過瞿渓山飯僧 #2 謝霊運<23>  詩集 392 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ992
(瞿渓山を過ぎ、僧に飯せしむ)

このような心の苦しみから脱するためにか、それとも仏への供養のためか、霊運は永嘉から西南へ五十里(中国里)にあった埋漢の出口にあった寺を訪ね、そこの僧侶たちに食事を喜捨している。そのとき作ったのが「瞿渓山を過ぎ、僧に飯せしむ」である。



過瞿渓山飯僧 #1
迎旭凌絶嶝、暎泫歸漵浦。
鑚燧断山木、揜岸墐石戸。
結架非丹甍、籍田資宿莽。
同游息心客、曖然若可睹。』
#2
清霽颺浮煙、空林響法鼓。
清々しい青空に紫煙が湧き上がっていく、誰もいない木樹の間にお経を唱え法華鼓が響き渡っている。
忘懐狎鷗鰍、攝生馴兕虎。
心の中の思いをすべて祓い去り、かもめやはやのように自然の気持ちになれてくる。生きるということに専念していき我儘な子供や野獣の虎も手懐けることになるのである。
望嶺眷靈鷲、延心念浄土。
高峰を臨み見れば、釈迦が晩年、説法をした霊鷲山をみるのである、そしてこころを広くのばしてゆくと欣求浄土に思いは馳せるのである。
若乘四等観、永抜三界苦。』

血統の親疎によって分けられた親族関係によって、仏門には入れない、生死を繰り返しながら輪廻する三界の苦を受けているようである。

#1
旭【ひ】のいずるを迎えて絶嶝【ぜっとう】を凌ぎ、泫【なが】れに暎【えい】じつつ漵浦【じょほ】に帰る。
燧【ひうち】を鑚【き】りて山木を断ち、岸を揜【とざ】して石戸を墐【ぬり】とす。
架を結ぶに丹【あか】き甍【いらか】にあらず、田を籍【か】り宿莽【しゅくもう】に資【よ】らんとするも。
同じく遊びし心客【しんきゃく】のところに息【いこ】う、曖然【あいぜん】して睹【み】る可きが若し。
#2
清き霽【そら】に浮煙 颺【あ】がり、空林【くうりん】に法鼓 響く。
懐【おも】いを忘れ鴎や鰷【はや】に狎【なれ】る、生を摂して兕や虎を馴らす。
嶺を望んで霊鷲【りょうじゅう】を眷、心を延ばして浄土を念【おも】う。
四等観に乗じて、永く三界の苦を抜くが若し。



現代語訳と訳註
(本文) #2

清霽颺浮煙、空林響法鼓。
忘懐狎鷗鰍、攝生馴兕虎。
望嶺眷靈鷲、延心念浄土。
若乘四等観、永抜三界苦。』


(下し文) #2
清き霽【そら】に浮煙 颺【あ】がり、空林【くうりん】に法鼓 響く。
懐【おも】いを忘れ鴎や鰷【はや】に狎【なれ】る、生を摂して兕や虎を馴らす。
嶺を望んで霊鷲【りょうじゅう】を眷、心を延ばして浄土を念【おも】う。
四等観に乗じて、永く三界の苦を抜くが若し。


(現代語訳)
清々しい青空に紫煙が湧き上がっていく、誰もいない木樹の間にお経を唱え法華鼓が響き渡っている。
心の中の思いをすべて祓い去り、かもめやはやのように自然の気持ちになれてくる。生きるということに専念していき我儘な子供や野獣の虎も手懐けることになるのである。
高峰を臨み見れば、釈迦が晩年、説法をした霊鷲山をみるのである、そしてこころを広くのばしてゆくと欣求浄土に思いは馳せるのである。
血統の親疎によって分けられた親族関係によって、仏門には入れない、生死を繰り返しながら輪廻する三界の苦を受けているようである。


(訳注)
清霽颺浮煙、空林響法鼓。
清き霽【そら】に浮煙 颺【あ】がり、空林【くうりん】に法鼓 響く。
清々しい青空に紫煙が湧き上がっていく、誰もいない木樹の間にお経を唱え法華鼓が響き渡っている。


忘懐狎鷗鰍、攝生馴兕虎。
懐【おも】いを忘れ鴎や鰷【はや】に狎【なれ】る、生を摂して兕や虎を馴らす。
心の中の思いをすべて祓い去り、かもめやはやのように自然の気持ちになれてくる。生きるということに専念していき我儘な子供や野獣の虎も手懐けることになるのである。
 ・(節度なく)接近する ・ 取り入る ・ (~に)にじり寄る ・ すり寄る ・ 媚びる ・ 尻尾をふる ・ なれなれしい(態度) ・ (~に)べったりの(関係) ・ なれ合う.○鷗鰍 


望嶺眷靈鷲、延心念浄土。
嶺を望んで霊鷲【りょうじゅう】を眷、心を延ばして浄土を念【おも】う。
高峰を臨み見れば、釈迦が晩年、説法をした霊鷲山をみるのである、そしてこころを広くのばしてゆくと欣求浄土に思いは馳せるのである。
霊鷲 釈迦が晩年、説法をした霊鷲山(りょうじゅせん)のこと。○浄土 欣求浄土


若乘四等観、永抜三界苦。』
四等観に乗じて、永く三界の苦を抜くが若し。
血統の親疎によって分けられた親族関係によって、仏門には入れない、生死を繰り返しながら輪廻する三界の苦を受けているようである。
四等観 血統の親疎によって分けられた親族関係によるもの。○三界 、欲界・色界・無色界の三つの総称。三有ともいう。凡夫が生死を繰り返しながら輪廻する世界を3つに分けたもの。なお、仏陀はこの三界での輪廻から解脱している。「三界は安きことなく、なお、火宅のごとし」というのは、迷いと苦しみのこの世界を、燃えさかる家にたとえたもの。
「三界に家なし」とは、この世界が安住の地でないことを意味し、後には女性の不安定な地位を表す諺になった。