贈徐幹 (3) 曹植 魏詩


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李商隠詩
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贈徐幹 (3) 曹植 魏詩<30>文選 贈答二 661 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1861


贈徐幹
驚風飄白日,忽然歸西山。
突然の風はかがやくあの太陽でさえ吹き翻す、そして、こつぜんとして西の山へ追い帰えしたのだ。
圓景光未滿,眾星粲以繁。
月がまるくはならないように事を成功させるという目標がまだたっせいされないままなのだ、多くの星が索然とまたたいているように賢臣たちはかがやいているのだ。
志士榮世業,小人亦不閒。
斯くいう様に志をもつ君は、後世にのこす著述にうちこみ立派に出来上がっている、徳のない小人の自分達は暇をとってでも手助けすることはできなかったのだ。
聊且夜行遊,遊彼雙闕間。
そんな気持ちで私はしばらくの夜の散策を思いたち、朝廷御門のあたりを歩きまわったのだ。

文昌鬱雲興,迎風高中天。
文昌殿はもくもくと雲がわきおこるかのようであり、迎風観は周の穆王の中天台のように神人が沿って降りて来るほどに聾えたつのである。
春鳩鳴飛棟,流猋激櫺軒。
子を作る季節の鳩は高い棟木でなきあうものであり、旋風がふけは格子窓やてすりにあたって激しく音をたてるものである。
(なにかを成せばそれに応えたものがあるものであるはずだが、それなのに、徐幹が後世に残す業績、「中論」を著わし、一家言を成しているのに、貧者でいるのだ。)

顧念蓬室士,貧賤誠足憐。
だが、ヨモギで葺いたあばらやに住む貧士ではないか、君の貧士のさまを思いやれば、その貧窮ぶり、誠に同情にたえぬ。
薇藿弗充虛,皮褐猶不全。
わらびや豆では、すき腹をみたせるものではなく、あらい毛皮の短い着物なので、身をおおうに十分ではないのだ。
慷慨有悲心,興文自成篇。

しかし、君はわきたつ壮士の志に悲愁をひめ、「中論」を作ったことは、おのずとその一篇の文章となるものなのである。

寶棄怨何人?和氏有其愆。
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
彈冠俟知己,知己誰不然?
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
良田無晚歲,膏澤多豐年。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
亮懷璵璠美,積久德愈宣。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
親交義在敦,申章復何言。

私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。

(徐幹に贈る)
驚風は白日を飄えし,忽然として西山に歸える。
圓景は光り未だ滿たず,眾星は粲として以って繁し。
志士は世業を榮え,小人も亦た閒ならず。
聊且【しばら】く夜行きて遊び,彼の雙闕【そうけつ】の間に遊ぶ。

文昌は鬱として雲のごとく興こり,迎風は中天に高し。
春鳩は飛棟に鳴き,流猋【りゅうひょう】櫺軒【れいけん】に激す。
顧【かえ】って蓬室の士を念えば,貧賤【ひんせん】誠に憐むに足れり。
薇藿【びかく】は虛しきに充たず,皮褐も猶お全からず。
慷慨【こがい】して悲心有り,文を興せば自ら篇を成す。

寶【たから】は棄てらるるも何人かを怨まん?和氏【かし】に其の愆【あやまち】有り。
冠を彈きて知己【ちき】を俟つも,知己誰か不然【しか】らざらん?
良田には晚歲無く,膏澤には豐年多し。
亮【まこと】に璵璠【よはん】の美を懷けば,久しきを積んで德愈【いよい】よ宣ぶ。
親交の義は敦きに在り,章を申【かさ】ねて復た何をか言わん。

贈徐幹 曹植

『贈徐幹』 現代語訳と訳註
(本文)

寶棄怨何人?和氏有其愆。
彈冠俟知己,知己誰不然?
良田無晚歲,膏澤多豐年。
亮懷璵璠美,積久德愈宣。
親交義在敦,申章復何言。


(下し文)
寶【たから】は棄てらるるも何人かを怨まん?和氏【かし】に其の愆【あやまち】有り。
冠を彈きて知己【ちき】を俟つも,知己誰か不然【しか】らざらん?
良田には晚歲無く,膏澤には豐年多し。
亮【まこと】に璵璠【よはん】の美を懷けば,久しきを積んで德愈【いよい】よ宣ぶ。
親交の義は敦きに在り,章を申【かさ】ねて復た何をか言わん。


(現代語訳)
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。


(訳注)
贈徐幹
文選 贈答二、古詩源巻五
○徐幹 (170-217年)字は偉長、北海郡劇県(山東、日日楽県警の人。零落した旧家の出で、高い品行と美麗典雅な文章で知られた。建安年間に曹操に仕え、司空軍謀祭酒掾属・五官将文学に進んだ。隠士的人格者で、文質兼備であると曹丕から絶賛された。『《建安七子》の一人であるが、博雅達識の君子としての名声高く《七子母中に異彩をはなった。曹雪り「佳境い諾懐き質を抱き、悟淡寡慾にして、箕山の志あり。彬彬たる君子と酎っべし。「中論」二十余笛を著わし、辞義典雅にして、後に伝うるに足る。此の子不朽たり。」(「呉質に与うる書」)と評されている。この詩の制作時期は216年建安二十一年頃と推定される。


寶棄怨何人?和氏有其愆。
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
○和氏 春秋時代の楚の卞下のひと。彼は璞玉(みがいていないたま)を楚山で手に入れ、楚の武王に献じょうとしたが、宝玉ではなくただの石だと鑑定きれて左足を切られ、楚の成王に献じょうとして、又石と鑑定されて右足を切られた。文王の時になって、ようやく宝玉であることを認められた。「和氏之璧」として有名。ことは「韓非子」和氏に見える。
○怒 過失、罪。


彈冠俟知己,知己誰不然?
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
○弾冠 冠は官吏のかぶりもの、官途につこうとして、先ず冠上の塵をはらうこと。


良田無晚歲,膏澤多豐年。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
○晩歳 おそいとり入れ、歳は秋のみのり。
○膏沢 めぐみの雨。「良田」の四句は徐幹にたとえる。


亮懷璵璠美,積久德愈宣。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
○売 まことに。
○璵璠 美玉。魯国の宝とつたえる。「左伝」定公五年の条に見える。
○宜 光輝きをます。多くの人に知られて仰がれること。


親交義在敦,申章復何言。
私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。
○申 重ねる。