西陵遇風獻康楽 その3 謝惠運 謝霊運(康楽) 詩<50>Ⅱ李白に影響を与えた詩437 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1128



(3)
靡靡即長路,戚戚抱遙悲。
離れがたい気持ちは足どりを遅くしつつ、遠い旅路についている、憂いもち傷む心ではてしなぎ別れの悲しみを抱いて行くのである。
悲遙但自弭,路長當語誰。
はてしなぎ別れの悲しみは、しかしそれでもやはり自ずから止むのであろうが、長い道中に誰と語ってよいやらどうすべきであろうか。賢兄と別れては語るべき友もないのがいよいよ遠くさびしいのだ。
行行道轉遠,去去情彌遲。
行けども行けども道はいよいよ遠く、離れ去れば雛れるほど賢兄を思う憐はますます残って絶つことができない。
昨發浦陽汭,今宿浙江湄。

それにしても昨日は浦陽江の北の岸を発って、今日は浙江のほとりに宿ったのである。

靡靡【びび】として長路に即【つ】き、戚戚【せきせき】として遙なる悲みを抱く。
悲 遙なるは 但 自ら弭【や】む。路の長ぎに當【まさ】に誰とか語るべき。
行き行ぎて道 轉【うたた】遠く、去り去りて 情 彌【いよい】よ遅し。
昨【きのう】は浦陽【ほよう】の汭【ほとり】を發し、今【きょう】は浙江の湄【みぎわ】に宿る。


現代語訳と訳註
(本文)
(3)
靡靡即長路,戚戚抱遙悲。
悲遙但自弭,路長當語誰。
行行道轉遠,去去情彌遲。
昨發浦陽汭,今宿浙江湄。


(下し文)
靡靡【びび】として長路に即【つ】き、戚戚【せきせき】として遙なる悲みを抱く。
悲 遙なるは 但 自ら弭【や】む。路の長ぎに當【まさ】に誰とか語るべき。
行き行ぎて道 轉【うたた】遠く、去り去りて 情 彌【いよい】よ遅し。
昨【きのう】は浦陽【ほよう】の汭【ほとり】を發し、今【きょう】は浙江の湄【みぎわ】に宿る。


(現代語訳)
離れがたい気持ちは足どりを遅くしつつ、遠い旅路についている、憂いもち傷む心ではてしなぎ別れの悲しみを抱いて行くのである。
はてしなぎ別れの悲しみは、しかしそれでもやはり自ずから止むのであろうが、長い道中に誰と語ってよいやらどうすべきであろうか。賢兄と別れては語るべき友もないのがいよいよ遠くさびしいのだ。
行けども行けども道はいよいよ遠く、離れ去れば雛れるほど賢兄を思う憐はますます残って絶つことができない。

それにしても昨日は浦陽江の北の岸を発って、今日は浙江のほとりに宿ったのである。

(訳注) (3)
靡靡即長路,戚戚抱遙悲。

離れがたい気持ちは足どりを遅くしつつ、遠い旅路についている、憂いもち傷む心ではてしなぎ別れの悲しみを抱いて行くのである。
靡靡 足の進みのおそい形容。 ・遙悲 久しくはるかな悲哀。 ・戚戚 憂い悲しむさま。また、憂い恐れるさま。

悲遙但自弭,路長當語誰。
はてしなぎ別れの悲しみは、しかしそれでもやはり自ずから止むのであろうが、長い道中に誰と語ってよいやらどうすべきであろうか。賢兄と別れては語るべき友もないのがいよいよ遠くさびしいのだ。
 止む。・当語誰 思い切れない。

行行道轉遠,去去情彌遲。
行けども行けども道はいよいよ遠く、離れ去れば雛れるほど賢兄を思う憐はますます残って絶つことができない。
転遠 いよいよ遠い。 ・情弥遅 君を恋うる竹はますますぐずぐずとして、

昨發浦陽汭,今宿浙江湄。
それにしても昨日は浦陽江の北の岸を発って、今日は浙江のほとりに宿ったのである。
浦陽汭 消浦陽は浙江省にある江の名。は支流の注ぐ所。また水の北をいう。 ・浙江 曲折が多いので浙江という。また江ともいう。下流は銭塘江。 ・ ほとり。岸。