古詩十九首之五 (5) 漢詩<92>Ⅱ李白に影響を与えた詩524 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1389


     
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2012年12月1日から連載開始
唐五代詞詩・宋詞詩

『菩薩蠻 一』温庭筠   花間集

 
 李商隠詩李商隠/韓愈韓退之(韓愈)・柳宗元・李煜・王安石・蘇東坡 
   2011/7/11李商隠 1 錦瑟 
      2011/7/11 ~ 2012/1/11 まで毎日掲載 全130首(187回) 
   2012/1/11 唐宋 Ⅰ李商隠187 行次西郊作一百韻  白文/現代語訳 (全文) 
     

古詩十九首 第五首
西北有高樓,上與浮雲齊。
その富貴の家には西北の場所に高楼があるものだ、上れば上は浮雲の高さと同じ位ほどのものである。
交疏結綺窗,阿閣三重階。
組み合わせのすかし彫り込みに花模様の彩絹の窓をつけた四方が解放され望み台のある三階建てである。
上有弦歌聲,音響一何悲。
その上から瑟筝を鼓ち絃歌の声が聞こえてくるが、その音のひびきのなんと悲しいことであろうか。
誰能為此曲?無乃杞梁妻!
誰がこんなに能くあの曲を作ったのであろうか、それこそはあの悲曲の主、斉の杞梁の妻、孟姜女のような人ではあるまいか。
清商隨風發,中曲正徘徊。
琴と笛の和調で澄んだ音調で秋のもの悲しい声調の曲が風にのってひびいてくるが、曲の中ほどで、正規の引きであったり、ためらいかけた音階であったりする。
一彈再三嘆,慷慨有餘哀。
ひとたび弾いては再三なげき、なげいてもなげいても悲しみのつきない様子なのである。
不惜歌者苦,但傷知音希,
歌う人はその身の苦しさを惜しみはしなが、曲の心を知ってくれる聴き手がすくないことを悲しむというものだろう。
願為雙鴻鵠,奮翅起高飛。

願うことはひとつがいの鴻鵠にでもなりたいというものだろうし、翼をふるい空高く飛びたいと思うことであろう。

現代語訳と訳註
(本文)
第五首
西北有高樓,上與浮雲齊。
交疏結綺窗,阿閣三重階。
上有弦歌聲,音響一何悲。
誰能為此曲?無乃杞梁妻!
清商隨風發,中曲正徘徊。
一彈再三嘆,慷慨有餘哀。
不惜歌者苦,但傷知音希,
願為雙鴻鵠,奮翅起高飛。


(下し文)
西北に高楼有り、上は浮雲と斉し。
交疏 綺を結ぶ窓、阿閣 三重の階。
上に弦歌の声あり、音響 一に何ぞ悲しき。
誰が能く此の局を為す、無乃杞梁の妻ならんか。
清商【せいかん】風に随って発し、中曲にいて正に徘徊す。
一たび弾じて再三歎く、慷慨して 余哀有り。
歌う者の苦しみを惜しまず、但だ知音の稀なるを傷む。
願はくは双鳴の鶴と為りて、翅を奮いて起って高飛せんことを。


(現代語訳)
その富貴の家には西北の場所に高楼があるものだ、上れば上は浮雲の高さと同じ位ほどのものである。
組み合わせのすかし彫り込みに花模様の彩絹の窓をつけた四方が解放され望み台のある三階建てである。
その上から瑟筝を鼓ち絃歌の声が聞こえてくるが、その音のひびきのなんと悲しいことであろうか。
誰がこんなに能くあの曲を作ったのであろうか、それこそはあの悲曲の主、斉の杞梁の妻、孟姜女のような人ではあるまいか。
琴と笛の和調で澄んだ音調で秋のもの悲しい声調の曲が風にのってひびいてくるが、曲の中ほどで、正規の引きであったり、ためらいかけた音階であったりする。
ひとたび弾いては再三なげき、なげいてもなげいても悲しみのつきない様子なのである。
歌う人はその身の苦しさを惜しみはしなが、曲の心を知ってくれる聴き手がすくないことを悲しむというものだろう。
願うことはひとつがいの鴻鵠にでもなりたいというものだろうし、翼をふるい空高く飛びたいと思うことであろう。


(訳注)
第五首

富貴の家に嫁いだの人(芸妓が第二夫人として)が部屋に訪れる人がなく孤独で、音楽に托して意中を表わし、知音の人を求めようとする意を述べた詩である。


西北有高樓,上與浮雲齊。
その富貴の家には西北の場所に高楼があるものだ、上れば上は浮雲の高さと同じ位ほどのものである。
西北有高樓 西に閨があり、北には妾夫のかこわれた部屋があり、高楼がある。


交疏結綺窗,阿閣三重階。
組み合わせのすかし彫り込みに花模様の彩絹の窓をつけた四方が解放され望み台のある三階建てである。
交疏結綺窗 格子窓。すかし彫りの、組み合わせに彩色の紋様を彫り込み綵絹を張った飾り窓。富貴の家の娼妾の部屋の窓。
阿閣 四方が解放されていて屋根があり,あがつまや風の高殿。


上有弦歌聲,音響一何悲。
その上から瑟筝を鼓ち絃歌の声が聞こえてくるが、その音のひびきのなんと悲しいことであろうか。


誰能為此曲?無乃杞梁妻!
誰がこんなに能くあの曲を作ったのであろうか、それこそはあの悲曲の主、斉の杞梁の妻、孟姜女のような人ではあるまいか。
杞梁妻 斉の国に杞梁殖の妻が,夫の戦死を悲しみ城下で哭いていた。7日のち城壁が崩れ為に,その父と夫と子を失い悲しみを琴を奏でて歌った。歌い終わると河に身を投じて死んだ。(列女伝)孟姜女 斉の杞梁の妻; 万里の長城の人夫であった夫が過酷な労働で死んだことを知った孟姜女が号泣すると万里の長城が崩れた故事
一去燕山更不歸。造得寒衣無人送,不免自家送征衣。 一般的な見方としては、孟姜女と杞梁は夫婦であり、「杞梁の妻」とは孟姜女を指す。


清商隨風發,中曲正徘徊。
琴と笛の和調で澄んだ音調で秋のもの悲しい声調の曲が風にのってひびいてくるが、曲の中ほどで、正規の引きであったり、ためらいかけた音階であったりする。
清商 宮・商・角・微・羽。の五音の第2音,琴と笛の和調で澄んだ音調で秋のもの悲しい声調。魏文帝 『燕歌行』「援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。」(琴を援き絃を鳴らして清商【せいかん】を發し、短歌 微吟【びぎん】長くするを能わず。)
杜甫『秋笛』
 清商欲盡奏,奏苦血沾衣。他日傷心極,徵人白骨歸。
 相逢恐恨過,故作發聲微。不見秋雲動,悲風稍稍飛。
徘徊 (1)目的もなく、うろうろと歩きまわること。うろつくこと。 「夜の巷(ちまた)を―する」 (2)葛藤からの逃避、精神病・痴呆などにより、無意識のうちに目的なく歩きまわること。ここではおとをためらい弾きをする。


一彈再三嘆,慷慨有餘哀。
ひとたび弾いては再三なげき、なげいてもなげいても悲しみのつきない様子なのである。


不惜歌者苦,但傷知音希,
歌う人はその身の苦しさを惜しみはしなが、曲の心を知ってくれる聴き手がすくないことを悲しむというものだろう。
知音 知己。自分の琴の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。伯牙は琴を能くしたが、鍾子期はその琴の音によって、伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。
『列子、湯問』「伯牙善鼓琴。鐘子期善聽。伯牙鼓琴。志在登高山。鐘子期曰。善哉。巍巍兮若泰山。志在流水。鍾子期曰。善哉。洋洋兮若江河。伯牙所念。鐘子期必得之。伯牙游於泰山之陰。卒逢暴雨。止於巖下心悲。乃援琴而鼓之。初為霖雨之操。更造崩山之音。曲毎奏。鐘子期輒窮其趣。伯牙乃舍琴而嘆曰。善哉善哉。子之聽。夫志想象。猶吾心也。吾於何逃聲哉。」 
(下し文)
伯牙善く琴を鼓し、鍾子期善く聴く。
伯牙琴を鼓し、志泰山登るに在り、鍾子期曰く、善い哉、巍巍兮として泰山の若し、と。
志流水に在らば、鍾子期曰く、 善い哉、琴を鼓する、洋洋兮として江河の若し、と。
伯牙の念ふ所、鐘子期必ず之を得。
伯牙、泰山の陰に遊び、卒に暴雨に逢ふ。
巖下に止まりて心悲しみ、乃ち琴を援りて之を鼓す。
初め「霖雨の操」を為し、更に「崩山の音」を造す。
曲奏する毎に、鐘子期輒ち其の趣きを窮む。
伯牙乃ち琴を舎きて嘆じて曰く、善い哉、善い哉、子の聴く。
夫れ志を想像する、猶ほ吾が心のごときなり。
吾れ何に於いて声を逃れんや、と。


願為雙鴻鵠,奮翅起高飛。
願うことはひとつがいの鴻鵠にでもなりたいというものだろうし、翼をふるい空高く飛びたいと思うことであろう。
鴻鵠 「鴻」はおおとり、「鵠」はくぐいで、ともに大きな鳥、大人物のたとえ。
杜甫『三川觀水漲二十韻』「舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?」

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