長歌行 謝霊運(康楽) 詩<69-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩492 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1293


長歌行  謝靈運
倐爍夕星流,昱奕朝露團。
星が突然明るく照り輝いて夕方の空に流れて行く、夜が明け、あかるくかがやき始め朝露が丸くなりひかる。
粲粲烏有停,泫泫豈暫安。
鳥が翅をひろげると太陽に映えて鮮やかに輝き庭園に留まっている、枝にとまった取りの動きで朝露の玉はしとしと落ちてい駆動してもうしばらく葉の上に置いたままにしておいてやらないのか。
徂齡速飛電,頹節騖驚湍。
それはこの年が去り、歳を重ねることも空を走る稲光よりも早い。秋の季節の最盛期の木々の葉が色ずきそして落葉するのは早瀬の流れより早くて驚かされる。
覽物起悲緒,顧已識憂端。
万物の衰えていくのを見ることはその衰えていく悲しみの根源がなんであるかを見ることである。自分を顧みると憂いの根源は認識しているので会う。
朽貌改鮮色,悴容變柔顏。

朽ち果てていくその姿容貌が鮮やかな色に生き生きとすることが出来る。やつれてしまった顔が若さあふれる顔に変わる

倐爍【しゅくしゃく】 夕の星は流れ、昱奕【いくえき】に朝の露は団【あつ】まる
粲粲【さんさん】として鳥 停まる有り、泫泫【けんげん】と豈に暫く安んぜんや。
徂【さ】る齢は飛電よりも速く、頹【おとろ】えたる節は驚湍【きょうたん】よりも騖【はせ】る。
物を覧て悲しみの緒を起こし、己れを顧みて憂いの端を識る。
朽ちる貌は鮮色を改め、悴【やつ】れたる容 柔顔を変う。

#2
變改茍催促,容色烏盤桓。
変化と改修というものはどういうわけか催促されるものであるが、顔色の変化についてはどうしてぐずぐずするというのであろうか。
亹亹衰期迫,靡靡壯志闌。
まじめで勤勉であっても衰退期は逼って來るし、ゆっくりのんびりと進んでいるようであっても勇壮な気持ちをみなぎらせいることもある。
既慙臧孫慨,復愧楊子歎。
既にある臧武仲が孟孫の讒言によって慚を受けたことと同じ仕打ちを受けた詩、また、揚子が悩み嘆いた多岐亡羊の故事のように私も悩んだ。
寸陰果有逝,尺素竟無觀。
わずかの時間が果たしてすぎゆくだけであり、一尺の絹地に書く手紙はついに見ることはない。
幸賖道念戚,且取長歌歡。
願うことならば浄土にゆく道をひたすらおもいうれうのであるが、それでしばらくはこの長歌を吟じて喜ぶということにしたいものだ。

変改 苛しくも催促せば、容色も烏【いず】くんぞ盤桓【はんこう】せん。
亹亹【びび】として衰期迫り、靡靡【びび】として壮志闌【たけなわ】なり。
既に臧孫【ぞうそん】の慨【なげ】きに慙【は】じ、復た楊子の歎きに愧ず。
寸陰 果たして逝く有り、尺素も竟に観る無し。
幸わくは道を念う戚【うれ】いを賖【か】して、且【しばら】く長歌の歡びを取らん。


現代語訳と訳註
(本文)
#2
變改茍催促,容色烏盤桓。
亹亹衰期迫,靡靡壯志闌。
既慙臧孫慨,復愧楊子歎。
寸陰果有逝,尺素竟無觀。
幸賖道念戚,且取長歌歡。


(下し文)
変改 苛しくも催促せば、容色も烏【いず】くんぞ盤桓【はんこう】せん。
亹亹【びび】として衰期迫り、靡靡【びび】として壮志闌【たけなわ】なり。
既に臧孫【ぞうそん】の慨【なげ】きに慙【は】じ、復た楊子の歎きに愧ず。
寸陰 果たして逝く有り、尺素【せきそ】も竟に観る無し。
幸わくは道を念う戚【うれ】いを賖【か】して、且【しばら】く長歌の歡びを取らん。


(現代語訳)
変化と改修というものはどういうわけか催促されるものであるが、顔色の変化についてはどうしてぐずぐずするというのであろうか。
まじめで勤勉であっても衰退期は逼って來るし、ゆっくりのんびりと進んでいるようであっても勇壮な気持ちをみなぎらせいることもある。
既にある臧武仲が孟孫の讒言によって慚を受けたことと同じ仕打ちを受けた詩、また、揚子が悩み嘆いた多岐亡羊の故事のように私も悩んだ。
わずかの時間が果たしてすぎゆくだけであり、一尺の絹地に書く手紙はついに見ることはない。
願うことならば浄土にゆく道をひたすらおもいうれうのであるが、それでしばらくはこの長歌を吟じて喜ぶということにしたいものだ。


(訳注) #2
變改茍催促,容色烏盤桓。

変化と改修というものはどういうわけか催促されるものであるが、顔色の変化についてはどうしてぐずぐずするというのであろうか。


亹亹衰期迫,靡靡壯志闌。
まじめで勤勉であっても衰退期は逼って來るし、ゆっくりのんびりと進んでいるようであっても勇壮な気持ちをみなぎらせいることもある。
・亹亹 休まず努力する様子。進む様子。靡靡 靡き従う様子。ゆっくり歩く様子。靡;1 風や水の勢いに従って横にゆらめくように動く。「柳が風に―・く」2 他の意志や威力などに屈したり、引き寄せられたりして服従する。また、女性が男性に言い寄られて承知する。


既慙臧孫慨,復愧楊子歎。
既にある臧武仲が孟孫の讒言によって慚を受けたことと同じ仕打ちを受けた詩、また、揚子が悩み嘆いた多岐亡羊の故事のように私も悩んだ。
臧孫慨 臧孫は臧武仲という。孔子と同じ魯の御三家の一つである季孫氏に寵愛されていたが、孟孫氏には嫌われていた。孟孫氏は季孫氏と臧武仲の仲を裂こうと諮って、季孫氏に対して臧武仲が謀反をたくらんでいる讒言した。孟孫氏の策略で季孫氏は臧武仲を攻撃したため、臧武仲をやむを得ず魯国を去る事になった。 ・楊子歎 多岐亡羊の故事のこと。目標が羊一匹であっても、岐れ路、岐れ路と迷いこんで追求するようでは結局それを見失ってしまう。学問の道もそのようなもので、帰一する大事なポイントを見失うような追究の仕方は無意味である。


寸陰果有逝,尺素竟無觀。
わずかの時間が果たしてすぎゆくだけであり、一尺の絹地に書く手紙はついに見ることはない。
寸陰【すんいん】わずかの時間。「―を惜しむ」・尺素 1尺の絹布の意で、文字を書くのに用いたところから短い手紙。尺書。


幸賖道念戚,且取長歌歡。
願うことならば浄土にゆく道をひたすらおもいうれうのであるが、それでしばらくはこの長歌を吟じて喜ぶということにしたいものだ。
 親類。 うれえる。身近にひしひしと感ずる。思い 煩 ( わずら ) う。 【戚む】いたむ. 深く悲しむ。うれえる。 【戚える】うれえる. 心を悩ます。心を痛めて心配する。思い煩う。 【戚戚】せきせき. うれえて思い煩うようす。 【戚然】せきぜん. うれえ悲しむさま。 【哀戚】あいせき
古辞の最終句では、「少壮不努力、老大徒傷悲。」(少壮努力せずんは、老大徒らに傷悲せん。)
古辞については長歌行 謝霊運(康楽) 詩<69-#1>参照