白馬篇

2013年3月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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白馬篇 曹植 魏詩<52-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2023


白馬篇
白馬飾金羈,連翩西北馳。
白馬には黄金のおもがいを飾り、馬を連ねての早く軽やかにかけ、西北の戦地をめざして疾駆する。
借問誰家子?幽幷遊俠兒。
あの勇士の若者はどこの家のものかと問うてみた、勇士の名門の幽州、幷州出身の遊侠のものだという。
少小去鄉邑,揚名沙漠垂。
小さいころに郷里を離れたものであり、年若くして辺境の砂漠においてその名をあげているという。
宿昔秉良弓,楛矢何參差。
彼はその昔、良弓を手に、箙にさした矢が取りやすくして背にさしている。
#2
控弦破左的,右發摧月支。
弦をひけば、まず、左のぶら下がっているまとを破り、右に矢を放てば、月支の板のまとをくだいた。
仰手接飛猱,俯身散馬蹄。
また手を高くあげて合図して、飛び上がっている猿を迎え射ち、身を低くして、馬蹄のまとをコナゴナにした。
(紙の「左的」,板の「月支」、飛び上がっている「猿」、ロープの「馬蹄」ここまで次第に難しくなる4つの的をことごとく射抜いた。)

狡捷過猴猿,勇剽若豹螭。
その敏捷さたるや、猴、猿をもはるかにしのぎ、勇敢であり俊敏・軽快なることは、まるで豹かミズチかと見紛うばかりである。
邊城多驚急,虜騎數遷移。
国境の城塞では非常事態がしばしばおこるものであるが、それは、遊牧の異民族どもが不意に移動してくるに対処するためである。
羽檄從北來,厲馬登高堤。
兵を緊急召集する文書が北からくると、さんざん馬にむちうち、敵兵を食い止めるための防塁のところまで駆けつけるのである
#3
長驅蹈匈奴,左顧陵鮮卑。
棄身鋒刃端,性命安可懷。
父母且不顧,何言子與妻。
名在壯士籍,不得中顧私。
捐軀赴國難,視死忽如歸。


白馬 金羈を飾り、連翩として西北に翩す。
借問す 誰が家の子ぞ、幽幷の遊侠児。
少小にして郷邑を去り、声を沙漠の垂に揚ぐ。
宿昔 良弓を秉り、楛矢 何んぞ参差たる。

#2
弦を控きて左的を破り、右に発して月支を摧く。
手を仰げて飛猱を接ち、身を俯して馬蹄を散ず。
狡捷なる 猴猿に過ぎ、勇別なる 豹螭の若し。
邊城 驚急多く,虜騎 數ば遷移す。
羽檄 北從り來り,馬を厲まして高堤に登る。
#3
長驅して匈奴を蹈み,左顧して鮮卑を陵がん。
身を鋒刃の端に棄つ,性命 安んぞ懷う可けん。
父母すら且つ顧みず,何んぞ子と妻に言わん。
名は壯士の籍に在り,中に私を顧みるを得ず。
軀を捐てて國難に赴むく,死を視ること忽ち歸する如がし。


『白馬篇』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
控弦破左的,右發摧月支。
仰手接飛猱,俯身散馬蹄。
狡捷過猴猿,勇剽若豹螭。
邊城多驚急,虜騎數遷移。
羽檄從北來,厲馬登高堤。


(下し文)
弦を控きて左的を破り、右に発して月支を摧く。
手を仰げて飛猱を接ち、身を俯して馬蹄を散ず。
狡捷なる 猴猿に過ぎ、勇別なる 豹螭の若し。
邊城 驚急多く,虜騎 數ば遷移す。
羽檄 北從り來り,馬を厲まして高堤に登る。


(現代語訳)
弦をひけば、まず、左のぶら下がっているまとを破り、右に矢を放てば、月支の板のまとをくだいた。
また手を高くあげて合図して、飛び上がっている猿を迎え射ち、身を低くして、馬蹄のまとをコナゴナにした。
(紙の「左的」,板の「月支」、飛び上がっている「猿」、
ロープの「馬蹄」ここまで次第に難しくなる4つの的をことごとく射抜いた。)
その敏捷さたるや、猴、猿をもはるかにしのぎ、勇敢であり俊敏・軽快なることは、まるで豹かミズチかと見紛うばかりである。
国境の城塞では非常事態がしばしばおこるものであるが、それは、遊牧の異民族どもが不意に移動してくるに対処するためである。
兵を緊急召集する文書が北からくると、さんざん馬にむちうち、敵兵を食い止めるための防塁のところまで駆けつけるのである。


(訳注) #2
○白馬篇 白馬にのる勇士の歌。「白馬篇」という題名の由来は、「名都篇」「美女篇」などと同じく、首句の二字をあてたもの。この詩は、曹操の勇臣で、幷州(山西・陝西の北部にあたる。)雁門出身の張遼のために作ったもので、建安十二年に、張遼が先鋒となり、「長駆して匈奴を踏ん」だ事実へ「魏志」武帝紀)ありという。この詩はを、李白、杜甫、王昌齢などの党の詩人と違い、曹植の体験による写実の作であるといわれているだけに迫力が違う。この詩の制作年代は、建安年間である。


控弦破左的,右發摧月支。
弦をひけば、まず、左のぶら下がっているまとを破り、右に矢を放てば、月支の板のまとをくだいた。
○控弦 弓を番える。ひくこと。
○左的 紙が張ってある左方のまと。
○推 破壊する。
〇月支 素支ともいう。板の的の別名。


仰手接飛猱,俯身散馬蹄。
また手を高くあげて合図して、飛び上がっている猿を迎え射ち、身を低くして、馬蹄のまとをコナゴナにした。
○接 飛ぶものを迎えて射ること
○飛猱 飛び上がっている猿。
○散 失で射あてて、バラバラにする。
○馬蹄 馬蹄の的、月支と同じく別の的名。ロープを張って馬蹄をかけておく。当たれば飛び散る。
紙の「左的」,板の「月支」、飛び上がっている「猿」、ロープの「馬蹄」ここまで次第に難しくなる4つの的をことごとく射抜いた。


狡捷過猴猿,勇剽若豹螭。
その敏捷さたるや、猴、猿をもはるかにしのぎ、勇敢であり俊敏・軽快なることは、まるで豹かミズチかと見紛うばかりである。
〇狡捷 敏捷。
○猴猿 どちらも猿。サルの中のサル。さるとさる。猿がたくさんいることであろう。
○勇剽 功敢で軽快。
○豹螭 獣の一種。豹とミズチ。


邊城多驚急,虜騎數遷移。
国境の城塞では非常事態がしばしばおこるものであるが、それは、遊牧の異民族どもが不意に移動してくるに対処するためである。
○辺城 国境の城塞。
○驚急 事変突発の報
○虜騎 北方の民族で遊牧生活を営む異民族をいう。匈奴をさしていう場合もある。虜とは外敵に対する属称で、異民族を蔑む意味である。
○遷移 居所をかえる遊牧民族なるが故に当然である。そのため定住する農耕の漢族と紛争も起る。


羽檄從北來,厲馬登高堤。
兵を緊急召集する文書が北からくると、さんざん馬にむちうち、敵兵を食い止めるための防塁のところまで駆けつけるのである。
○羽檄 檄とは兵を徴集する時に用いる文事長さ一尺二寸(中国尺)の木札。羽は木簡に羽をつければ、緊急の意味になることを示すもので「羽檄」という。
○属馬 馬をむちうって、早く走らすこと。
○登高堤 敵兵を食い止めるための防塁。万里の長城の小型の様なもの。塹壕もあったのではなかろうか。