喜雨 曹植


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喜雨 曹植 魏詩<26>古詩源 巻三 656 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1841



喜雨
天覆何彌廣!苞育此群生。
天のめぐみはどれほど広大無辺に地上をおおいつくして、この天の恵みに包まれて人民たちを、豊かにはぐくんでいるのである。
棄之必憔悴,惠之則滋榮。
その天がもし人民を棄てられたならば、彼らは必ず憔悴しておとろえていくものであり、反対に恵みをあたえられたならば、間違いなく繁栄することになるのである。
慶雲從北來,鬱述西南征。
めでたいことの前兆となる瑞雲は北より飛来し、むらむらと立ちのぼる雲気は西南に向かって進むものだ。
時雨終夜降,長雷周我廷。
時節にほどよくふる雨は、夜半にふるものであり、それは長く尾を引く雷鳴が、我が庭をめぐるものである。
嘉種盈膏壤,登秋必有成。

よい種苗は、豊沃な壌圡にこそ満ちみちるものであり、これらのことがあいまって、みのりの秋に、かならずゆたかな収穫に恵まれることであろう。

天の覆う何ぞ弥【あまねく】く広くして、此の群生を苞育【ほういく】するや。
之を棄つれば必ず憔悴し、之を恵めば則ち滋榮【じえい】す。
慶雲【けいうん】北従り来り、鬱述【うつじゅつ】として西南に征く。
時雨【じう】中夜に降り、長雷【ちょうらい】我が庭を周る。
嘉種【かしゅ】膏壤【こうじょう】に盈【み】ち、登秋【とうしゅう】必ず成る有り。


『喜雨』曹植 現代語訳と訳註
(本文)
喜雨
天覆何彌廣!苞育此群生。
棄之必憔悴,惠之則滋榮。
慶雲從北來,鬱述西南征。
時雨終夜降,長雷周我廷。
嘉種盈膏壤,登秋必有成。


(下し文)
天の覆う何ぞ弥【あまねく】く広くして、此の群生を苞育【ほういく】するや。
之を棄つれば必ず憔悴し、之を恵めば則ち滋榮【じえい】す。
慶雲【けいうん】北従り来り、鬱述【うつじゅつ】として西南に征く。
時雨【じう】中夜に降り、長雷【ちょうらい】我が庭を周る。
嘉種【かしゅ】膏壤【こうじょう】に盈【み】ち、登秋【とうしゅう】必ず成る有り。


(現代語訳)
天のめぐみはどれほど広大無辺に地上をおおいつくして、この天の恵みに包まれて人民たちを、豊かにはぐくんでいるのである。
その天がもし人民を棄てられたならば、彼らは必ず憔悴しておとろえていくものであり、反対に恵みをあたえられたならば、間違いなく繁栄することになるのである。
めでたいことの前兆となる瑞雲は北より飛来し、むらむらと立ちのぼる雲気は西南に向かって進むものだ。
時節にほどよくふる雨は、夜半にふるものであり、それは長く尾を引く雷鳴が、我が庭をめぐるものである。
よい種苗は、豊沃な壌圡にこそ満ちみちるものであり、これらのことがあいまって、みのりの秋に、かならずゆたかな収穫に恵まれることであろう。


(訳注)
喜雨
 228年太和二年夏の作と推定される。時に曹植はふたたび蕹丘(河南省杞県)に国替えになった。この詩は、日照りが続いた後の雨に感謝し、曹植が詠んだものです。
「北堂書鈔」巻百五十六にはこ『喜雨』の詩をひいて、「大和二年、大いに旱し、三麥採りいれせず百姓飢餓に分す」という序をつけている。この序は不完全なものであるし。また曹植の作と断定されたものではないが、我々は、はっきりするまでは採用することとする。尚、盛唐・杜甫に同名の詩がある。

喜晴 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 157


天覆何彌廣!苞育此群生。
天のめぐみはどれほど広大無辺に地上をおおいつくして、この天の恵みに包まれて人民たちを、豊かにはぐくんでいるのである。
○天 晴に天子をさしていう。
○弥 あまねし。
○苞育 ゆたかに育てる。
○群生 人民。


棄之必憔悴,惠之則滋榮。
その天がもし人民を棄てられたならば、彼らは必ず憔悴しておとろえていくものであり、反対に恵みをあたえられたならば、間違いなく繁栄することになるのである。
○棄之、恵之 之は人民をさす。また、「之」の中に、曹植自身をもさすともいえる。
○滋栄 しげりさかえる。

 
慶雲從北來,鬱述西南征。
めでたいことの前兆となる瑞雲は北より飛来し、むらむらと立ちのぼる雲気は西南に向かって進むものだ。
○慶雲 めでたいことの前兆となる雲。瑞雲。ここでは雨雲のこと。卿雲、景雲と同じ。
○従北来 夏、北風吹けば雨ふるという。
○鬱述 気の上るさま。鬱律ともいう。


時雨終夜降,長雷周我廷。
時節にほどよくふる雨は、夜半にふるものであり、それは長く尾を引く雷鳴が、我が庭をめぐるものである。
○周 めぐる。この字「あまねし」と読んで一面にとどろきわたると解することも可能と思う。


嘉種盈膏壤,登秋必有成。
よい種苗は、豊沃な壌圡にこそ満ちみちるものであり、これらのことがあいまって、みのりの秋に、かならずゆたかな収穫に恵まれることであろう。
○膏壤 豊沃な壌土。
○登秋 みのりの秋。
○成 みのる。