い。
澗の委【まがり】は水 屡しば迷い、林迥【はる】かにして、巌 愈【いよ】いよ密なり。
西を眷【かえり】みて初月と謂い、東を顧みて落日かと疑えり。』

#2
践夕 昏曙を奄【とど】む、蔽われたる翳【かげ】は皆な周悉【しゅうしつ】。
蠱上【こじょう】の事とせざるを貴しとし、履二に貞吉を美とす。
幽人は常に坦歩し、高尚なるは邈【ばく】として 匹【たぐい】し難し。
頥【い】阿【あ】 竟に何の端、寂寂【せきせき】として抱一を寄さん。
恬【てん】として既に已に交わるが如し、性を繕【おさ】めて此より出ず。』

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  天気の良い日、東に月がのぼるのを見て、翻って西の方の夕日を見て、自然を面白く趣きをもって詠っている。同時刻のものを月と夕日にてあらわし、山水については、早朝からの時間の経過をあらわしている。山水詩人として、半隠棲のような生活をしていたのであろう。永嘉に赴任してから、山水描写が確立していったようだ。

現代語訳と訳註
(本文)
登永嘉緑嶂山詩 #1
裏糧杖軽策、懐遲上幽室。
行源逕轉遠、距陸情未畢。
澹瀲結寒姿、団欒潤霜質。
澗委水屡迷、林迥巌愈密。
眷西謂初月、顧東疑落日。』


(下し文) (永嘉の緑嶂山に登る)#1
糧【かて】の裏【つつ】んで軽き策を杖として、遅きを懐うて幽室に上る。
源に行かんとし、逕【みち】は転【うた】た遠く、陸に距【いた】りて情 いまだ畢わらず。
澹瀲【たんれん】寒姿を結び、団欒は霜質より潤い。
澗の委【まがり】は水 屡しば迷い、林迥【はる】かにして、巌 愈【いよ】いよ密なり。
西を眷【かえり】みて初月と謂い、東を顧みて落日かと疑えり。』


(現代語訳)
永嘉の緑の屏風のような山に登る時の詩。
旅の食糧を包み、軽い杖をついて、坂道がきつく足の遅いのを思いつつ、山の隠棲の室に上ってゆく。
その山にある水源に行くには道が甚だ遠く、高原に着いても去り難い情は尽きない。
谷川の浪打ち際は水深の浅い所から凍っていく。円く茂った竹は霜に湛える性質の光沢がある。
谷川は曲がって水はしばしば行く手を迷わす、林ははるかにひろがって、岩がますます密になった。
谷が深く暗いので、西をかえりみては夕日を月の出かと思い、東をふり返っては月の出を落日かと疑った。


(訳注)#1
登永嘉緑嶂山詩
永嘉の緑の屏風のような山に登る時の詩。
緑嶂山 みどりの屏風のような山。


裏糧杖軽策、懐遲上幽室。
旅の食糧を包み、軽い杖をついて、坂道がきつく足の遅いのを思いつつ、山の隠棲の室に上ってゆく。
裏糧 旅の食料をつつんで。○軽策 杖を軽く使ってついて歩く。○懐遲 歩みの遅く進まないことを思う。○幽室 塵芥をはなれた隠棲の場所。


行源逕轉遠、距陸情未畢。
その山にある水源に行くには道が甚だ遠く、高原に着いても去り難い情は尽きない。
行源 水源に行きつく。○ こみち。○轉遠 はなはだ遠い。○距陸 高原に到着する。○未畢 おわることはない。


澹瀲結寒姿、団欒潤霜質。
谷川の浪打ち際は水深の浅い所から凍っていく。円く茂った竹は霜に湛える性質の光沢がある。
澹瀲 しずか、やすらか。風や波によってゆったりと動くさま。『 荘子逍遥遊、其神凝、注』澹然而不待。〈釈文〉澹然恬静也。○ なみ。すいめん。波打ち際。水の溢れるさま。○寒姿 浪打ち際、水深の浅い所から凍っていく。○団欒 竹の茂みがまるく葉繁っている。○ うるおう。光沢がある。○霜質 霜に耐えうる性質。


澗委水屡迷、林迥巌愈密。
谷川は曲がって水はしばしば行く手を迷わす、林ははるかにひろがって、岩がますます密になった。
 谷川。谷間の小川。○ 曲がる。○林迥 林がこちらからもこうに見かって広がっている。○愈密 いよいよ、ますます密になる。上流になっていくほど岩石が多くなる。


眷西謂初月、顧東疑落日。』
谷が深く暗いので、西をかえりみては夕日を月の出かと思い、東をふり返っては月の出を落日かと疑った。
眷西 西の方を見る。落日のある方向。○謂初月 月が出たのかという。○顧東 東の方から月がのぼる。○疑落日 夕日と見まちがえる。
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