朔風 (三章) 曹植

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朔風 (三章) 曹植 魏詩<25-#3>文選 雑詩 上 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1829


朔風
朔風 (一) 曹植
仰彼朔風,用懷魏都。願騁代馬,倏忽北徂。
北風が吹くようになると天を仰ぎ見るのだ、その風によって魏の都洛陽が恋しくなるのだ。
天に願いたい、代郡の馬にまたがり、飛ぶように走って北の方、洛陽にゆきたいということだ。

凱風永至,思彼蠻方。願隨越鳥,翻飛南翔。
季節が変わり、南風が、はるかこの地まで吹きはじめると、かの南方の仇敵呉を討たねばならないと強く思うのである。
天に願いたい、越の国の鳥と一緒になって、大空高くびるがえり飛んで、南に翔けゆきたいということだ。

朔風 (二) 曹植
四氣代謝,懸景運周。別如俯仰,脫若三秋。
四季の気候が移り変わりが気になり始める、天空にかかる光の循環も移り変わる。
君と別れを過ごしたのは、今思えば目を動かすほどの一瞬のうちのようである、惜別の気持ちから脱するのにこの秋の三カ月もかかってしまい、一日過ごすのも遅く感じたものなのだ。

昔我初遷,朱華未希。今我旋止,素雪雲飛。

その昔、私がはじめて、この地から他へ転任したと、きには、あかい花はまだ相当残っていたものだ。
今、私がふたたび帰ってくる池の辺に来てみたのだが、まっ白な雪が樹氷の上に降り積もった雪は雲のように見え、そしてまた雪が舞い飛び降ってくる。

朔風 (三) 曹植
俯降千仞,仰登天阻。
うつむいて千切の渓谷に降りていく、行軍は時には、仰ぎ見つつ天にとどくばかりのけわしい山を登る。
風飄蓬飛,載離寒暑。
まるで風に吹かれて転蓬のように舞とんでいくように、この夏冬をすごして足かけ二年もすぎた。
千仞易陟,天阻可越。
我が魏軍は勇猛で千切の高さも、容易く登ってしまう、けわしい山も、越える意気込み強く越えていく。
昔我同袍,今永乖別。
だが、昔、私が親密にしていた兄弟と、今や、望みもしないのに永遠のわかれをしているのだ。

俯して千仞を降り,仰ぎて天阻に登る。
風飄【ふうひょう】蓬飛【ほうひ】し,載【すなわ】ち寒暑を離れたり。
千仞 陟【のぼ】り易く,天阻 越ゆ可し。
昔 我が同袍,今や永く乖別【かいべつ】す。


朔風 (四) 曹植
子好芳草,豈忘爾貽。繁華將茂,秋霜悴之。
君不垂眷,豈雲其誠。秋蘭可喻,桂樹冬榮。

朔風 (五) 曹植
弦歌盪思,誰與銷愁。臨川慕思,何為泛舟。
豈無和樂,游非我憐。誰忘泛舟,愧無榜人。

華山000

『朔風 (三)』曹植 現代語訳と訳註
(本文) 
俯降千仞,仰登天阻。風飄蓬飛,載離寒暑。
千仞易陟,天阻可越。昔我同袍,今永乖別。


(下し文)
俯して千仞を降り,仰ぎて天阻に登る。
風飄【ふうひょう】蓬飛【ほうひ】し,載【すなわ】ち寒暑を離れたり。
千仞 陟【のぼ】り易く,天阻 越ゆ可し。
昔 我が同袍,今や永く乖別【かいべつ】す。


(現代語訳)
うつむいて千切の渓谷に降りていく、行軍は時には、仰ぎ見つつ天にとどくばかりのけわしい山を登る。
まるで風に吹かれて転蓬のように舞とんでいくように、この夏冬をすごして足かけ二年もすぎた。
我が魏軍は勇猛で千切の高さも、容易く登ってしまう、けわしい山も、越える意気込み強く越えていく。
だが、昔、私が親密にしていた兄弟と、今や、望みもしないのに永遠のわかれをしているのだ。


(訳注)
朔風 (三) 
○この第三段は、あいつぐ転任と兄弟の離散を悲しんだもの。ここの詩句は「詩経」小雅、小明に学ぶ所が多い。小明の詩を毛序は、大臣が乱世に役人となっているのを後悔したもの、と見ている。


俯降千仞,仰登天阻。
うつむいて千切の渓谷に降りていく、行軍は時には、仰ぎ見つつ天にとどくばかりのけわしい山を登る。
・千仞 谷や海などが非常に深いこと。 天に聳えるような路のため、 進もうとするのをさまたげる、防ぎとめる、また、こばむ、 気持ちがくじける、ひるむ。深い谷をさすと考えてもよい。例は舌代の長さの単位で、周尺七尺位という。
○天阻 天険と同じ。天にとどくばかりの高い険阻な山のこと。


風飄蓬飛,載離寒暑。
まるで風に吹かれて転蓬のように舞とんでいくように、この夏冬をすごして足かけ二年もすぎた。
○風飄蓬飛「風のごとくひるがえり、蓬のごとく飛ぶ。」と読む。蓬とはよもぎ。風が吹けば、根よりぬけ、風のままに転ずるので、古来、人生無常の喩に頻用される。ここでは転戰移駐がつづいて二か所におちつけないのを悲しむ。
○載離寒暑 載は即ちで、詩経によく用いられる助字で、意味はない。離はあう、経験する。寒暑は前段来の状況に従えば、夏冬を過ごし足かけ二年繰返したことをいう。


千仞易陟,天阻可越。
我が魏軍は勇猛で千切の高さも、容易く登ってしまう、けわしい山も、越える意気込み強く越えていく。
○陟 登る、進む。この千切の二句、内容的にかさなるので、それをきらってか、「降千仞」に対しては陟、千切の深い谷をわたる意である。


昔我同袍,今永乖別。
だが、昔、私が親密にしていた兄弟と、今や、望みもしないのに永遠のわかれをしているのだ。
○同袍 袍とはマント、夜は蒲団の代用とする。その袍を共用するものとは、極めて親密な間柄の人のこと。ここでは彼の兄弟をさしていう。その兄弟は、任城主彰(黄初四年に死す。)や白馬王彪をさすと思われるが、すでに逝去した文帝曹丕と考えてもよい。同袍は「詩経」秦風、無衣に見える。
・乖別 そむきはなれること。結びつきがはなれること。望みもしないのに永遠のわかれをした。