贈白馬王彪 其五-#2 曹植(曹子建) 魏詩

2013年2月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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贈白馬王彪 其五-#2 曹植(曹子建) 魏詩<44>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1958



其五
太息將何為?天命與我違。
どの道を進んでよいのかわからず、大きなため息をもらすほかに一体なにができるだろうか。天命はわれわれに我慢と苦難の道をあたえているのだろか。(天は、反逆の機会を与えてくれないのか。)
奈何念同生,一往形不歸。
ああ何ともしょうがない、彰兄さんが生きている間に私がもっと頼りに思ってみたらよかったのか、しかし、彰兄さんはもはやこの世を去り、その肉体は、再び帰ってくることもないのである。
孤魂翔故域,靈柩寄京師。

彰兄さんの魂はひとりさまよって、もといた任城の地に翔ってかえり、ひっぎは、都の洛陽にしばらくとまっている。(それでよいのだろうか。)

存者忽復過,亡歿身自衰。
まだ生きている私も君も、たちまちのうちに、かの彰兄さんのように、世を去らねはならぬ。亡くなってしまえば、その形骸は、おのずと朽ち果ててしまうものだ。(魂だけが城へ帰ってもどうしようもないのだ。)
人生處一世,去若朝露晞。
人間として生きる以上、ひとたびこの世に生を受けて此処にいる以上何とかしたいととおもうけれど、その生涯はニラにおりた朝露が、朝日に見る間にかわかされるように、人間の命は朝露のようなものなのである。
年在桑榆間,影響不能追。
朝日が桑畑から昇りニラ畑に沈む間に春から秋までに誰もが一年というものの間にしなければいけないのだ。光や響のようにすばやいもので、追いつくことのできないものだから、早くやらなければと思っているのだ。
自顧非金石,咄唶令心悲。
しかし、私は、自分自身が、金のように輝く石、皇帝に慣れる器ではないとは思っているが、「チックショー」、ああ、こんなことを考えると心が悲しくなってしまう。

大息して将に何をか為さんとする、天命 我と違る。
奈何にせん 同生を念うも、一たび往きて形帰らざるを
孤魂 故城に翔り、霊枢 京師に寄す。
存する者 忽として復た過ぎ、亡没すれば身白から衰う。
人生まれて一世に処るも、去ること朝露の晞くが若し。
年桑榆の間に在り、影響 追うこと能わず。
自ら顧みるに 金石に非ず、咄唶して心を悲しましむ。

贈白馬王彪 其五 曹植(曹子建)

『贈白馬王彪 其五』 現代語訳と訳註
(本文)
其五
太息將何為?天命與我違。
奈何念同生,一往形不歸。
孤魂翔故城,靈柩寄京師。

存者忽復過,亡歿身自衰。
人生處一世,去若朝露晞。
年在桑榆間,影響不能追。
自顧非金石,咄唶令心悲。

(下し文)
大息して将に何をか為さんとする、天命 我と違る。
奈何にせん 同生を念うも、一たび往きて形帰らざるを
孤魂 故城に翔り、霊枢 京師に寄す。
存する者 忽として復た過ぎ、亡没すれば身白から衰う。
人生まれて一世に処るも、去ること朝露の晞くが若し。
年桑榆の間に在り、影響 追うこと能わず。
自ら顧みるに 金石に非ず、咄唶して心を悲しましむ。


(現代語訳)
どの道を進んでよいのかわからず、大きなため息をもらすほかに一体なにができるだろうか。天命はわれわれに我慢と苦難の道をあたえているのだろか。(天は、反逆の機会を与えてくれないのか。)
ああ何ともしょうがない、彰兄さんが生きている間に私がもっと頼りに思ってみたらよかったのか、しかし、彰兄さんはもはやこの世を去り、その肉体は、再び帰ってくることもないのである。
彰兄さんの魂はひとりさまよって、もといた任城の地に翔ってかえり、ひっぎは、都の洛陽にしばらくとまっている。(それでよいのだろうか。)

まだ生きている私も君も、たちまちのうちに、かの彰兄さんのように、世を去らねはならぬ。亡くなってしまえば、その形骸は、おのずと朽ち果ててしまうものだ。(魂だけが城へ帰ってもどうしようもないのだ。)
人間として生きる以上、ひとたびこの世に生を受けて此処にいる以上何とかしたいととおもうけれど、その生涯はニラにおりた朝露が、朝日に見る間にかわかされるように、人間の命は朝露のようなものなのである。
朝日が桑畑から昇りニラ畑に沈む間に春から秋までに誰もが一年というものの間にしなければいけないのだ。光や響のようにすばやいもので、追いつくことのできないものだから、早くやらなければと思っているのだ。
しかし、私は、自分自身が、金のように輝く石、皇帝に慣れる器ではないとは思っているが、「チックショー」、ああ、こんなことを考えると心が悲しくなってしまう。


(訳注)
贈白馬王彪(其五)

○白馬王彪 曹樽の異母弟である曹彪(195-251年)。白馬王(白馬は河南省滑県の東にある)に封ぜられたことがあるのでかく称する。字は朱虎、素平三年(251年)罪を問われて自殺する、時に五十七歳。
○この詩は七章に分れるの五。
〇第四章の最終句「太息」をうけて一句が始まる。尻とりの聯句になっている。曹彰(任城王)の急死をいたみつつ、彪に、おたがいの不遇と、人生のはかなさをうったえたもの。この詩でも、なぜこんな詩なのか意味不明である。取り方によれば、「俺はこのままでは終わらない。何時かはなんとかしようとおもっている。」ともとれる詩である。曹植の「贈」詩は思わせぶりなのである。これでは家臣の心がが離れていくのは仕方ないのであろうか。いずれにしても、トップに立てる器ではない。不遇ではなく無能なのではなかろうか。曹植についてブログは半ばで、まだ続くが44回のどこを見ても宰相たる器ではない。逆に言えば、若しその器であれば、真っ先に殺されているだろう。重要ではない城主であることを喜ばなければならないという程度のものとしか「詩」を解析して思うことである。後半どうなるか楽しみではある。


太息將何為?天命與我違。
どの道を進んでよいのかわからず、大きなため息をもらすほかに一体なにができるだろうか。天命はわれわれに我慢と苦難の道をあたえているのだろか。(天は、反逆の機会を与えてくれないのか。)
○天命 『論語•季氏篇』 孔子曰 君子有三畏。畏天命,畏大人,畏聖人之言。(孔子曰く、君子に三畏(さんい)あり。天命を畏れ、大人(たいじん)を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎(な)れ、聖人の言を侮る。)“君子の抱く畏怖は小人にはない種類の畏れ(はばかり)であり、君子は『人智を超越した力や権威・徳』に対する敬意と畏怖の念を絶えず忘れないのである。反対に、徳や志といったものがない小人は、天命を畏怖せずに無視し、徳の優れた大人になれなれしくして、聖人の言葉を教訓にしようとする意志がないと言っている。”
○違 離れる。異なる道、試練の道。


奈何念同生,一往形不歸。
ああ何ともしょうがない、彰兄さんが生きている間に私がもっと頼りに思ってみたらよかったのか、しかし、彰兄さんはもはやこの世を去り、その肉体は、再び帰ってくることもないのである。
○同生 同母の兄弟をいう。ここでは曹彰をさす。曹丕(文帝)・任城王彰・陳思王植の三人は卞【べん】皇后を母とする。
○往 死ぬ。 


孤魂翔故城,靈柩寄京師。
彰兄さんの魂はひとりさまよって、もといた任城の地に翔ってかえり、ひっぎは、都の洛陽にしばらくとまっている。(それでよいのだろうか。)
〇故城 域に作るテキストもある。彰の任城をさす。この城は富養な土地で飢饉や政治を間違えば叛乱がおこるので重要な城であった。
〇霊柩 ひつぎ。
○寄 かりにおく。
○京師 洛陽をさす。


存者忽復過,亡歿身自衰。
まだ生きている私も君も、たちまちのうちに、かの彰兄さんのように、世を去らねはならぬ。亡くなってしまえば、その形骸は、おのずと朽ち果ててしまうものだ。(魂だけが城へ帰ってもどうしようもないのだ。)
○存者忽復過 曹植と彪をふくめて、人はたちまちのうちに次次と世を去ってゆく。
○亡歿身自衰 亡没すれば、形骸はおのずと朽ち果ててしまうという。


人生處一世,去若朝露晞。
人間として生きる以上、ひとたびこの世に生を受けて此処にいる以上何とかしたいととおもうけれど、その生涯はニラにおりた朝露が、朝日に見る間にかわかされるように、人間の命は朝露のようなものなのである。
○朝露 古詩十九首之第十三首其一、其二「浩浩陰陽移,年命如朝露。」(浩浩として陰陽移り、年命【ねんめい】朝露の如し。)“四季陰陽の変北はこうこうと果てしもなく、そこに住む人間の命は朝露のようなものである。”とある。人命の短くあわただしいことの形容。
〇晞 かわく。「薤蕗歌」に「薤上の露何んぞ晞き易き」は昔の挽歌で、貴族の葬式のとき、ひつぎを引きながら歌うもの。ニラの形状からもほかの葉にまだ梅雨がのころ時に露がついていないのでこのようにいう。


年在桑榆間,影響不能追。
朝日が桑畑から昇りニラ畑に沈む間に春から秋までに誰もが一年というものの間にしなければいけないのだ。光や響のようにすばやいもので、追いつくことのできないものだから、早くやらなければと思っているのだ。
○桑榆 桑は東(春)に植えるもので榆は西方にうえるものであり秋を意味する、日の出と夕暮れを意味し、春から秋をいみするもので、時の移り変わりを示す語である。東方日出處,指早晨;桑、(榆:指日落處,也指日暮。)・晼晚: 日が西落ちる。楚辭.宋玉.九辯:七段「白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。」(白日は晼晚して其れ將に入らんとす,明月は銷鑠して減毀す。)晼:日陰が傾く。「漢書」谷永伝に「太白西方に出づること六十日、尚桑稔の間にあり。」と見える。
○影響 光と音、ともにスピードの早いもの。時間の迅速にすぎさることにたとえた。


自顧非金石,咄唶令心悲。
しかし、私は、自分自身が、金のように輝く石、皇帝に慣れる器ではないとは思っているが、「チックショー」、ああ、こんなことを考えると心が悲しくなってしまう。
○顧 おもう。
非金石 「古詩」に「人生金石に非ず、豈に能く長く寿考ならんや。」と見える。
○咄唶 咄は叱呼の声(「訳文」)、曙は嘆声(「広駒」)。ここでは舌うちし、痛嘆をもらす声。いまようにいえば、「チックショー」であろう。


古詩源 漢の無名氏『西門行』。
出西門、歩念之、今日不作樂、當待何時。
夫爲樂、爲樂當及時。
何能坐愁拂鬱、當復待來茲。
飲醇酒、炙肥牛、請呼心所歡、可用解愁憂。
人生不滿百、常懷千歳憂。
晝短而夜長、何不秉燭游。
自非仙人王子喬、計會壽命難與期。
自非仙人王子喬、計會壽命難與期。
人壽非金石、年命安可期。
貪財愛惜費、但爲後世嗤。
西門行 漢の無名氏 詩<81-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩511 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1350


古詩十九首之第十一首
回車駕言邁,悠悠涉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。
所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。
人生非金石,豈能長壽考?奄忽隨物化,榮名以為寶。

古詩十九首之十一 漢の無名氏(11) 漢詩<98>Ⅱ李白に影響を与えた詩530 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1407


古詩十九首之第十三首
驅車上東門,遙望郭北墓。白楊何蕭蕭,松柏夾廣路。
下有陳死人,杳杳即長暮。潛寐黃泉下,千載永不寤。
浩浩陰陽移,年命如朝露。人生忽如寄,壽金石固。
萬歲更相送,賢聖莫能度。服食求神仙,多為藥所誤。
不如飲美酒,被服紈與素。

古詩十九首之十三 漢の無名氏(13)-1 漢詩<100-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩533 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1416