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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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朔風 (五章) 曹植 魏詩<25-#5>文選 雑詩 上 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1837


朔風
朔風 (一章) 曹植
仰彼朔風,用懷魏都。願騁代馬,倏忽北徂。
北風が吹くようになると天を仰ぎ見るのだ、その風によって魏の都洛陽が恋しくなるのだ。
天に願いたい、代郡の馬にまたがり、飛ぶように走って北の方、洛陽にゆきたいということだ。

凱風永至,思彼蠻方。願隨越鳥,翻飛南翔。
季節が変わり、南風が、はるかこの地まで吹きはじめると、かの南方の仇敵呉を討たねばならないと強く思うのである。
天に願いたい、越の国の鳥と一緒になって、大空高くびるがえり飛んで、南に翔けゆきたいということだ。


朔風 (二章) 曹植
四氣代謝,懸景運周。別如俯仰,脫若三秋。
四季の気候が移り変わりが気になり始める、天空にかかる光の循環も移り変わる。
君と別れを過ごしたのは、今思えば目を動かすほどの一瞬のうちのようである、惜別の気持ちから脱するのにこの秋の三カ月もかかってしまい、一日過ごすのも遅く感じたものなのだ。

昔我初遷,朱華未希。今我旋止,素雪雲飛。

その昔、私がはじめて、この地から他へ転任したと、きには、あかい花はまだ相当残っていたものだ。
今、私がふたたび帰ってくる池の辺に来てみたのだが、まっ白な雪が樹氷の上に降り積もった雪は雲のように見え、そしてまた雪が舞い飛び降ってくる。

朔風 (三章) 曹植
俯降千仞,仰登天阻。風飄蓬飛,載離寒暑。
うつむいて千切の渓谷に降りていく、行軍は時には、仰ぎ見つつ天にとどくばかりのけわしい山を登る。
まるで風に吹かれて転蓬のように舞とんでいくように、この夏冬をすごして足かけ二年もすぎた。

千仞易陟,天阻可越。昔我同袍,今永乖別。
我が魏軍は勇猛で千切の高さも、容易く登ってしまう、けわしい山も、越える意気込み強く越えていく。
だが、昔、私が親密にしていた兄弟と、今や、望みもしないのに永遠のわかれをしているのだ。



朔風 (四章) 曹植
子好芳草,豈忘爾貽。繁華將茂,秋霜悴之。
君は芳香をはなつ草木が好きだし、どうして、それを君におくることを忘れることがあろうか。
だけど、この気候が続けば多くの花がこれから満開に咲こうとするだろが、秋の霜はこれを枯らしてしまうのだ。

君不垂眷,豈雲其誠。秋蘭可喻,桂樹冬榮。
たとえ明帝陛下が、小人の讒言を聞き入れ目をかけられなくとも、それがどうして陛下の誠、本心であろうはずがない。
私の忠誠心は、人に知られずとも芳香をはなつ秋の蘭にたとえるとおりであり、また、厳冬にもめげず花を開く桂樹の如くたとえるものである。

朔風 (五章) 曹植
弦歌盪思,誰與銷愁。
絃楽器に合せて歌う絃歌は、人の心を癒し、優しく楽しましてくれるものなのだ、だから、誰とともにこの憂愁を消せばよいのであろうか。
臨川慕思,何為泛舟。
川にむかって、心の友を慕い思うのである、しかしどうやって、舟を浮べればよいのだろうか。
豈無和樂,游非我憐。
この地でも、絃楽器に合せて歌うなごやかな楽しい宴会がないわけではないのだ、ただその宴会の仲間が、心を分け合った私の同志ではないということなのだ。
誰忘泛舟,愧無榜人。
私がどうして、舟を浮べることを忘れるとだれがいうのか、ただ、恥ずかしいことには、その舟をあやつってくれる船頭がいないことなのだ。

弦歌【げんか】思いを盪【とろか】すも,誰と與に愁いを銷【け】さん。
川に臨んで慕い思うも,何為【なんす】れぞ舟を泛べん。
豈に和樂【わらく】無からんや,游ぶこと我が憐に非らず。
誰か舟を泛べるを忘れんや,愧ずらくは榜人無きを。


『朔風 (五章)』 曹植 現代語訳と訳註
(本文)
弦歌盪思,誰與銷愁。臨川慕思,何為泛舟。
豈無和樂,游非我憐。誰忘泛舟,愧無榜人。


(下し文)
俯して千仞を降り,仰ぎて天阻に登る。
風飄【ふうひょう】蓬飛【ほうひ】し,載【すなわ】ち寒暑を離れたり。
千仞 陟【のぼ】り易く,天阻 越ゆ可し。
昔 我が同袍,今や永く乖別【かいべつ】す。


(現代語訳)
絃楽器に合せて歌う絃歌は、人の心を癒し、優しく楽しましてくれるものなのだ、だから、誰とともにこの憂愁を消せばよいのであろうか。
川にむかって、心の友を慕い思うのである、しかしどうやって、舟を浮べればよいのだろうか。
この地でも、絃楽器に合せて歌うなごやかな楽しい宴会がないわけではないのだ、ただその宴会の仲間が、心を分け合った私の同志ではないということなのだ。
私がどうして、舟を浮べることを忘れるとだれがいうのか、ただ、恥ずかしいことには、その舟をあやつってくれる船頭がいないことなのだ。


(訳注)
朔風 
(五章) 
この段の趣旨は、彼の孤立無接の悲しみを、兄弟(恐らくは彪)もしくは心の友に訴えたもの。


弦歌盪思,誰與銷愁。
絃楽器に合せて歌う絃歌は、人の心を癒し、優しく楽しましてくれるものなのだ、だから、誰とともにこの憂愁を消せばよいのであろうか。
○絃歌 絃楽器に合せて歌う歌唱。
○盪思 悲しい思いあらい流す。


臨川慕思,何為泛舟。
川にむかって、心の友を慕い思うのである、しかしどうやって、舟を浮べればよいのだろうか。
○慕思 「文選」では暮恩(日くれて思う、時すでにおそしの意。)に作るが、ここでは日暮れより曹植の優しさを表現から良いと思うので、「曹集」に従うことにした。
○何為汎舟 何為は何以と同じ、何によってか、どうして、の意。舟を汎べるすべがない。

 
豈無和樂,游非我憐。
この地でも、絃楽器に合せて歌うなごやかな楽しい宴会がないわけではないのだ、ただその宴会の仲間が、心を分け合った私の同志ではないということなのだ。
○和楽 絃歌の和樂。兄弟及び君臣が、融和して楽しむこと。「詩経」小雅、常棣に「兄弟既に具い、和楽して孺しむ。」と見え、同じく小雅、鹿鳴には「瑟を鼓し琴を鼓し、和楽して湛たのし。」と見える。「常棣」は兄弟の宴会、「鹿鳴」は君臣の宴会を歌ったもの。
○我憐 我が同志。「論語」里仁篇に「徳は孤ならず、必ず憐あり。」と見える。


誰忘泛舟,愧無榜人。
私がどうして、舟を浮べることを忘れるとだれがいうのか、ただ、恥ずかしいことには、その舟をあやつってくれる船頭がいないことなのだ。
○榜人 船頭。この句は、自分に多くの束縛をうけて、自由のない身をなげいたもの。