初発石首城 謝霊運(康楽) 詩<56-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩445 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1152


初發石首城
白珪尚可磨,斯言易為緇。
天子に賜る白い玉は磨けば磨け砕け良いことになるが、言葉は讒言など黒く汚れたものでも容易にもちいられている。
雖抱中孚爻,猶勞貝錦詩。
誠、真心というものを易の卦のようにして大事にしているのであるが、それでもなおいろんな讒言によって苦労をしているのだ。
寸心若不亮,微命察如絲。
自分のほんの少しの気持ちが、もし人に明るくはっきりしていることができないのであれば、私の徴命は察するに糸のように危ういことである。
日月垂光景,成貸遂兼茲。」

太陽や月のように我々に暖かい慈愛を施してくれる文帝は私に光景を垂れてくだされた、誰もがするように賄賂を贈ることをしてでも臨川の内守を何とか勤め上げることにしよう。
#2
出宿薄京畿,晨裝摶魯颸。
私は宿を出て金陵の都、京幾に滞留したのである、午前中に旅の装いをして旅途中の涼風をとらえたのである。
重經平生別,再與朋知辭。
重ねて常日頃の別をした後で、再び朋友に別れの辞を与えることができる。
故山日已遠,風波豈還時。
故郷の山野は日ごとに既に遠くなっているし、大風か大波がおこってくれればこれで、かえり時になるのであろう。
苕苕萬里帆,茫茫終何之?」
苕苕として万里に向かう帆を高く掲げ、茫茫としてはっきりしないのについにどこに行けばよいのだろう。
#3
游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。
欽聖若旦暮,懷賢亦淒其。皎皎明發心,不為歲寒欺。」


(初めて石首城を発す)
白き珪【けい】は尚 磨く可きも,斯の言は緇【くろ】と為し易し。
中孚【ちゅうふ】の爻【こう】を抱くと雖ども,猶 貝錦【ばいきん】詩に勞するごとし。
寸心【すんしん】の若し不亮【あき】らかならずんば,微命は察するに絲の如く。
日月 光景を垂れ,貸を成して遂に茲【これ】を兼ねしむ。」
#2
出宿をて京畿【けいき】に薄【いた】り,晨に裝いて魯颸【ろし】摶つ。
重ねて平生の別を經て,再び朋知に辭を與【あた】う。
故山【こざん】日に已に遠く,風波もて豈 還る時あらんや。
苕苕【ちょうちょう】萬里の帆,茫茫【ぼうぼう】終【つい】に何れに之かん?」
#3
游びには當に羅浮【らふ】に行くべし,息うは必ず廬 霍に期す。
海を越えて三山を淩ぎ,湘に遊びて九嶷【きゅうぎ】を曆ん。
欽聖【きんせい】旦暮【たんぼ】の若く,懷賢【かいけん】亦た 淒其【せいき】たり。
皎皎【きょうきょう】明發を心し,歲寒に欺【あざむ】かるるを為さず。」


現代語訳と訳註
(本文)

出宿薄京畿,晨裝摶魯颸。重經平生別,再與朋知辭。
故山日已遠,風波豈還時。苕苕萬里帆,茫茫終何之?」


(下し文)#2
出宿をて京畿【けいき】に薄【いた】り,晨に裝いて魯颸【ろし】摶つ。
重ねて平生の別を經て,再び朋知に辭を與【あた】う。
故山【こざん】日に已に遠く,風波もて豈 還る時あらんや。
苕苕【ちょうちょう】萬里の帆,茫茫【ぼうぼう】終【つい】に何れに之かん?」


(現代語訳)
私は宿を出て金陵の都、京幾に滞留したのである、午前中に旅の装いをして旅途中の涼風をとらえたのである。
重ねて常日頃の別をした後で、再び朋友に別れの辞を与えることができる。
故郷の山野は日ごとに既に遠くなっているし、大風か大波がおこってくれればこれで、かえり時になるのであろう。
苕苕として万里に向かう帆を高く掲げ、茫茫としてはっきりしないのについにどこに行けばよいのだろう。


(訳注) #2
出宿薄京畿,晨裝摶魯颸。
私は宿を出て金陵の都、京幾に滞留したのである、午前中に旅の装いをして旅途中の涼風をとらえたのである。
京畿(けいき)は、漢字文化圏で京師(みやこ)および京師周辺の地域のこと。・魯颸 旅途中の涼風。


重經平生別,再與朋知辭。
重ねて常日頃の別をした後で、再び朋友に別れの辞を与えることができる。
平生 ふだん。いつも。つね日ごろ。副詞的にも用いる。・朋知 朋友の。


故山日已遠,風波豈還時。
故郷の山野は日ごとに既に遠くなっているし、大風か大波がおこってくれればこれで、かえり時になるのであろう。


苕苕萬里帆,茫茫終何之?」
苕苕として万里に向かう帆を高く掲げ、茫茫としてはっきりしないのについにどこに行けばよいのだろう。
苕苕 高いさま。超然。・茫茫 ひろびろと広大なさま