于南山往北山経湖中瞻眺 謝霊運<37>#2 詩集 417  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1068
謝霊運はその退屈しのぎに、相変わらずあちこちと遊び歩いていたらしい。巫湖の南に南山、北に北山という山があったが、霊運はいつも南山に居住し、常に湖を船で渡っては遵造していた。かつて、南山から北山に行かんとして、船中で眺めた美景を歌ったものに、「南山より北山に往き湖中の瞻眺を経たり」を作っている。これは『文選』の巻二十二の 「遊覧」に選ばれている。




于南山往北山經湖中瞻眺
朝旦發陽崖,景落憩陰峯。
舍舟眺迥渚,停策倚茂松。 
側徑既窈窕,環洲亦玲瓏。
俛視喬木杪,仰聆大壑灇。 
石橫水分流,林密蹊絕蹤。』
解作竟何感,升長皆豐容。
天地の陰陽の気の結び目が解けて活動をはじめて春雷がおこり、結局何の物を感じ動かしたかわからぬが、陽気が立ち万物は生長して皆盛んに繁っているのである。
初篁苞綠籜,新蒲含紫茸。
初生の若竹は緑の皮に包まれ、新しい蒲の花は紫の毛房を含んで咲いている。
海鷗戲春岸,天雞弄和風。 
海カモメは春のおだやかな岸にたわむれており、金鷄鳥は春のなごやかな風に遊んでいる。
撫化心無厭,覽物眷彌重。
万物の化身、芽吹き、成長を撫でるように愛する私の心は飽くことを知らないが、春の物すべて見るに値する美しいものなのだ。だから愛でかえりみることがいよいよ重なってくるのである。
不惜去人遠,但恨莫與同。 
去って行く人が遠ざかるのを惜しみはしないけれど、ただ、わたしと共にこの地で同じ思いで遊ぶ人がいないのが残念である。
孤遊非情歎,賞廢理誰通?』
しかし、ただひとりここに遊ぶのが私の心からの歎きではないことは確かだ、この景色を観賞する美の心を捨てるというのであるなら、誰が真理に通ずることができるであろうか。それを私は惜しむのである。


(南山より北山に往き湖中の瞻眺を経たり)
朝旦【ちょうたん】に陽崖【ようがい】(南山)を発し、景【ひ】落ちて陰峰【いんぽう】(北山)に憩う。
舟を舎てて迥渚【かいしょ】を眺め、策【つえ】を停【とど】めて茂れる松に倚る。
側徑【そくけい】既に窃窕【ようちょう】、環洲も亦た玲瓏【れいろう】なり。
俛して喬木【きょうぼく】の杪【こずえ】を視、仰ぎて大壑の灇【そそ】ぐを聆く。
石は横たわりて水 流れを分かち、林は密にして蹊【みち】は蹤【あと】を絶つ。』
解作【かいさく】は竟に何をか感ぜしむる、升長【しょうちょう】皆な豐容【ぼうよう】たり。
初篁【しょこう】は綠籜【りょくたく】に苞まれ,新蒲は紫茸【しじょう】を含む。
海鴎【かいおう】は春岸に戯れ、天雞【てんけい】は風に和して 弄【もてあそ】ぶ。
化を撫して心 厭【あ】く無く、物を覧て眷【けん】彌【いよい】よ重なる。
惜しまず去る人の遠きを、但だ恨む与【とも】に同【とも】にする莫きを。
孤遊【こゆう】は情の歎ずるに非ず、賞すること廃れば理誰か通ぜん?』

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現代語訳と訳註
(本文)

解作竟何感,升長皆豐容。
初篁苞綠籜,新蒲含紫茸。
海鷗戲春岸,天雞弄和風。 
撫化心無厭,覽物眷彌重。
不惜去人遠,但恨莫與同。 
孤遊非情歎,賞廢理誰通?』

(下し文)
解作【かいさく】は竟に何をか感ぜしむる、升長【しょうちょう】皆な豐容【ぼうよう】たり。
初篁【しょこう】は綠籜【りょくたく】に苞まれ,新蒲は紫茸【しじょう】を含む。
海鴎【かいおう】は春岸に戯れ、天雞【てんけい】は風に和して 弄【もてあそ】ぶ。
化を撫して心 厭【あ】く無く、物を覧て眷【けん】彌【いよい】よ重なる。
惜しまず去る人の遠きを、但だ恨む与【とも】に同【とも】にする莫きを。
孤遊【こゆう】は情の歎ずるに非ず、賞すること廃れば理誰か通ぜん?』


(現代語訳)
天地の陰陽の気の結び目が解けて活動をはじめて春雷がおこり、結局何の物を感じ動かしたかわからぬが、陽気が立ち万物は生長して皆盛んに繁っているのである。
初生の若竹は緑の皮に包まれ、新しい蒲の花は紫の毛房を含んで咲いている。
海カモメは春のおだやかな岸にたわむれており、金鷄鳥は春のなごやかな風に遊んでいる。
万物の化身、芽吹き、成長を撫でるように愛する私の心は飽くことを知らないが、春の物すべて見るに値する美しいものなのだ。だから愛でかえりみることがいよいよ重なってくるのである。
去って行く人が遠ざかるのを惜しみはしないけれど、ただ、わたしと共にこの地で同じ思いで遊ぶ人がいないのが残念である。
しかし、ただひとりここに遊ぶのが私の心からの歎きではないことは確かだ、この景色を観賞する美の心を捨てるというのであるなら、誰が真理に通ずることができるであろうか。それを私は惜しむのである。


(訳注)
解作竟何感,升長皆豐容。

天地の陰陽の気の結び目が解けて活動をはじめて春雷がおこり、結局何の物を感じ動かしたかわからぬが、陽気が立ち万物は生長して皆盛んに繁っているのである。
解作 天地の陰陽の気が結び目が解けて活動をはじめること。易の解の卦に「天地解而雷雨作、雷雨作而百花草木皆甲坼。」天地が解け雷雨が作(おこ)り、雷雨が作り百花草木が皆、甲坼(種子の殻を破って発芽)する。○升長 草木の生長すること。易経の升の卦「升、元亨。用見大人。勿恤南征吉。彖曰、柔以時升、巽而順、剛中而應、是以大亨。用見大人、勿恤、有慶也。南征吉、志行也。象曰、地中生木、升。君子以順徳、積小以高大。」<升(しょう)は、元(おお)いに亨(とお)る。もって大人(たいじん)を見る。恤(うれ)うるなかれ。南征(なんせい)すれば吉(きつ)なり。彖(たん)に曰く、柔(じゅう)、時をもって升(のぼ)り、巽(そん)にして順(じゅん)、剛(ごう)中にして応ず、ここをもって大いに亨(とお)るなり。もって大人(たいじん)を見る、恤(うれ)うるなかれとは、慶びあるなり。南征(なんせい)すれば吉(きつ)なりとは、志(こころざし)行なわるるなり。象に曰く、地中に木を生ずるは升(しょう)なり。君子もって徳に順(したが)い、小を積みてもって高大(こうだい)なり。>


初篁苞綠籜,新蒲含紫茸。
初生の若竹は緑の皮に包まれ、新しい蒲の花は紫の毛房を含んで咲いている。
初篁 初生の若竹藪。初生の叢竹。○苞綠籜 みどりの竹の皮に包まれる。○紫茸 むらさきの毛房。


海鷗戲春岸,天雞弄和風。 
海カモメは春のおだやかな岸にたわむれており、金鷄鳥は春のなごやかな風に遊んでいる。


撫化心無厭,覽物眷彌重。
万物の化身、芽吹き、成長を撫でるように愛する私の心は飽くことを知らないが、春の物すべて見るに値する美しいものなのだ。だから愛でかえりみることがいよいよ重なってくるのである。


不惜去人遠,但恨莫與同。 
去って行く人が遠ざかるのを惜しみはしないけれど、ただ、わたしと共にこの地で同じ思いで遊ぶ人がいないのが残念である


孤遊非情歎,賞廢理誰通?』
しかし、ただひとりここに遊ぶのが私の心からの歎きではないことは確かだ、この景色を観賞する美の心を捨てるというのであるなら、誰が真理に通ずることができるであろうか。それを私は惜しむのである。
孤遊 ただひとりここに遊ぶ。○情歎 私の心からの歎き。○賞廢 の景色を観賞する美の心を捨てるというのであるなら○ 真実の道理。美しいものを見て過ごすこと、欲得利害や名誉、塵界の出来事かけ離れた穏やかな生活にこそ心理があるというのであろう。政治の第一線に残りたいということとこうした美や風流に対するあこがれは一致するものではない。晋が西晋にそして東晉にそして宋に禅譲され、徳の政治は完全に消滅していった。体調を崩したのは政治に対して強烈な嫌気であり、謝霊運の体の中からも自家中毒のように拒絶反応が出たものであった。この故郷での隠棲生活以降、謝霊運の山水詩人らしい側面が強調されるのである。


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