登江中孤嶼 謝靈運 <28> 詩集401 紀頌之 漢詩ブログ1020

 かくて、時には広々とした臥江の下流、海との接点にあった孤嶼山にも、その風景を訪ねていったらしく、「江中の孤嶼に登る」の一首があり、『文選』の巻二十六の「行旅」の部にも選ばれている。
この詩は江南の景色もすべて見てまわり、江北の風物も見物、少しく退屈しているときに、江中の島の美しさを聞き、それっとばかり、供ぞろいして出かけていったときの作である。



登江中孤嶼
温州の南四里、永嘉江の中にある一つの嶼(鳥山峯が二つある。)にのぼる
江南捲歴覧、江北曠周旋。
永嘉江の南方を次々と見るのに飽きてしまうので、永嘉江の北を久しく歩き廻って、新しい眺めを思い求める。
懐新道轉迴、尋異景不延。
新しい景色を思い歩けば、道はいよいよ遠く廻り來る、珍しい景色を尋ねようとすれば日が早く沈む、日影はそれを待ってはくれない。
乱流趨正紀、弧嶼媚中川。
そこで乱れ流れる川をを横ぎって、正面の向岸に渡って行くと、島山がただ一つの山に見え、人を悦ばすような美しい姿で川の中にあった。
雲日相輝映、空水共澄鮮。
雲と太陽とが相い伴ばして輝き映えている、空と水とは共に明るく澄んでいた。
表靈物莫賞、蘊眞誰爲傅。
こうしてこの島は神秘な雰囲気を表わし、外界からかけ離れているので、何物がこれを誉めるということもないのだ、また山には仙人を奥深く包蔵していると思われるが、この絶対境では誰がそれを言い伝えることがあろうか。
想像崑山姿、緬邈區中縁。
この俗界を脱離した島山から私は崑崙山の島山の姿を想像している、狭い俗世界との関係がはるかに遠くなったように思われる。
始信安期術、得盡養生年。
そして私は仙人安期生の不老長生の術が、いきていくこで始めて信ずるのであった。それが生命を大切に担い養って、完全に天寿を生き尽くし得るものだということである。


江南の孤嶼に登る
江の南は歴覧するに倦み、江の北は曠【ひさ】しく周旋す。
新しきを懐【おも】いて道は転【うた】た迥【はる】かに、異【めずら】しきを尋ねて景【ひ】は延【なが】からず。
流れを乱【わた】りて正絶に趨【おもむ】けば、孤嶼は中川に媚【うるわ】し。
雲と日と 相輝き映え、空と水と 共に澄み鮮かなり。
霊を表すも物の賞【め】ずる莫く、真を蘊(つつ)むも誰か為に伝えん。
想像す 崑山の姿、緬邈【はるか】なり 区中の縁【けがれ】。
始めて信ず 安期の術の、養生の年を尽くすを得るを。


現代語訳と訳註
(本文)
登江中孤嶼
江南捲歴覧、江北曠周旋。
懐新道轉迴、尋異景不延。
乱流趨正紀、弧嶼媚中川。
雲日相輝映、空水共澄鮮。
表靈物莫賞、蘊眞誰爲傅。
想像崑山姿、緬邈區中縁。
始信安期術、得盡養生年。


(下し文) 江南の孤嶼に登る
江の南は歴覧するに倦み、江の北は曠【ひさ】しく周旋す。
新しきを懐【おも】いて道は転【うた】た迥【はる】かに、異【めずら】しきを尋ねて景【ひ】は延【なが】からず。
流れを乱【わた】りて正絶に趨【おもむ】けば、孤嶼は中川に媚【うるわ】し。
雲と日と 相輝き映え、空と水と 共に澄み鮮かなり。
霊を表すも物の賞【め】ずる莫く、真を蘊(つつ)むも誰か為に伝えん。
想像す 崑山の姿、緬邈【はるか】なり 区中の縁【けがれ】。
始めて信ず 安期の術の、養生の年を尽くすを得るを。


(現代語訳)
温州の南四里、永嘉江の中にある一つの嶼(島山峯が二つある。)にのぼる
永嘉江の南方を次々と見るのに飽きてしまうので、永嘉江の北を久しく歩き廻って、新しい眺めを思い求める。
新しい景色を思い歩けば、道はいよいよ遠く廻り來る、珍しい景色を尋ねようとすれば日が早く沈む、日影はそれを待ってはくれない。
そこで乱れ流れる川をを横ぎって、正面の向岸に渡って行くと、島山がただ一つの山に見え、人を悦ばすような美しい姿で川の中にあった。
雲と太陽とが相い伴ばして輝き映えている、空と水とは共に明るく澄んでいた。
こうしてこの島は神秘な雰囲気を表わし、外界からかけ離れているので、何物がこれを誉めるということもないのだ、また山には仙人を奥深く包蔵していると思われるが、この絶対境では誰がそれを言い伝えることがあろうか。
この俗界を脱離した島山から私は崑崙山の島山の姿を想像している、狭い俗世界との関係がはるかに遠くなったように思われる。
そして私は仙人安期生の不老長生の術が、いきていくこで始めて信ずるのであった。それが生命を大切に担い養って、完全に天寿を生き尽くし得るものだということである。


(訳注)
登江中孤嶼

温州の南四里、永嘉江の中にある一つの嶼(島山峯が二つある。)にのぼる


江南捲歴覧、江北曠周旋。
永嘉江の南方を次々と見るのに飽きてしまうので、永嘉江の北を久しく歩き廻って、新しい眺めを思い求める。
 久しく。空しく。○周旋 周り歩く。


懐新道轉迴、尋異景不延。
新しい景色を思い歩けば、道はいよいよ遠く廻り來る、珍しい景色を尋ねようとすれば日が早く沈む、日影はそれを待ってはくれない。
懐新道轉迴 「懐新道轉迴とは、新境を貪り尋ねて、其の道の退きを忘るるを謂ふなり。○尋異景不延 往き前みて奇を探れば、前に当る妙景、少くも遲延する能はずと謂ふなり。幽を尋ぬるに探き者はこの十字の字字咀味するに耐ふるを知る。」 ○不延 待たず。新しい景色、珍しい景色を眺めると、ついつい長くなり、日がしずむのが速くかんじて、見たりないことをいう。


乱流趨正紀、弧嶼媚中川。
そこで乱れ流れる川をを横ぎって、正面の向岸に渡って行くと、島山がただ一つの山に見え、人を悦ばすような美しい姿で川の中にあった。
乱流 流れを渡る。○正紀 流れを横切った正面の岸。乱流の二句は、「流を截って渡れば、忽ち孤嶼を得たるを謂ふ。余嘗て金焦に遊んで此の二句を誦し、愈々と其の妙を覚ゆ」とある。


雲日相輝映、空水共澄鮮。
雲と太陽とが相い伴ばして輝き映えている、空と水とは共に明るく澄んでいた。


表靈物莫賞、蘊眞誰爲傅。
こうしてこの島は神秘な雰囲気を表わし、外界からかけ離れているので、何物がこれを誉めるということもないのだ、また山には仙人を奥深く包蔵していると思われるが、この絶対境では誰がそれを言い伝えることがあろうか。
表霊 神霊の住む神秘なようすを表わす。○ 外界の物。○蘊眞 真人(仙人)を奥に包蔵する。○誰爲傅 人里離れているので誰も世に伝えない。


想像崑山姿、緬邈區中縁。
この俗界を脱離した島山から私は崑崙山の島山の姿を想像している、狭い俗世界との関係がはるかに遠くなったように思われる。
崑山 神仙の住むという崑崙山。中国古代の伝説上の山岳。崑崙山・崑崙丘・崑崙虚ともいう。中国の西方にあり、黄河の源で、玉を産出し、仙女の西王母がいるとされた。仙界とも呼ばれ、八仙がいるとされる。崑崙奴(こんろんど)とは、アフリカ系黒人に対しての呼び名であるが、伎楽の崑崙〔くろん〕面の名称も、そもそもは黒人のことをさした。○緬邈 はるかに遠いさま。○区中線 世間の俗縁。区中は狭い世間。
 

始信安期術、得盡養生年。
そして私は仙人安期生の不老長生の術が、いきていくこで始めて信ずるのであった。それが生命を大切に担い養って、完全に天寿を生き尽くし得るものだということである。
安期術 不老長生の術。列仙伝に「安期生は瑯邪阜郷の人。自ら千歳と言ふ」と。○安期 仙人の名。安期宅秦の墳邪の人で、学問を河上文人に受け、東海のほとりで薬を売っていた。当時の人は千歳公と呼んだ。始皇帝が山東に遊んだとき、三旦二晩ともに語った。金崗数千万を賜わったが、みな置いたまま立去り、「数十年のちに、われを蓬莱山のふもとにたずねよ」という置手紙をのこした。始皇はかれを海上にさがさせたが、使者は風波にあい引返した。漢の武帝の時、李少君という者が帝に報告した。「臣がかつて海上に遊んだとき、安期生を見た。かれは瓜のように大きいナツメを臣に食わせた、云云」武帝もまた、方士を海に派遣して安期生をさがさせたという。「列仙伝」や「史記」『三国志』「魏書」に登場する話。
古風五十九首 其七 李白 108/350


登江中孤嶼
江南捲歴覧、江北曠周旋。
懐新道轉迴、尋異景不延。
乱流趨正紀、弧嶼媚中川。
雲日相輝映、空水共澄鮮。
表靈物莫賞、蘊眞誰爲傅。
想像崑山姿、緬邈區中縁。
始信安期術、得盡養生年。

江南の孤嶼に登る詩。
江の南は歴覧するに倦み、江の北は曠【ひさ】しく周旋す。
新しきを懐【おも】いて道は転【うた】た迥【はる】かに、異【めずら】しきを尋ねて景【ひ】は延【なが】からず。
流れを乱【わた】りて正絶に趨【おもむ】けば、孤嶼は中川に媚【うるわ】し。
雲と日と 相輝き映え、空と水と 共に澄み鮮かなり。
霊を表すも物の賞【め】ずる莫く、真を蘊(つつ)むも誰か為に伝えん。
想像す 崑山の姿、緬邈【はるか】なり 区中の縁【けがれ】。
始めて信ず 安期の術の、養生の年を尽くすを得るを。