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   2012/1/11 唐宋 Ⅰ李商隠187 行次西郊作一百韻  白文/現代語訳 (全文) 
     


古詩十九首之第十五首
生年不滿百,常懷千歲憂。
人間は百歳までは生きられないのだ、なのにどうして日夜、千年後のことまで考えて憂いをいだくのである。
晝短苦夜長,何不秉燭遊!
秋になると昼が短く、夜が長いのを苦にするようになる、だったらどうして燭を照らして、夜を日につぎ遊ばないのだ。
為樂當及時,何能待來茲?
楽しみを求めるにはつとめて今ある機会を逃さないようにするのがよいのだ。あてにもならない来年のことなど、待ってもどうなるというものではないのである。
愚者愛惜費,但為後世嗤。
愚かな者は、いたずらに費用を出し惜しんで金をためるものだが、そうであればただ後の人々に笑われるだけである。
卡人王子喬,難可蜿等期。
王子喬は仙人になり不老長生を得たと伝えるが、常人にはうねうね続く年寿をすべきであっても、とてもできないことなのだ。


現代語訳と訳註
(本文)
第十五首
生年不滿百,常懷千歲憂。
晝短苦夜長,何不秉燭遊!
為樂當及時,何能待來茲?
愚者愛惜費,但為後世嗤。
卡人王子喬,難可蜿等期。


(下し文)
生年は百に満たず、常に千歳の憂を懐く。
晝は短くして夜の長きに苦しみ、何ぞ燭を秉って遊ばざる。
欒しみを為すは常に時に及ぶべし、何ぞ能く來茲【らいし】を待たん。
愚者は費を愛惜し、但後世の嗤【わらい】と為るのみ。
仙人王子喬は、蜿【えん】に期を等しうす可きこと難し。


(現代語訳)
人間は百歳までは生きられないのだ、なのにどうして日夜、千年後のことまで考えて憂いをいだくのである。
秋になると昼が短く、夜が長いのを苦にするようになる、だったらどうして燭を照らして、夜を日につぎ遊ばないのだ。
楽しみを求めるにはつとめて今ある機会を逃さないようにするのがよいのだ。あてにもならない来年のことなど、待ってもどうなるというものではないのである。
愚かな者は、いたずらに費用を出し惜しんで金をためるものだが、そうであればただ後の人々に笑われるだけである。
王子喬は仙人になり不老長生を得たと伝えるが、常人にはうねうね続く年寿をすべきであっても、とてもできないことなのだ。


(訳注)
第十五首

・第十五首 生命のうつろいやすく、青春の再び得がたいことを欺じ、世の愚人をそしった詩。


生年不滿百,常懷千歲憂。
人間は百歳までは生きられないのだ、なのにどうして日夜、千年後のことまで考えて憂いをいだくのである。
・この二句は千古の名言である。


晝短苦夜長,何不秉燭遊!
秋になると昼が短く、夜が長いのを苦にするようになる、だったらどうして燭を照らして、夜を日につぎ遊ばないのだ。
秉燭遊 手にとり持つこと。この句も後世に影響あるもの。
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為樂當及時,何能待來茲?
楽しみを求めるにはつとめて今ある機会を逃さないようにするのがよいのだ。あてにもならない来年のことなど、待ってもどうなるというものではないのである。
及時 時を失わず、間に合うようにする。
來茲 来年。


愚者愛惜費,但為後世嗤。
愚かな者は、いたずらに費用を出し惜しんで金をためるものだが、そうであればただ後の人々に笑われるだけである。


卡人王子喬,難可蜿等期。
王子喬は仙人になり不老長生を得たと伝えるが、常人にはうねうね続く年寿をすべきであっても、とてもできないことなのだ。
 (1) (蛇などが)のたくり進む,くねくね進む蜿蜒而上くねくねと登る.(2) (川や道が)蜿蜒(えんえん)たる,うねうね続く.
 期間、年寿。
王子喬 周の太子晋、好んで笠を吹き、道士浮丘公に伴なわれて常山に上り仙人となったという。
西門行
出西門、歩念之、今日不作樂、當待何時。
夫爲樂、爲樂當及時。
何能坐愁拂鬱、當復待來茲。
飲醇酒、炙肥牛、請呼心所歡、可用解愁憂。
人生不滿百、常懷千歳憂。
晝短而夜長、何不秉燭游。
自非仙人王子喬、計會壽命難與期。
自非仙人王子喬、計會壽命難與期。
人壽非金石、年命安可期。
貪財愛惜費、但爲後世嗤。

西門行 【せいもんきょう】
西門を出で、歩みて之を念う、今日 樂しみを作さずんば、當【まさ】に何れの時をか待つべき。
夫れ樂しみを爲さん、樂しみを爲すには當に時に及ぶべし。
何んぞ能く坐し愁えて鬱を拂いて、當に復た來茲を待んや。
醇酒【じゅんしゅ】を飲み、肥牛【ひぎゅう】を炙り、請する心に歡ぶ所を呼べば、用って愁憂を解く可けん。
人生は百に滿たず、常に千歳の憂いを懷う。
晝【ひる】短くして夜長く、何ぞ燭游を秉らざるや。
仙人王子喬に非らざるより、計會して壽命【じゅみょう】を與に期するを難し。
仙人王子喬に非らざるより、計會して壽命【じゅみょう】を與に期するを難し。
人壽は金石に非らず、年命安くんぞ期す可けん。
財を貪【むさぼ】りて費を愛惜すれば、但 後世の嗤【わらび】と爲るのみ。

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仙人の王子喬。鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。
 伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙(しょう)という楽器を吹いては鳳凰(ほうおう)が鳴くような音を出すことができた。伊川(いせん)、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公(ふきゅうこう)に誘われ中岳嵩山(すうざん)に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。
 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。(『列仙伝』)