登石門最高頂 謝霊運<31>#1 詩集 407  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1038

また、『文選』の巻二十二には、「石門の最高頂に登る」が引用されている。

【名稱】登石門最高頂
【年代】南朝宋
【作者】謝靈運
【體裁】五言詩


登石門最高頂 #1
石門山の最高の山頂に登る
晨策尋絕壁,夕息在山棲。
朝早く杖をつきながら絶壁の景色を尋ね、夕方になると山頂に住居して静かに休む。
疏峰抗高館,對嶺臨回溪。
峯を掘り削って高館を築き上げ、向こうの山の巌に面していてその前のすぐ下は廻り込んだ谷川を臨む。
長林羅戶穴,積石擁基階。
丈の高い林が門内の庭に並んでいて、積み重った石はきざはしの土台を抱きかかえている。
連岩覺路塞,密竹使徑迷。
岩が連なるので路を塞いで行き止まりのように思われ、竹は密に茂るので庭の小道を迷わせてしまう。
來人忘新術,去子惑故蹊。』

訪ねて来る人は今来た道がいつも新しく忘れてしまい、帰ってゆく人は自然に茂った庭には人跡も稀であるためもと来た山路に戸惑うのである。
#2
活活夕流駛,噭噭夜猿啼。
沈冥豈別理,守道自不攜。
心契九秋榦,日玩三春荑。
居常以待終,處順故安排。
惜無同懷客,共登青雲梯。』

(石門の最高頂に登る)#1
晨に策つきて絶壁を尋ね、夕に息いて山棲に在り。
峰を疎ちて高館を抗げ、嶺に対し廻れる渓に臨む
長き林は戸庭に羅なり、積み石は基階を擁す。
連なる巌に路の塞がるを覚え、密なる竹は径をして迷わしむ。
来たれる人は新しき術を忘れ、去る子は故蹊に惑う。』

#2
活活として夕の流は駛り、噭噭として夜猿 啼く。
沈冥 豈 理を別にせんや、道を守り自から携れず。
心に契る九秋の幹を、目は翫【よろこ】ぶ三春の荑【つばみ】。
常に居りて 以って終わりを待ち、順に処して故に安排【あんぱい】す。
惜しむらくは懐いを同じくする客の、共に青雲の梯に登る無きを。』


現代語訳と訳註
(本文)
登石門最高頂 #1
晨策尋絕壁,夕息在山棲。
疏峰抗高館,對嶺臨回溪。
長林羅戶穴,積石擁基階。
連岩覺路塞,密竹使徑迷。
來人忘新術,去子惑故蹊。』


(下し文) (石門の最高頂に登る)#1
晨に策つきて絶壁を尋ね、夕に息いて山棲に在り。
峰を疎ちて高館を抗げ、嶺に対し廻れる渓に臨む
長き林は戸庭に羅なり、積み石は基階を擁す。
連なる巌に路の塞がるを覚え、密なる竹は径をして迷わしむ。
来たれる人は新しき術を忘れ、去る子は故蹊に惑う。』


(現代語訳)
石門山の最高の山頂に登る
朝早く杖をつきながら絶壁の景色を尋ね、夕方になると山頂に住居して静かに休む。
峯を掘り削って高館を築き上げ、向こうの山の巌に面していてその前のすぐ下は廻り込んだ谷川を臨む。
丈の高い林が門内の庭に並んでいて、積み重った石はきざはしの土台を抱きかかえている。
岩が連なるので路を塞いで行き止まりのように思われ、竹は密に茂るので庭の小道を迷わせてしまう。
訪ねて来る人は今来た道がいつも新しく忘れてしまい、帰ってゆく人は自然に茂った庭には人跡も稀であるためもと来た山路に戸惑うのである。


(訳注)
登石門最高頂

石門山の最高の山頂に登る
石門 謝霊運遊名山志に「石門の潤は六処あり。石門は水を遡りて上り、兩山の口に入る。両辺は石壁、右辺の石巌、下は澗水に臨む」とある。浙江省嵊県の山名。


晨策尋絕壁,夕息在山棲。
朝早く杖をつきながら絶壁上の景色を尋ね、夕方になると山頂に住居して静かに休む。
晨策 朝早く杖をついて。


疏峰抗高館,對嶺臨回溪。
峯を掘り削って高館を築き上げ、向こうの山の巌に面していてその前のすぐ下は廻り込んだ谷川を臨む。
疏峯 山の峯を掘り削る。○抗高館 高いやかたを築き上げる。抗は挙げる。


長林羅戶穴,積石擁基階。
丈の高い林が門内の庭に並んでいて、積み重った石はきざはしの土台を抱きかかえている。
 並んでいる○戶穴 門内の庭。○積石 積み重った石。○擁 抱きかかえる。○基階 きざはしの土台。家の周りに基礎の外側は一段高くしているので階となる。それの基礎であるから2段になる。古代から遺跡で見られる階の基礎。


連岩覺路塞,密竹使徑迷。
岩が連なるので路を塞いで行き止まりのように思われ、竹は密に茂るので庭の小道を迷わせてしまう。


來人忘新術,去子惑故蹊。』
訪ねて来る人は今来た道がいつも新しく忘れてしまい、帰ってゆく人は自然に茂った庭には人跡も稀であるためもと来た山路に戸惑うのである。
新術 新しい山路。 ○故蹊 古いもとの山道。