登池上樓 #1 謝霊運<25>#1 詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002
登池上樓#1
潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。
淵深く潜むみずちの龍の奥ゆかしい姿は心惹かれ麗しいものである、空高く飛ぶ大きな雁は遥か遠くからそのなく声を響かして聞えてくる。(俗世を超越し、隠棲した人は一人物静かに生き、奥ゆかしく美しい。)
薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。
しかし、私は空高く上がっても浮雲のうえにでることはできない心の萎縮を愧じるのである、かといって川に棲み淵の底のその奥に身を潜めることもできないことは、この身も切られるくらいの慚に思うのだ。
進德智所拙,退耕力不任。」
徳を積み修行をして立派な人として官僚の上に立つほど智徳、慈悲が稚拙である、そうかといって引退して畑を耕して暮らすにはそれに耐えるだけの体力がないのである。(隠棲することは自然への同化である。道教でなくても仏教の修行も死と隣り合わせであるからそれに耐えうる体力がない。持病を持っていた)
徇祿反窮海,臥痾對空林。
官を辞せずにやむをえず俸禄を求めてこんな最果ての見知らぬ海辺のまちに来ている、その上、厄介な病気のことを考えると志で棲みたいと思っていたひと気のない林を眺めるしかないのである。
衾枕昧節候,褰開暫窺臨。
そして、寝床にいたため節季行事もすることができないため季節感がわからなくなっている、簾の裾を開けてはしばらく外を覗き見るのである。
傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。』
寝床から耳をすますと大きな波の連なるのを聞くのである、目を挙げて険しく聳えてのしかかってくるかのような山を眺めるのである。
#2
初景革緒風,新陽改故陰。
池塘生春草,園柳變鳴禽。」
祁祁傷豳歌,萋萋感楚吟。
索居易永久,離群難處心。
持操豈獨古,無悶徵在今。』
(池の上の楼に登る)
潜【ひそ】める虻【みずち】は幽【ゆう】なる姿を媚【よろこ】び、飛ぶ鴻【おおとり】は遠き音を響かす。
空に留まりて雲に浮かぶを愧【は】じ、川に沈みて淵に沈むを怍【は】ず。
徳を進【みがか】んとするも智の拙なる所、耕を退かんとするに力任【た】えず。
禄に徇【したが】いて窮【さいは】ての海に及び、痾【あ】に臥し空林に対す。
衾【ねや】の枕とは節候【じせつ】に昧【くら】く、褰【かか】げて開きて暫く窺【うかが】い臨む。』
耳を傾けて波瀾を聆【き】き、目を挙げて嶇【たかき】嶔【そびえ】を眺むるのみ。
#2
初景【はつはる】は緒風を革【あらた】め、新陽は故き蔭【ふゆ】を改む。
池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。
祁祁【ひとおお】きに豳【ひん】の歌に傷【いた】み、萋萋【せいせい】たる楚吟【そぎん】に感ず。
索居【ひとりい】は永久なり易く、群れを離れては心を處【しょ】し難し。
操を持するは豈ひとり古【いにしえ】のみ成らんや、悶【うれ】い無きの徵【しる】しは今に在り。
現代語訳と訳註
(本文) 登池上樓#1
潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。
薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。
進德智所拙,退耕力不任。」
徇祿反窮海,臥痾對空林。
衾枕昧節候,褰開暫窺臨。
傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。』
(下し文) (池の上の楼に登る)#1
潜【ひそ】める虻【みずち】は幽【ゆう】なる姿を媚【よろこ】び、飛ぶ鴻【おおとり】は遠き音を響かす。
空に留まりて雲に浮かぶを愧【は】じ、川に沈みて淵に沈むを怍【は】ず。
徳を進【みがか】んとするも智の拙なる所、耕を退かんとするに力任【た】えず。
禄に徇【したが】いて窮【さいは】ての海に及び、痾【あ】に臥し空林に対す。
衾【ねや】の枕とは節候【じせつ】に昧【くら】く、褰【かか】げて開きて暫く窺【うかが】い臨む。』
耳を傾けて波瀾を聆【き】き、目を挙げて嶇【たかき】嶔【そびえ】を眺むるのみ。
(現代語訳)
淵深く潜むみずちの龍の奥ゆかしい姿は心惹かれ麗しいものである、空高く飛ぶ大きな雁は遥か遠くからそのなく声を響かして聞えてくる。(俗世を超越し、隠棲した人は一人物静かに生き、奥ゆかしく美しい。)
しかし、私は空高く上がっても浮雲のうえにでることはできない心の萎縮を愧じるのである、かといって川に棲み淵の底のその奥に身を潜めることもできないことは、この身も切られるくらいの慚に思うのだ。
徳を積み修行をして立派な人として官僚の上に立つほど智徳、慈悲が稚拙である、そうかといって引退して畑を耕して暮らすにはそれに耐えるだけの体力がないのである。(隠棲することは自然への同化である。道教でなくても仏教の修行も死と隣り合わせであるからそれに耐えうる体力がない。持病を持っていた)
官を辞せずにやむをえず俸禄を求めてこんな最果ての見知らぬ海辺のまちに来ている、その上、厄介な病気のことを考えると志で棲みたいと思っていたひと気のない林を眺めるしかないのである。
そして、寝床にいたため節季行事もすることができないため季節感がわからなくなっている、簾の裾を開けてはしばらく外を覗き見るのである。
寝床から耳をすますと大きな波の連なるのを聞くのである、目を挙げて険しく聳えてのしかかってくるかのような山を眺めるのである。
(訳注)
登池上樓
○池上楼 池のほとりの楼である。『温州府志』によると、東山書院の近傍に池上楼の建物が示されている。それがこの詩の当時あったかどうかは不明である。
潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。
淵深く潜むみずちの龍の奥ゆかしい姿は心惹かれ麗しいものである、空高く飛ぶ大きな雁は遥か遠くからそのなく声を響かして聞えてくる。(俗世を超越し、隠棲した人は一人物静かに生き、奥ゆかしく美しい。)
○潛虯 ①ひそみ隠れているみずち。無名指の別名。・虯竜の子で角があるもの虬。蛟 角がない。龍でなく虯は謝霊運が龍は天子を示すため、その子である蛟とした。しかし、詩は以下の易経に基づいている。『易経』の冒頭の「乾為天」に、「潛龍勿用。(潛龍用いるなかれ。)」とあり、孔子の文言に、「文言曰く、潛龍勿用、何謂也。子曰、龍徳而隠者也。不易乎世、不成乎名、遯世无悶、不見是而无悶。楽則行之、憂則違之。確乎其不可抜、潛龍也。」(文言に曰く初九に、潛龍用いること勿。何の謂ひぞなり。子曰く、龍徳ありて隠れたる者なり。世に易かえず、名を成さず、世を遯のがれて悶うれうることなく、是ぜとせられずして悶うれうることなし。楽しめばこれを行ない、憂うればこれを違さる。確乎かっことしてそれ抜くべからざるは、潛龍せんりゅうなり。)とある。○媚 こころひかれる○幽姿 隠遁者。奥深く身を隠した姿、幽居の奥ゆかしい人柄。○鴻 大きい雁。○遠音 遠くの空で啼く声。俗世を超越した人を喩える。
薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。
しかし、私は空高く上がっても浮雲のうえにでることはできない心の萎縮を愧じるのである、かといって川に棲み淵の底のその奥に身を潜めることもできないことは、この身も切られるくらいの慚に思うのだ。
○薄霄 晴れ渡った空。晴天。雨雲の向こうに隠れた遥かな晴天。苗代に苗が生えるところから来た字で、薄っすらと生えるところから薄いという意味と、びっしりと生えるという意味がある。○愧 心が萎縮して丸く固まること。行為に対する愧じ。「塊」と同系。恥は心が柔らかくなること。怍は慚、心が切られる様な感じ。矜持に対する慚ということ。
進德智所拙,退耕力不任。」
徳を積み修行をして立派な人として官僚の上に立つほど智徳、慈悲が稚拙である、そうかといって引退して畑を耕して暮らすにはそれに耐えるだけの体力がないのである。(隠棲することは自然への同化である。道教でなくても仏教の修行も死と隣り合わせであるからそれに耐えうる体力がない。持病を持っていた)
○進德智所拙 徳を積み修行をして立派な人として官僚の上に立つほどの智徳、慈悲が稚拙。・進德(徳に進む)は『易経、乾為天』「君子進德修業。忠信、所以進德也。」(君子は徳に進み業を修む。忠信は徳に進む所以なり。)とある。○退 官を辞する。引退。隠棲。○耕 耕作すること。○力不任 耐えるだけの体力がない。任は備わっていること。
徇祿反窮海,臥痾對空林。
官を辞せずにやむをえず俸禄を求めてこんな最果ての見知らぬ海辺のまちに来ている、その上、厄介な病気のことを考えると志で棲みたいと思っていたひと気のない林を眺めるしかないのである。
○徇祿 官を辞せずにやむをえず俸禄を求め○反 来ている○窮海 最果ての見知らぬ海辺。○臥痾 重病。糖尿病ではないか?○空林 人の気配のない林。役所にいれば大勢の役人に囲まれ、山野を調査する時には大勢の従者を従えていた。山遊びの際も都でするものと比べれば貧層であることをいうのであろう。
衾枕昧節候,褰開暫窺臨。』
そして、寝床にいたため節季行事もすることができないため季節感がわからなくなっている、簾の裾を開けてはしばらく外を覗き見るのである。
○衾枕 寝る時にかぶる夜着。衾と枕とで寝床のこと。○節候 季節・時候のこと。病気で長いこと寝床にいたために、季節の移り変わりの行事に参加していないことをいう。最低でも二十四節季あるわけで、官僚として欠かせないものである。○褰 袴のことだが、ここでは簾の裾のこと。○窺 穴からのぞくこと。○
傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。
寝床から耳をすますと大きな波の連なるのを聞くのである、目を挙げて険しく聳えてのしかかってくるかのような山を眺めるのである。
○傾耳 『礼記、孔子閒居』「傾耳而聽之。」(耳を傾け而して之を聽く。)○聆 (耳を澄ましたうえに、)耳を澄まして聞くこと。○波瀾 波頭の連なる様で、漣と同系の言葉だが、漣よりは大きな波を表す○嶇嶔 嶔嶇とも言う。険しくてのしかかってくるかのような山のことを言う。