田南樹園激流植援 謝霊運(康楽) 詩<43#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩429 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1104


田南樹園激流植援 #1
樵隱俱在山,由來事不同。
不同非一事,養痾亦園中。
中園屏氛雜,清曠招遠風。
蔔室倚北阜,啟扉面南江。
激澗代汲井,插槿當列墉。
#2
羣木既羅戶,眾山亦對牕。
園中に群がる木々がすでに戸口に連なり並んでいる、多くの山々もまた高窓からまともに見える。
靡迤趨下田,迢遞瞰高峯。
うねうねと続いた低い田を歩いたり、遠く聾えた高い峯をながめたりする。
寡欲不期勞,即事罕人功。
欲が少ないことは、この山居のため、日常の煩わしさで心身を疲れさそうとは思わないし、物事はあるがままに、人の力を用いることはまれであった。
唯開蔣生徑,永懷求羊蹤。
ただ漢の蔣詡のように幽居の庭に3筋の径(こみち)をつくり、松・菊・竹を植えた、また高士である求仲と羊仲が俗世をさけてその道を歩いて遊んだことを永く慕わしく思おもうのである。
賞心不可忘,妙善冀能同。
この山水の風景を賞賛する心を忘れることはできない。それにただ念仏を唱え浄土にゆくすぐれて善い真理を悟って、どうか善悪、死生を同一視できる念仏することの願う。この山水幽遠の境地にいて、浄土を求めたいと思うのである。


(田の南園に樹え流れに激ぎ援を植う)
樵【しょう】と隠【いん】とは俱【とも】に山に在れども、由来 車は同じからず。
同じからざるは一事に非ず、痾【やまい】を養うも亦た園中にあり。
園中 氛【よごれ】と 雑 を屏【しりぞ】け、清曠【せいこう】して遠風【えんぷう】を招く。
室を卜【ぼく】いて北皐【ほくふ】に倚り、扉を啓【ひら】いて南の江に画す。
澗【かん】を激【そそ】いで井に汲むに代え、槿【きん】を插して糖【かき】を列【ならび】に当つ。
#2
群木は既に戸に羅なり、衆山も亦た窗に対す。
靡迤【びい】りて下の田に趨き、迢遞なる高峰を瞰【み】る。
寡欲【かよく】労にしてを期せず、事に即して人の功を竿なくす。
唯だ蒋生【しょうせい】の蓮を開き、永く求羊【きゅうよう】の踪【あと】をを懐う。
覚心 忘る可からず、妙善【みょうぜん】をば能く同じくせんことを冀【ねが】う。


現代語訳と訳註
(本文)
田南樹園激流植援 #2
羣木既羅戶,眾山亦對牕。
靡迤趨下田,迢遞瞰高峯。
寡欲不期勞,即事罕人功。
唯開蔣生徑,永懷求羊蹤。
賞心不可忘,妙善冀能同。


(下し文) #2
群木は既に戸に羅なり、衆山も亦た窗に対す。
靡迤【びい】りて下の田に趨き、迢遞なる高峰を瞰【み】る。
寡欲【かよく】労にしてを期せず、事に即して人の功を竿なくす。
唯だ蒋生【しょうせい】の蓮を開き、永く求羊【きゅうよう】の踪【あと】をを懐う。
覚心 忘る可からず、妙善【みょうぜん】をば能く同じくせんことを冀【ねが】う。


(現代語訳)
園中に群がる木々がすでに戸口に連なり並んでいる、多くの山々もまた高窓からまともに見える。
うねうねと続いた低い田を歩いたり、遠く聾えた高い峯をながめたりする。
欲が少ないことは、この山居のため、日常の煩わしさで心身を疲れさそうとは思わないし、物事はあるがままに、人の力を用いることはまれであった。
ただ漢の蔣詡のように幽居の庭に3筋の径(こみち)をつくり、松・菊・竹を植えた、また高士である求仲と羊仲が俗世をさけてその道を歩いて遊んだことを永く慕わしく思おもうのである。
この山水の風景を賞賛する心を忘れることはできない。それにただ念仏を唱え浄土にゆくすぐれて善い真理を悟って、どうか善悪、死生を同一視できる念仏することの願う。この山水幽遠の境地にいて、浄土を求めたいと思うのである。


(訳注) #2
羣木既羅戶,眾山亦對牕。
園中に群がる木々がすでに戸口に連なり並んでいる、多くの山々もまた高窓からまともに見える。
 高まど、 てんまど、 けむだし。


靡迤趨下田,迢遞瞰高峯。
うねうねと続いた低い田を歩いたり、遠く聾えた高い峯をながめたりする。
靡迤 うねうねと連らなるさま。○迢遞 遠く聳えたさま。○ 見下ろす。眺める。


寡欲不期勞,即事罕人功。
欲が少ないことは、この山居のため、日常の煩わしさで心身を疲れさそうとは思わないし、物事はあるがままに、人の力を用いることはまれであった。
寡欲 物欲が少ない。○不期労 山居のために必ずしも心身を疲らそうと思わない。○即事 物事についてそのままで。○罕人功 人手を煩わすことがまれである。


唯開蔣生徑,永懷求羊蹤。
ただ漢の蔣詡のように幽居の庭に3筋の径(こみち)をつくり、松・菊・竹を植えた、また高士である求仲と羊仲が俗世をさけてその道を歩いて遊んだことを永く慕わしく思おもうのである。
○蔣生徑 漢代の蒋詡(しょうく)が、幽居の庭に3筋の径(こみち)をつくり、松・菊・竹を植えた故事から庭につけた3本のこみちのことをいう。○求羊蹤 羊仲・求仲の歩いた足あと。彼等の行為。
二仲; 開徑; 羊仲; 羊求; 求仲; 求羊; 三三徑; 三徑詡; 開三徑; 開竹徑; 求羊徑; 求羊蹤; 徑三三; 蔣生徑; 蔣詡徑; 徑開高士; 避地蔣生; 蔣生難再逢; 開徑;. 3. 三徑 • 二仲; 開徑; 羊仲; 羊求; 求仲; 求羊; 三三徑; 三徑詡; 開三徑; 開竹徑; 求羊徑;


賞心不可忘,妙善冀能同。
この山水の風景を賞賛する心を忘れることはできない。それにただ念仏を唱え浄土にゆくすぐれて善い真理を悟って、どうか善悪、死生を同一視できる念仏することの願う。この山水幽遠の境地にいて、浄土を求めたいと思うのである。
賞心 山水の風景を賞賛する心。○妙善 浄土宗の真理をいう。○冀能同 念仏を唱えることで、前任悪人の別なく浄土にゆける。


と歌う。始寧に帰った霊運は本宅以外に別荘をも作り、悠々と自適の生活にはいった。その別荘は、室を卜いて北の卓に借り、扉を啓けば南は江に面しその景が眺められ、そして潮水を敵いで升に汲むに代え、程を挿えて垣根の代わりにした、と描写し、そこからの眺めを、「群がれる木は既に戸に羅なり 衆くの山も亦た牌に対す 靡逼りて下の田に潜り 邁遽なる高峰を放る」と述べる。特に、欲寡なければ労を期せず、事に即して人の功苧なり、唯だ漠の蒋生の故事によって逆を開いた。と詠ずるのは、陶淵明の「帰去来辞」の「僮僕歡迎、稚子候門。三逕就荒、松菊猶存。」(僮僕は歡び迎へ、稚子 門に候(ま)つ。三径は荒に就(つ)き、松菊は猶お存せり)の内容と同じ考えをもっていたことを示す。貧しさをいとわず、役人生活を捨てた淵明。親戚・友人の切なる忠告を退けてやめた謝霊運がに求めたのは仏教的な心の自由であった。南亡く朝という特異な時代、二君に交えずの時代であっても、君主の禅譲ということからの嫌気は自然の美へあこがれ、自由な生活へのあこがれ、それは中国知識人の夢であり望みであったのだ。


#2
羣木既羅戶,眾山亦對牕。
靡迤趨下田,迢遞瞰高峯。
寡欲不期勞,即事罕人功。
唯開蔣生徑,永懷求羊蹤。
賞心不可忘,妙善冀能同。

群木は既に戸に羅なり、衆山も亦た窗に対す。
靡迤【びい】りて下の田に趨き、迢遞なる高峰を瞰【み】る。
寡欲【かよく】労にしてを期せず、事に即して人の功を竿なくす。
唯だ蒋生【しょうせい】の蓮を開き、永く求羊【きゅうよう】の踪【あと】をを懐う。
覚心 忘る可からず、妙善【みょうぜん】をば能く同じくせんことを冀【ねが】う。