登上戌石鼓山 謝霊運<29>#2 詩集 403 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1026
(上戌の石鼓山に登る)《謝康樂集〃雜詩》

永嘉から西の方、四十里(中国里)の上戊というところに石鼓山がある。ここには大きな石が向かいあって立っており、これをたたくと、互いに鳴響して妙音を発するという名勝であった。
特に物好きな霊運が、このことを聞けば、行ってみたくなるのは人情であった。そこで、ある日、謝霊運は供を連れて、また出かけていったが、そのときの作品が「登上戌石鼓山」(上戌の石鼓山に登る)である。


登上戌石鼓山#1
旅人心長久、憂憂自相接。
故郷路遥遠、川陸不可渉。
汨汨莫與娯、發春托登躡。
歓願既無竝、寂慮庶有協。』
#2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。
この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている
白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
佳期緬無像、騁望誰云愜。』
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。

 
(上戌の石鼓山に登る)#1
旅人は心 長【ながく】久【かわら】ず、憂憂は自から相い接す。
故郷は路遥かに遠く、川陸は捗る可からず。
汨汨きて与に娯しむ莫れ、春に発し登り躡【ふ】むに托す。
願を歓ぶも既に並ぶ無し、慮を戚【うれ】い 庶【こいねが】わくは協 有らんことを。』
#2
目を極め睞するに左は闊く、廻顧し眺むれば右は狭し。
日は没し澗は波を増し、雲 生じ嶺 逾いよ畳たり。
白い芷【よろいぐさ】正は新しき苕【のうぜんかつら】と競い、縁なる蘋【でんじそう】は斉【ひと】しく初葉。
芳を摘み芳 諼【わす】るる靡【な】し、愉楽するも楽しみに變らず。
佳期【かき】は緬【おも】うに像無し、騁望【ていぼう】するに誰か愜しと云わん。』


現代語訳と訳註
(本文) #2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。
日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
佳期緬無像、騁望誰云愜。』


(下し文) #2
目を極め睞するに左は闊く、廻顧し眺むれば右は狭し。
日は没し澗は波を増し、雲 生じ嶺 逾いよ畳たり。
白い芷【よろいぐさ】正は新しき苕【のうぜんかつら】と競い、縁なる蘋【でんじそう】は斉【ひと】しく初葉。
芳を摘み芳 諼るる靡し、愉楽するも楽しみ變らがず。
佳期は緬うに像無し、騁望するに誰か愜しと云わん。』


(現代語訳)
この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。


(訳注) #2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。

この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
 やぶにらみ。脇見をする。曹植『洛神賦』「明眸善睞。」(明眸【めいぼう】善く睞【らい】す。)顔の向きを変えないで瞳を動かして傍らを見ること。


日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている


白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
 よろい草。せり科。水中に生じ、香気がある。香草の根。○ のうぜん葛。えんどう。○ でんじ草。池や沼に自生する、多年生のしだ植物。


摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
 わすれる。いつわる。あざむく。・諼草忘れ草、浮世の憂いを忘れること。


佳期緬無像、騁望誰云愜。』
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。
佳期 よい時節。美人と逢う約束の日。○騁望 思うままに眺める。後漢書『馬融傳』「騁望千里、天與地莽」(千里を騁望し、天と地與莽す。)○ こころよい。したがう。