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君子有所思行 謝霊運(康楽) 詩<75-#1>


君子有所思行
總駕越鍾陵,還願望京畿,
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
孰是金張樂,諒由燕趙詩,

一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,盛往速露墮,衰來疾風飛,
餘生不歡娛,何以竟暮歸,寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
所秉自天性,貧富豈相譏。




現代語訳と訳註
(本文)

總駕越鍾陵,還願望京畿,躑躅周名都,遊目倦忘歸,
市鄽無阨室,世族有高闈,密親麗華苑,軒甍飭通逵,
孰是金張樂,諒由燕趙詩,


(下し文)
總駕【そうが】は鍾陵【しょうりょう】を越え,還た願って京畿を望む,
躑躅【てきちょく】名都を周り,遊目し倦【う】みて歸るを忘る,
市鄽【してん】には阨き室無く,世族高き闈【くらい】に有り,密親は麗華苑【かえん】より,軒の甍【いらか】は通逵【つうき】を飭【かざ】る,
孰【いずれ】か是れ金張の樂しみ,諒【まこと】に燕や趙の詩に由らん,


(現代語訳)
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。


(訳注)
總駕越鍾陵,還願望京畿,

君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
總駕 君子の車馬。・鍾陵 現在江西省高安県・京畿 漢字文化圏で京師(みやこ)および京師周辺の地域のこと。


躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
・躑躅 中国で毒性のあるツツジを羊が誤って食べたところ、足ぶみしてもがき、うずくまってしまったと伝えられています。このようになることを躑躅(てきちょく)と言う漢字で表しています。通常はつつじのことあるが、ここでは足ぶみして行くことが出来ない様子をいう。


市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである
・鄽 みせ。・世族 代々血統が続いてきた一族。・ 宮中の小門。奥の部屋。


密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
・密親 近しい親族。・華苑 1 囲いをして、植物を植え、または、鳥獣を放し飼いにする所。その。「外苑・御苑(ぎょえん)・禁苑」2 学問・芸術の集まる所。・通逵 【つうき】往来の激しいにぎやかな通り、本道。


孰是金張樂,諒由燕趙詩,
一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。
金張 金日磾と張安世と。二人は前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者。轉じて權力ある貴族の義とす。
燕趙詩 燕詩:「燕詩示劉叟」燕に託して、親子の情をうたいあげる。心に強く訴えかけてくる詩である。劉叟の息子が老いた親を置いて家を出て行き、帰ってこなくなったことについて、詠った。或いは、劉叟に仮託して、親しい者が去っていったことをいうのか。


(君子 思う所有るの行)
總駕【そうが】は鍾陵【しょうりょう】を越え,還た願って京畿を望む,
躑躅【てきちょく】名都を周り,遊目し倦【う】みて歸るを忘る,
市鄽【してん】には阨き室無く,世族高き闈【くらい】に有り,密親は麗華苑【かえん】より,軒の甍【いらか】は通逵【つうき】を飭【かざ】る,
孰【いずれ】か是れ金張の樂しみ,諒【まこと】に燕や趙の詩に由らん,