西陵遇風獻康楽 その1 謝惠運 詩<46>Ⅱ李白に影響を与えた詩433 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1116



 謝靈運

 謝惠連

酬従弟謝惠連 五首

西陵遇風獻康楽 五首

従弟の恵連に酬ゆ 五首

西陵にて風に遇い康楽に獻ず五首

(その1

(その1

寢瘵謝人徒,滅跡入雲峯。

我行指孟春、春仲尚未發。

岩壑寓耳目,歡愛隔音容。

趣途遠有期、念離情無歇。

賞心望,長懷莫與同。

成装候良辰、漾舟陶嘉月。

末路令弟,開顏披心胸

瞻塗意少悰、還顧情多闕。

(その2

(その2)

心胸既雲披,意得鹹在斯。

哲兄感仳別、相送越垌

淩澗尋我室,散帙問所知。

飲餞野亭館、分袂澄湖

夕慮曉月流,朝忌曛日馳。

悽悽留子言、眷眷浮客

悟對無厭歇,聚散成分離

迴塘隠艫栧、遠望絶形

(その3

(その3

分離別西,回景歸東

靡靡即長路,戚戚抱遙

別時悲已甚,別後情更

悲遙但自弭,路長當語

傾想遲嘉音,果枉濟江

行行道轉遠,去去情彌

辛勤風波事,款曲洲渚

昨發浦陽汭,今宿浙江

(その4

(その4)

洲渚既淹,風波子行

屯雲蔽曾嶺、驚風湧飛

務協華京想,詎存空穀

零雨潤墳澤、落雪灑林

猶復恵来章,祇足攬余

浮氛晦崖巘、積素成原

儻若果歸言,共陶暮春

曲汜薄停旅、通川絶行

(その5

(その5)

暮春雖未交,仲春善遊

臨津不得済、佇楫阻風波。

山桃發紅萼,野蕨漸紫

蕭條洲渚際、気色少諧和。

鳴嚶已悅豫,幽居猶郁

西瞻興遊歎、東睇起悽歌。

夢寐佇歸舟,釋我吝與

積憤成疢痗、無萱將如何。



西陵遇風獻康楽 謝惠連
謝恵連(394~433)   会稽の太守であった謝方明の子。陳郡陽夏の人。謝霊運の従弟にあたる。大謝:霊運に対して小謝と呼ばれ、後に謝朓を加えて“三謝”とも称された。元嘉七年(430)、彭城王・劉義慶のもとで法曹行参軍をつとめた。詩賦にたくみで、謝霊運に対して小謝と称された。『秋懐』『擣衣』は『詩品』でも絶賛され、また楽府体詩にも優れた。『詩品』中。謝恵連・何長瑜・荀雍・羊濬之らいわゆる四友とともに詩賦や文章の創作鑑賞を楽しんだ。四友の一人。


西陵遇風獻康楽(その1)
都建康の西陵で病気になったので康楽兄上に近況をお知らせする詩。
我行指孟春、春仲尚未發。
私の旅は春のはじめのつもりであったのに、仲春二月になってもやはりまだ出発しないでいる。
趣途遠有期、念離情無歇。
旅の途に向かうことは遠く以前に心に決めていたが、別れを思えばさびしい気持ちが尽きない。
成装候良辰、漾舟陶嘉月。
旅装も出来上がって門出の良い日を待ちながら、船を浮かべて春の好ましい月を楽しむのである。
瞻塗意少悰、還顧情多闕。
そうはいっても、行く手の途をながめてみると心に楽しみが少なく、あと振り返ってみるなら、ここに留まるには、気持の上で満足することはないことの方が多いのを覚えるのである。


西陵にて風に遇い康楽に獻ず(その1)
我が行 孟春【もうしゅん】を指すに、春仲【はるなかば】なるも尚 未だ發せず。
途に趣くこと遠く期有り、離【わかれ】を念うて情 歇【や】む無し。
装【よそおい】成して良辰【りょうしん】を候【ま】ち、舟を漾【うかべ】て嘉月を陶【たの】しむ。
塗【みち】を瞻て意に悰【たのしみ】少し、還顧【かんこ】すれば情に闕【か】くること多し。


現代語訳と訳註
(本文)

西陵遇風獻康楽(その1)
我行指孟春、春仲尚未發。
趣途遠有期、念離情無歇。
成装候良辰、漾舟陶嘉月。
瞻塗意少悰、還顧情多闕。

(下し文)
西陵にて風に遇い康楽に獻ず(その1)
我が行 孟春【もうしゅん】を指すに、春仲【はるなかば】なるも尚 未だ發せず。
途に趣くこと遠く期有り、離【わかれ】を念うて情 歇【や】む無し。
装【よそおい】成して良辰【りょうしん】を候【ま】ち、舟を漾【うかべ】て嘉月を陶【たの】しむ。
塗【みち】を瞻て意に悰【たのしみ】少し、還顧【かんこ】すれば情に闕【か】くること多し。


(現代語訳)
都建康の西陵で病気になったので康楽兄上に近況をお知らせする詩。
私の旅は春のはじめのつもりであったのに、仲春二月になってもやはりまだ出発しないでいる。
旅の途に向かうことは遠く以前に心に決めていたが、別れを思えばさびしい気持ちが尽きない。
旅装も出来上がって門出の良い日を待ちながら、船を浮かべて春の好ましい月を楽しむのである。
そうはいっても、行く手の途をながめてみると心に楽しみが少なく、あと振り返ってみるなら、ここに留まるには、気持の上で満足することはないことの方が多いのを覚えるのである。


(訳注)
西陵遇風獻康楽

都建康の西陵で病気になったので康楽兄上に近況をお知らせする詩。
西綾 西陵は都建康の西とされる。・遇風 風流な景色に出遭ったという意味であるが、ここでは風邪か、痛風か、肝臓の病気になったと思われる。台風などに出遭う場合にも使う。・献康楽 康楽侯謝靈運は従兄であったから尊んで獻ずという。この詩は文選に一首とあり、五節一連の詩であるが、節ごとに韻を換えている。


我行指孟春、春仲尚未發。
私の旅は春のはじめのつもりであったのに、仲春二月になってもやはりまだ出発しないでいる。
孟春 初春。・春仲 二月 


趣途遠有期、念離情無歇。
旅の途に向かうことは遠く以前に心に決めていたが、別れを思えばさびしい気持ちが尽きない。
趣途 途に向かう。・遠有期 すでに遙か前に心に期をきめていた。


成装候良辰、漾舟陶嘉月。
旅装も出来上がって門出の良い日を待ちながら、船を浮かべて春の好ましい月を楽しむのである。
良辰 良い時。「安静風無き時なり」・漾 うかべる。・陶嘉月 楚辞九懐篇「嘉月を陶滲みて駕を総ぶ」謝靈運『酬従弟謝蕙連 五首その4』「儻若果歸言,共陶暮春時。」


瞻塗意少悰、還顧情多闕。
そうはいっても、行く手の途をながめてみると心に楽しみが少なく、あと振り返ってみるなら、ここに留まるには、気持の上で満足することはないことの方が多いのを覚えるのである。
 たのしみ。・多闕 意に満たないことが多い。




(謝霊運のその1)
酬従弟謝惠連 五首
(その1)
寢瘵謝人徒,滅跡入雲峯。
岩壑寓耳目,歡愛隔音容。
永絕賞心望,長懷莫與同。
末路值令弟,開顏披心胸。
病の床について人と会うのを謝絶した、それから後名跡を訪れることはなく雲に隠れる峯に隠棲した。
ひととの交じりを断って岩の谷間の水音に耳や目を寄せた。愛しい人とも声を聞くことも隔たったのである。
その隠棲生活は長く続いた、景観を賞賛する心でここで臨んだのだ。そして長期間にわたって同じ気持ちで過ごすことはなかった。
晩年になって、弟の君と逢うことが出来た。そして顔を開いたし、心を打ち解け、胸襟を開いたのだ。

(従弟謝惠運に酬ゆ五首)
(その1)
瘵【やまい】に寢【い】ね 人徒【じんと】を謝し,滅跡【めつせき】して雲峯【うんほう】に入れり。
岩壑【がんがく】耳目【じもく】を寓【よ】せ,歡愛【かんあい】音容【おんよう】を隔てり。
永絕【えいぜつ】して賞心【しょうしん】を望み,長懷【ちょうかい】して 與に同じくするを莫きを。
末路【ばんねん】令弟【おとうと】に值【あ】い,開顏【かいがん】心胸【しんきょう】を披【ひら】けり。