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君子有所思行
總駕越鍾陵,還願望京畿,
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
孰是金張樂,諒由燕趙詩,

一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
盛往速露墮,衰來疾風飛,
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。
餘生不歡娛,何以竟暮歸,
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
所秉自天性,貧富豈相譏。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


現代語訳と訳註
(本文)

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,盛往速露墮,衰來疾風飛,
餘生不歡娛,何以竟暮歸,寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
所秉自天性,貧富豈相譏。


(下し文)
長夜【ちょうや】酣飲【かんいん】するを恣【ほしいまま】にし,窮年【きゅうねん】弄音徽【おんび】を【mてあそ】ぶ,
盛の往くは露の墮つるより速く,衰の來たるは風の飛ぶより疾【はや】し,
餘生 歡娛せざれば,何を以って竟に暮歸せん,
寂寥【せきりょう】たる肱を曲げる子,瓢飲【ひょういん】朝饑【ちょうき】を療せん,
秉【と】る所 天性よりし,貧富 豈に相い譏【そし】らん。


(現代語訳)
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


(訳注)
長夜恣酣飲,窮年弄音徽,
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
酣飲 行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。・窮年 人の一生涯。・【しるし】. 細い組みひものしるし。転じて、小さい物で全体を代表させたしるし。


盛往速露墮,衰來疾風飛,
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。


餘生不歡娛,何以竟暮歸,
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
暮歸 人生の最期。


寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
寂寥 【せきりょう】とは。人の気配がなく、寂しい感じがするさま。また、心が満たされず、寂しいさま。・曲肱 『論語』に記された顔回の、肱を曲げて枕の代わりとして休み、飲みものはただ瓢にある水のみという、きわめて質素な生活のなかで、人間の生きてゆく方法を追究したことを述べる。・饑【ひだる】い、空腹である。ひもじい。


所秉自天性,貧富豈相譏。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


長夜【ちょうや】酣飲【かんいん】するを恣【ほしいまま】にし,窮年【きゅうねん】弄音徽【おんび】を【mてあそ】ぶ,
盛の往くは露の墮つるより速く,衰の來たるは風の飛ぶより疾【はや】し,
餘生 歡娛せざれば,何を以って竟に暮歸せん,
寂寥【せきりょう】たる肱を曲げる子,瓢飲【ひょういん】朝饑【ちょうき】を療せん,
秉【と】る所 天性よりし,貧富 豈に相い譏【そし】らん。