石室山詩 謝霊運(康楽) 詩<55-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1143


当時の役人にとって詩文能力というのは、名声を博すための絶対条件であった。また、同時に腕力についても一定程度は最低限の素養としても不可欠であった。謝霊運は、その両方を兼ね備え、その上当時もっとも重要であった出自家柄も申し分なかった。ただ、支配者層から見れば、浄土教に傾倒しており、言いなりにならなかったことが彼の人生を安定したものにしなかった要因であろうと思う。『宋書』『南書』などの記述は、支配者側を正当化するためのものでしかないので、謝霊運の側から見れば真反対であるということになる。謝霊運の詩80篇を見る限り精神構造がおかしいと思われるものは全くない。


石室山詩
石室のある山での詩
清旦索幽異。放舟越坰郊。
すがすがしい 朝に、静かな此の別荘を目指してやって來る、それから小舟をきしから解き放って郊外の離れたところを超えてゆく。
苺苺蘭渚急。藐藐苔嶺高。
野イチゴがたくさん実っている、蘭が咲き誇る渚は急流である。はるか遠くまで映しい苔が生え高い峰の上まで続いている。
石室冠林陬。飛泉發山椒。
山懐に巌の空洞になっている、石橋か、冠のように変わった場所がある、泉から湧き出す水が滝となって飛び散り山の頂から噴出している。
虛泛徑千載。崢嶸非一朝。
小舟をむなしく浮かべている千年も前からの道としている、この石室山は高く聳えているのはこの朝だけではない。

#2
鄉村絕聞見。樵蘇限風霄。微戎無遠覽。總笄羨升喬。
靈域久韜隱。如與心賞交。合歡不容言。摘芳弄寒條。


清旦【せいたん】に 幽異【ゆうい】を索【もと】めんとし、舟を放ちて坰郊【けいこう】を越す。
苺苺【ぼうぼう】として蘭のある渚は急にし、藐藐【ぼうぼう】しき苔のある嶺は高し。
石室は林陬【りんしゅ】に冠たり、飛泉【ひせん】は山椒【さんしゅく】に發す。
虛しく泛かび千載に徑る、崢嶸【そうこう】は一朝に非ず。
#2
鄉村【ごうそん】 聞見【ぶんけん】を絕ち、樵【きこり】と蘇【くさかり】は風霄【ふうせい】に限【はば】まる。
微戎【びじゅう】のため遠覽【えんらん】する無し、總笄【そうべん】より升 喬を羨みしも。
靈域【れいいき】久しく韜隱【とういん】し、如し與に心賞【しんしょう】の交わりせば。
合歡【ごうかん】言を容【い】れず、芳を摘み寒條【かんじょう】を弄【もてあそ】ぶ。


現代語訳と訳註
(本文)

清旦索幽異。放舟越坰郊。苺苺蘭渚急。藐藐苔嶺高。
石室冠林陬。飛泉發山椒。虛泛徑千載。崢嶸非一朝。


(下し文)
清旦【せいたん】に 幽異【ゆうい】を索【もと】めんとし、舟を放ちて坰郊【けいこう】を越す。
苺苺【ぼうぼう】として蘭のある渚は急にし、藐藐【ぼうぼう】しき苔のある嶺は高し。
石室は林陬【りんしゅ】に冠たり、飛泉【ひせん】は山椒【さんしゅく】に發す。
虛しく泛かび千載に徑る、崢嶸【そうこう】は一朝に非ず。


(現代語訳)
石室のある山での詩
すがすがしい 朝に、静かな此の別荘を目指してやって來る、それから小舟をきしから解き放って郊外の離れたところを超えてゆく。
野イチゴがたくさん実っている、蘭が咲き誇る渚は急流である。はるか遠くまで映しい苔が生え高い峰の上まで続いている。
山懐に巌の空洞になっている、石橋か、冠のように変わった場所がある、泉から湧き出す水が滝となって飛び散り山の頂から噴出している。
小舟をむなしく浮かべている千年も前からの道としている、この石室山は高く聳えているのはこの朝だけではない。


(訳注)
石室山詩

石室のある山での詩
石室山  爛柯(らんか)山、現衢州(くしゅう)市の東南13キロ。もと石室山・石橋山ともいう。いずれも山に石室・石橋があるための命名である。爛柯山の名は後述の爛柯の故事が流布した唐代に始まり、それ以後、山の通称となる。道教の方では七十二福地の一(唐末・杜光庭「洞天福地記」)であり、北宋・張君房『雲笈七籤(うんきゅうしちせん)』巻27には七十二福地第三十に爛柯山をあげる。主峰の海抜は約180メートル。東西2キロ、南北1・9キロ。仙霞嶺の余脈である。 従来、永嘉郡(浙江省温州市永嘉県)の楠渓のほとりの山を指しているという注釈があるが、浙江省の名勝地をくまなく歩いている謝霊運は蘭渓や金華の銭塘江の上流で訪れているのである。参考として盛唐 孟浩然『尋天台山』「吾友太乙子,餐霞臥赤城。欲尋華頂去,不憚惡溪名。歇馬憑雲宿,揚帆截海行。高高翠微裏,遙見石樑橫。」『舟中曉望』「掛席東南望,青山水國遙。舳艫爭利涉,來往接風潮。問我今何去,天臺訪石橋。坐看霞色曉,疑是赤城標。」『越中逢天臺太乙子』「仙穴逢羽人,停艫向前拜。問余涉風水,何處遠行邁。登陸尋天臺,順流下吳會。茲山夙所尚,安得問靈怪。上逼青天高,俯臨滄海大。雞鳴見日出,常覿仙人旆。往來赤城中,逍遙白雲外。莓苔異人間,瀑布當空界。福庭長自然,華頂舊稱最。永此從之游,何當濟所屆。」

唐代、爛柯山の詩跡化は急速に進んだ。中唐の孟郊「爛柯石」詩には、
仙界一日内,人間千載窮。
雙棋未遍局,萬物皆爲空。
樵客返歸路,斧柯爛從風。
唯馀石橋在,猶自凌丹虹。
仙界 一日の内、人間(じんかん)(人の世) 千歳窮(つ)く。
双棋未だ局を徧(あまね)くせざるに、万物 皆な空と為る。
樵客(しょうかく)返帰の路、斧の柯(え) 爛(くさ)りて風に従う。
唯だ余(あま)す 石橋在りて、猶自(なお) 丹虹凌(しの)ぐを。

(紅い虹が天空高くかかるよう)と歌われる。
石室00


清旦索幽異。放舟越坰郊。
すがすがしい 朝に、静かな此の別荘を目指してやって來る、それから小舟をきしから解き放って郊外の離れたところを超えてゆく。
清旦 すがすがしい 朝。  ・坰郊 都から遠く離れた地。国境に近接する地区。


苺苺蘭渚急。藐藐苔嶺高。
野イチゴがたくさん実っている、蘭が咲き誇る渚は急流である。はるか遠くまで映しい苔が生え高い峰の上まで続いている。
苺苺 野イチゴがたくさん実っているさま。・藐藐 ①美しいさま。②人の教えが耳に入らない。③はるかとおい、高く遠いさま。④盛んなさま。多いさま。


石室冠林陬。飛泉發山椒。
山懐に巌の空洞になっている、石橋か、冠のように変わった場所がある、泉から湧き出す水が滝となって飛び散り山の頂から噴出している。
石室 巌により空洞で石橋のようになっている。【写真参考】 ・ 石室がアーチを描いて冠状になっている。・林陬 やまのふもと。林の中の村里。林があり坂道の過度のあたり。・山椒 山のいただき。

ishibashi00
虛泛徑千載。崢嶸非一朝。
小舟をむなしく浮かべている千年も前からの道としている、この石室山は高く聳えているのはこの朝だけではない。
崢嶸 たかくそびえるさま。