立石壁招提精舎 謝霊運(康楽) 詩<41#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩421 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1080
(石壁に招提精舎を立つ)

浄土教に厚く帰依していた謝霊運は浮き世の無常を強く感じ、衆生済度をも兼ねて仏寺を建立した。それを詠じたものに、「石壁に招提精舎を立つ」の作がある。この精舎については諸説あるが読書斎であり、慧遠にいたく帰依し、浄土教を信じていたので、謝霊運の仏教修行の場であった。


石壁立招提精舍詩
四城有頓躓。三世無極已。
浮歡昧眼前。沉照貫終始。
壯齡緩前期。頹年迫暮齒。
揮霍夢幻頃。飄忽風電起。
#2
良緣迨未謝。時逝不可俟。
天子との良縁はまだなく未だに心許せることにはなることがない。そうしている間に時は過ぎ去ってゆきやがてこの身が塵となっていくには忍びない。
敬擬靈鷲山。尚想祗洹軌。
ここを靈鷲山として霊山浄土の修行の場としたい、そしてその上祗洹精舎と位置付けたいのだ。
絕溜飛庭前。高林映窗裏。
この場所では、とどめ置くことはしないので精神統一の場から飛び立つこともある。高い林の上から窓辺に映る日常を見ることである。
禪室棲空觀。講宇析妙理。

心静かに修行しているこの空間を見て棲むことである、宇宙を講じてその真理を悟ることができる。

(石壁に招提精舎を立つ)
四城に頓瞑【とんめい】有り、三世【さんせい】は無極【はてなき】のみ。
浮きたる歓びは眼前を昧【くら】くし、沈照【ちんしょう】して終始を貫く。
壮齢【そうれい】 前期に緩【ゆる】く、頹年【たいねん】 暮歯【ろうじん】に迫り、揮霍【はや】きこと夢・幻【まぼろし】の頃、飄忽【ひょうこつ】に風電【ふうでん】 起こり。
#2
良縁【りょうえん】 未だ謝せざるに迨【いた】る、時は逝【ゆ】き挨つ可からず。
敬みて靈鷲山【りょうじゅせん】に擬し、尚お想う 祗洹【ぎおん】の軌。
絶溜【ぜつりゅう】 飛庭【ひてい】の前、高き林 窗裏【そうり】に映じ。
禅室【ぜんしつ】にて空観【くうかん】を棲【すま】し、講字【こくじ】にて妙理【みょうり】を析【わ】かつ。

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現代語訳と訳註
(本文)
#2
良緣迨未謝。時逝不可俟。
敬擬靈鷲山。尚想祗洹軌。
絕溜飛庭前。高林映窗裏。
禪室棲空觀。講宇析妙理。


(下し文) #2
良縁【りょうえん】 未だ謝せざるに迨【いた】る、時は逝【ゆ】き挨つ可からず。
敬みて靈鷲山【りょうじゅせん】に擬し、尚お想う 祗洹【ぎおん】の軌。
絶溜【ぜつりゅう】 飛庭【ひてい】の前、高き林 窗裏【そうり】に映じ。
禅室【ぜんしつ】にて空観【くうかん】を棲【すま】し、講字【こくじ】にて妙理【みょうり】を析【わ】かつ。


(現代語訳)
天子との良縁はまだなく未だに心許せることにはなることがない。そうしている間に時は過ぎ去ってゆきやがてこの身が塵となっていくには忍びない。
ここを靈鷲山として霊山浄土の修行の場としたい、そしてその上祗洹精舎と位置付けたいのだ。
この場所では、とどめ置くことはしないので精神統一の場から飛び立つこともある。高い林の上から窓辺に映る日常を見ることである。
心静かに修行しているこの空間を見て棲むことである、宇宙を講じてその真理を悟ることができる。


(訳注) #2
良緣迨未謝。時逝不可俟。
天子との良縁はまだなく未だに心許せることにはなることがない。そうしている間に時は過ぎ去ってゆきやがてこの身が塵となっていくには忍びない。


敬擬靈鷲山。尚想祗洹軌。
ここを靈鷲山として霊山浄土の修行の場としたい、そしてその上祗洹精舎と位置付けたいのだ。
霊鷲山【りょうじゅせん】インドのビハール州のほぼ中央に位置する山。釈迦仏が無量寿経や法華経を説いたとされる山として知られる。霊山浄土(りょうぜんじょうど) とされる。霊山会上ともいう。もし世界が毀損しても未来永劫、釈迦仏がここに常住して法を説くことを意味する。○祗洹 祇園精舎 祇樹給孤独園精舎は、中インドのシュラーヴァスティー(舎衛城)にあった寺院で、釈迦が説法を行ったとされる場所。天竺五精舎(釈迦在世にあった五つの寺院)の一つ。


絕溜飛庭前。高林映窗裏。
この場所では、とどめ置くことはしないので精神統一の場から飛び立つこともある。高い林の上から窓辺に映る日常を見ることである。
絕溜 とどめ置くことを拒絶する。○飛庭前 修行の場寄り飛び立つ。客観的に見ること。○高林 たかいはやし。○映窗裏 窓辺に映る。


禪室棲空觀。講宇析妙理。
心静かに修行しているこの空間を見て棲むことである、宇宙を講じてその真理を悟ることができる。
禪室 官を辞して初めて味わえる浄土宗の修行三昧の日々、心をやすめて棲むところであったものである。○棲空觀 この空間を見て棲むこと。○講宇 宇宙を講じること。○妙理 真理を悟ること。


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仏教へのあこがれは早くから憤っていたが、この詩では謝霊運は人生が無常で、夢・幻のようなもので、今、若いといっても、やがて老人となり、死が訪れる。そこで、その悩みから解脱するために、祇園精舎、仏寺を作り、霊山浄土を唱え、専心に仏教三昧の生活を送りたいという。役人生活をやめた現在、仏教専一にすることができるようになった。
謝霊運の温州永嘉での毎日は、自分の身が次第に塵となっていくような無力感でどうしようもなかったのであろう。こうして、故郷に帰り、石壁精舎を建立しやっと精神的に落ち着いたのである。この差霊運の心境をよく陶淵明と比較されるがかなり違っている。