南樓中望所遅客 謝霊運(康楽) 詩<38#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩419 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1074
(南樓の中にて遅つ所の客を望む)


南樓中望所遅客
故郷始寧における謝霊運の日常生活はというに、たとえは、始寧の別荘の南に楼があり、そこで漢の謝安の故事、朝廷の誘いに乗らず始寧の芸妓を携えて遊んだことにならい、芸妓を待っていたが来なかったときの感情を歌ったものである。
『文選』の巻三十の雑詩に引用されている「南樓の中にて遅つ所の客を望む」の作がある。


南樓中望所遲客
杳杳日西頹,漫漫長路迫。
登樓為誰思?臨江遲來客。
與我別所期,期在三五夕。
圓景早已滿,佳人猶未適。
即事怨睽攜,感物方淒戚。』
孟夏非長夜,晦明如歲隔。
初夏になると長い夜ではなくなり、日が長いものである、夜明けは早く夜が来るのが遅くなる年を取るのに隔たりを感じるものである。
瑤華未堪折,蘭苕已屢摘。
崑崙山に咲く玉のように美しい花はいまだに折れることはぜったいにないものであるが、蘭の花に豌豆の鶴が巻き付けばそれはしばしば摘み取ってしまうものであろう。
路阻莫贈問,雲何慰離析?
ここに來る道が嶮しいのか、邪魔が入ったのか、いろいろ疑問を考えることはやめよう、慰めここを離れていこうとういのになんというのか、言いようはないであろう。
搔首訪行人,引領冀良覿。』
自分の首を掻きながら前を通っていく人を訪れた、「うなじを引いてこちらを見てくれませんか」といってみるのだ。


(南樓の中にて遅つ所の客を望む)
杳杳【きょうきょう】として日は西に頹【くず】れ、漫漫として長き路は迫【せま】れり。
楼に登り 誰の為かと思う、江に臨み釆たる客を遅【ま】つ。
我と別れしとき期する所あり、期は三五の夕に在り。
円景【まるきつき】は早く己に満ちしに、佳人は殊に末だ適【いた】らず。
事に即【つ】きて睽【そむ】き攜【はな】れるを怨み、物に感じて方【まさ】に淒【いたみ】戚【うれ】う。
孟夏【もうか】は長き夜に非ざるも、晦明【かいめい】は歳の隔つるが如し。
瑤華【あさのはな】は未だ折るに堪えざれど、蘭苕【らんしょう】 己に屢【しばし】ば摘【つ】む。
路阻【へだ】たりて贈問【ぞうもん】する莫ければ、云何【いか】んぞ離析【りせき】を慰めん。
首を掻いて行人に訪ね、領【うなじ】を引いて良き覿【み】んことを冀【ねが】う

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現代語訳と訳註
(本文)

孟夏非長夜,晦明如歲隔。
瑤華未堪折,蘭苕已屢摘。
路阻莫贈問,雲何慰離析?
搔首訪行人,引領冀良覿。』


(下し文)
孟夏【もうか】は長き夜に非ざるも、晦明【かいめい】は歳の隔つるが如し。
瑤華【あさのはな】は未だ折るに堪えざれど、蘭苕【らんしょう】 己に屢【しばし】ば摘【つ】む。
路阻【へだ】たりて贈問【ぞうもん】する莫ければ、云何【いか】んぞ離析【りせき】を慰めん。
首を掻いて行人に訪ね、領【うなじ】を引いて良き覿【み】んことを冀【ねが】う。


(現代語訳)
初夏になると長い夜ではなくなり、日が長いものである、夜明けは早く夜が来るのが遅くなる年を取るのに隔たりを感じるものである。
崑崙山に咲く玉のように美しい花はいまだに折れることはぜったいにないものであるが、蘭の花に豌豆の鶴が巻き付けばそれはしばしば摘み取ってしまうものであろう。
ここに來る道が嶮しいのか、邪魔が入ったのか、いろいろ疑問を考えることはやめよう、慰めここを離れていこうとういのになんというのか、言いようはないであろう。
自分の首を掻きながら前を通っていく人を訪れた、「うなじを引いてこちらを見てくれませんか」といってみるのだ。


(訳注)
孟夏非長夜,晦明如歲隔。

初夏になると長い夜ではなくなり、日が長いものである、夜明けは早く夜が来るのが遅くなる年を取るのに隔たりを感じるものである。
○孟夏 夏の初め。初夏。また、陰暦4月の異称。「孟」は初めの意。○晦明 晦明とは暗いと明るいで、夜と昼のこと。夜が長いのは歳を早くとり(日が早い)、昼が長いのは歳を取りにくい(日が遅い)。満月も早く見えなくなってしまうことをいう。


瑤華未堪折,蘭苕已屢摘。
崑崙山に咲く玉のように美しい花はいまだに折れることはぜったいにないものであるが、蘭の花に豌豆の鶴が巻き付けばそれはしばしば摘み取ってしまうものであろう。
○「神仙に通じる崑崙山にある理想郷の中腹大地」を指し、『瑤華』とは「玉のように美しい花」を指す言葉。○気にった美人は何かあっても許そうと思うが、その美人に邪魔をする輩は排除しよう。


路阻莫贈問,雲何慰離析?
ここに來る道が嶮しいのか、邪魔が入ったのか、いろいろ疑問を考えることはやめよう、慰めここを離れていこうとういのになんというのか、言いようはないであろう。
路阻 地形が険しい。「険阻」 2 遮り止める。はばむ。「阻害・阻隔・阻止○


搔首訪行人,引領冀良覿。』
自分の首を掻きながら前を通っていく人を訪れた、「うなじを引いてこちらを見てくれませんか」といってみるのだ。