贈丁廙 曹植 魏詩<48-#2>

2013年2月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈丁廙 曹植 魏詩<48-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1983
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-2>Ⅱ中唐詩600 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1984
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集晚泊潯陽望廬山 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1986 (02/26)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 



贈丁廙 曹植 魏詩<48-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1983


贈丁廙
嘉賓填城闕,豐膳出中廚。吾與二三子,曲宴此城隅。
立派な賓客たちが城門の楼閣に勢ぞろいしていっぱいである。山海の珍味のごちそう豊富な食膳が調理場よりはこばれてくる。
私は二三人の友人と共にいる、それはこの城壁の小楼で、この者たちと心おきのない小宴をはるのである。

秦箏發西氣,齊瑟揚東謳。餚來不虛歸,觴至反無餘。
秦の筝は西方の国のメロディーを流し西方の気分にしてくれる。斉の瑟をかなでると東方の国の歌を声を張り上げて歌うのだ。
料理が来れば、すべて食らい残して還すことなどない。杯がまわって来れば、すべて飲みほして杯をかえすのである。

我豈狎異人,朋友與我俱。

だから、私はどうして意見の違う他人になれ親しむことがあろうか。気のおけない朋友がここにいっしょにいるではないか。

大國多良材,譬海出明珠。
大国には、有為の才能が、逸材が多い。たとえると、大海からかがやく真珠が産出されるというようなものだ。
君子義休偫,小人德無儲。
君子には正義がみごとにそなわっているが、小人には徳、義をたくわえる余地がないものだ。
積善有餘慶,榮枯立可須。
『易経・坤卦』にいう「積善の家には余慶ありという」善いことをすれば、その報いがあるというものだ。栄枯盛衰などというがそれは瞬時のうちに転変するものである。
滔盪固大節,時俗多所拘。
大らかな気持こそ、そのもととなるものであり、人生の大きな意義である。世人・俗人というものは何にでも詰まらぬことに拘りを持ち過ぎるというものである。
君子通大道,無願為世儒。

だから、君子というものは大道に通じなければいけないのだ。狭い了見の、権欲にすり寄った俗儒になろうと願うことなどあってはならないことなのだ。


丁翼【ていよく】に贈る
#1
嘉賓【かひん】城闕【じょうけつ】に墳ち、豊膳【ほうぜん】中廚【ちゅうちゅう】より出づ。
吾 二三子と与に、此の城隅【じょうぐう】に曲宴す。
秦箏【しんそう】西気を発し、斉瑟【せいしつ】東謳【とうおう】を揚ぐ。
餚【さかな】来りては虚しくは帰らず、觴【さかずき】至りては反【か】えすに余す無し。
我 豈に異人に狎【な】れんや、朋友 我と供にす。
#2
大国には良材多く、譬【たと】うれば海の明珠【めいじゅ】を出すがごとし。
君子 義は休【よ】く偫【そな】わり、小人 徳は儲うる無し。
善を積めば余慶【よけい】有り、栄枯【えいこ】立どころに須【ま】つ可し。
滔盪【とうとう】たるは固【もと】より大節にして、世俗は拘【こだわ】る所多し。
君子は大道に通ず、世儒【せじゅ】と為るを願うこと無かれ。

華山000
『贈丁廙』 現代語訳と訳註
(本文)
贈丁廙#2
大國多良材,譬海出明珠。
君子義休偫,小人德無儲。
積善有餘慶,榮枯立可須。
滔盪固大節,時俗多所拘。
君子通大道,無願為世儒。


(下し文)
#2
大国には良材多く、譬【たと】うれば海の明珠【めいじゅ】を出すがごとし。
君子 義は休【よ】く偫【そな】わり、小人 徳は儲うる無し。
善を積めば余慶【よけい】有り、栄枯【えいこ】立どころに須【ま】つ可し。
滔盪【とうとう】たるは固【もと】より大節にして、世俗は拘【こだわ】る所多し。
君子は大道に通ず、世儒【せじゅ】と為るを願うこと無かれ。


(現代語訳)
大国には、有為の才能が、逸材が多い。たとえると、大海からかがやく真珠が産出されるというようなものだ。
君子には正義がみごとにそなわっているが、小人には徳、義をたくわえる余地がないものだ。
『易経・坤卦』にいう「積善の家には余慶ありという」善いことをすれば、その報いがあるというものだ。栄枯盛衰などというがそれは瞬時のうちに転変するものである。
大らかな気持こそ、そのもととなるものであり、人生の大きな意義である。世人・俗人というものは何にでも詰まらぬことに拘りを持ち過ぎるというものである。
だから、君子というものは大道に通じなければいけないのだ。狭い了見の、権欲にすり寄った俗儒になろうと願うことなどあってはならないことなのだ。

原道 韓退之(韓愈)05
(訳注) 贈丁廙#2
○廙 (未詳―220年)字は敬礼、儀の弟で博学多識との評があった。曹植側近の一人。兄儀とともに文帝(曹丕)に忌まれ、黄初元年殺さる。「魏志」では「丁翼」に作る。この詩の制作時期は不明だが、黄初以前の作であることは勿論である


大國多良材,譬海出明珠。
大国には、有為の才能が、逸材が多い。たとえると、大海からかがやく真珠が産出されるというようなものだ。


君子義休偫,小人德無儲。
君子には正義がみごとにそなわっているが、小人には徳、義をたくわえる余地がないものだ。
○義 利欲にとらわれず、なすべきことをすること。正義。中国思想においては、常に「利」と対比される概念である。
○休偫 休1やすむ。2やめる。3やすみ。4さいわい。よろこび。5よい。うるわしい。りっぱな。美なり。偫は具備の意。


積善有餘慶,榮枯立可須。
『易経・坤卦』にいう「積善の家には余慶ありという」善いことをすれば、その報いがあるというものだ。栄枯盛衰などというがそれは瞬時のうちに転変するものである。
○積善 「積善の家に余慶あり」『易経・坤卦』
善行を重ねているような人の家庭には、自然にめでたいことが集まってくる。人知れず善いことを積み重ねていくよう努力することは決して無駄にはならない。
基本的な筋として、天地の理・宇宙の運行と人間の運命との関連を追求した書で「善いことをすれば、その報いがある」という因果応報の考え方は、自然の理によるものという理想に裏付けられている。「余慶」とは慶事の余ったものの意味で、十分に良いことがあるということを意味する。
○須 待つ 


滔盪固大節,時俗多所拘。
大らかな気持こそ、そのもととなるものであり、人生の大きな意義である。世人・俗人というものは何にでも詰まらぬことに拘りを持ち過ぎるというものである。
○滔盪 広大なるさま。


君子通大道,無願為世儒。
だから、君子というものは大道に通じなければいけないのだ。狭い了見の、権欲にすり寄った俗儒になろうと願うことなどあってはならないことなのだ。
○世儒 俗儒の意。儒者を名乗るも俗人的な振る舞いをする、権欲にすり寄った儒学者というところか。王充(2796年頃)後漢の文人。道教、儒教に対して厳しい批判を行なっている。『論衡』問孔篇に「世儒学者、好みて師を信じて古を是とし、もって聖賢の言う所皆非なること無しと為す。専ら講習に精しく難問を知らず。」と見える。