過瞿渓山飯僧 #1 謝靈運<23>  詩集 391 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ989
(瞿渓山を過ぎ、僧に飯せしむ)

このような心の苦しみから脱するためにか、それとも仏への供養のためか、霊運は永嘉から西南へ五十里(中国里)にあった埋漢の出口にあった寺を訪ね、そこの僧侶たちに食事を喜捨している。そのとき作ったのが「瞿渓山を過ぎ、僧に飯せしむ」である。



過瞿渓山飯僧 #1謝霊運
瞿渓の山を過て僧侶が食事をする
迎旭凌絶嶝、暎泫歸漵浦。
朝日がのぼるところ 急峻な山は天を凌いでいる、川の流れに影を映して漵浦の船着き場に帰ってきた。
鑚燧断山木、揜岸墐石戸。
火打ち石で火を起こし、山の木を切って集める川べりの場所を覆いいしでとびらをつくり塗り固めた。
結架非丹甍、籍田資宿莽。
梁を掛けて赤い瓦で屋根をつくるのではない、田の草を刈って、屋根を覆うにくさのたすけをかりたのである。
同游息心客、曖然若可睹。』

一緒に遊びに来た仏門の修行者とここで過ごす、ぼんやりした様子は修行をするときのようである。

#2
清霽颺浮煙、空林響法鼓。
忘懐狎鷗鰍、攝生馴兕虎。
望嶺眷靈鷲、延心念浄土。
若乘四等観、永抜三界苦。』

#1
旭【ひ】のいずるを迎えて絶嶝【ぜっとう】を凌ぎ、泫【なが】れに暎【えい】じつつ漵浦【じょほ】に帰る。
燧【ひうち】を鑚【き】りて山木を断ち、岸を揜【とざ】して石戸を墐【ぬり】とす。
架を結ぶに丹【あか】き甍【いらか】にあらず、田を籍【か】り宿莽【しゅくもう】に資【よ】らんとするも。
同じく遊びし心客【しんきゃく】のところに息【いこ】う、曖然【あいぜん】して睹【み】る可きが若し。
#2
清き霽【そら】に浮煙 颺【あ】がり、空林【くうりん】に法鼓 響く。
懐【おも】いを忘れ鴎や鰷【はや】に狎【なれ】る、生を摂して兕や虎を馴らす。
嶺を望んで霊鷲【りょうじゅう】を眷、心を延ばして浄土を念【おも】う。
四等観に乗じて、永く三界の苦を抜くが若し。


現代語訳と訳註
(本文)
過瞿渓山飯僧 #1
迎旭凌絶嶝、暎泫歸漵浦。
鑚燧断山木、揜岸墐石戸。
結架非丹甍、籍田資宿莽。
同游息心客、曖然若可睹。』

(下し文) #1
旭【ひ】のいずるを迎えて絶嶝【ぜっとう】を凌ぎ、泫【なが】れに暎【えい】じつつ漵浦【じょほ】に帰る。
燧【ひうち】を鑚【き】りて山木を断ち、岸を揜【とざ】して石戸を墐【みち】とす。
架を結ぶに丹【あか】き甍【いらか】にあらず、田を籍【か】り宿莽【しゅくもう】に資【よ】らんとするも。
同じく遊びし心客【しんきゃく】のところに息【いこ】う、曖然【あいぜん】して睹【み】る可きが若し。


(現代語訳)
瞿渓の山を過て僧侶が食事をする
朝日がのぼるところ 急峻な山は天を凌いでいる、川の流れに影を映して漵浦の船着き場に帰ってきた。
火打ち石で火を起こし、山の木を切って集める川べりの場所を覆いいしでとびらをつくり塗り固めた。
梁を掛けて赤い瓦で屋根をつくるのではない、田の草を刈って、屋根を覆うにくさのたすけをかりたのである。
一緒に遊びに来た仏門の修行者とここで過ごす、ぼんやりした様子は修行をするときのようである。


(訳注) #1
過瞿渓山飯僧
瞿渓の山を過て僧侶が食事をする
瞿渓山 温州市甌海瞿渓にある山の名。


迎旭凌絶嶝、暎泫歸漵浦。
旭【ひ】のいずるを迎えて絶嶝【ぜっとう】を凌ぎ、泫【なが】れに暎【えい】じつつ漵浦【じょほ】に帰る。
朝日がのぼるところ 急峻な山は天を凌いでいる、川の流れに影を映して漵浦の船着き場に帰ってきた。
漵浦 漵は水浦。浦は支流が本流に合流する地点。入り江。陶淵明の桃源郷のちかくに漵浦県(じょほ-けん)、湖南省懐化市に位置する県がある。 長江の支流で、洞庭湖へ注ぐ沅江が流れている地点である。


鑚燧断山木、揜岸墐石戸。
燧【ひうち】を鑚【き】りて山木を断ち、岸を揜【とざ】して石戸を墐【ぬり】とす。
火打ち石で火を起こし、山の木を切って集める川べりの場所を覆いいしでとびらをつくり塗り固めた。
鑚燧 木や石を切り盛りして火を起こすこと。『論語、陽貨』「舊穀既沒、新穀既升、鑚燧改火。」(舊穀既に沒きて、新穀既に升り、燧を鑚りて火を改む。)管子「鑚燧を生ず火を、以て熱す葷臊。」(燧を鑚りて火を生ず、以て葷臊を熱す。)○ おおう。うばう。おそう。とる。○ 塗り固めて炉をつくる。○


結架非丹甍、籍田資宿莽。
架を結ぶに丹【あか】き甍【いらか】にあらず、田を籍【か】り宿莽【しゅくもう】に資【よ】らんとするも。
梁を掛けて赤い瓦で屋根をつくるのではない、田の草を刈って、屋根を覆うにくさのたすけをかりたのである。
宿莽 草むらで宿する。


同游息心客、曖然若可睹。』
同じく遊びし心客【しんきゃく】のところに息【いこ】う、曖然【あいぜん】して睹【み】る可きが若し。
一緒に遊びに来た仏門の修行者とここで過ごす、ぼんやりした様子は修行をするときのようである。
心客 沙門 古代インドにおける修行者。出家し、托鉢生活を送った人。出家して仏門に入った修行者、僧侶に使われる。○曖然【あいぜん】-はっきりしないさま。ぼんやりしたさま。