遠游篇 曹植
天地に遊ぶ歌。「楽府詩集」では雑曲歌辞に入れる。遠游とは「楚辞」の篇名であり、屈原の作とされる。

2013年3月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩遠游篇 曹植 魏<59-#1>曹子建集 卷第六 樂府 715 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2123
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#11>Ⅱ中唐詩628 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2124
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集惡樹 杜甫 <436>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2125 杜甫詩1000-436-619/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登池上樓 謝霊運<25> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2126 (03/26)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送別 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-116-51-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2127
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

遠游篇 曹植 魏<59-#1>曹子建集 卷第六 樂府 715 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2123
曹子建集 卷第六 樂府



遠遊篇
遠遊臨四海,俯仰觀洪波。
遠遠くに遊びたいと四海に臨むのである。時代の不安定さのような伏しつ仰ぎつしてくる大きな波を見るのである。
大魚若曲陵,承浪相經過。
大きな魚は真中が隆起して屈曲する丘のようである波をかぶって波と魚は共に目の前を通りすぎる。
靈鰲戴方丈,神岳儼嵯峨。
霊妙な大亀は、背に方丈山をのせるという。神仙のすむ山は、いかめしくもそびえたっている。
仙人翔其隅,玉女戲其阿。
仙人はその一隅をかけり飛びあがる、玉女は屈曲した大きな丘の奥まったところで、たわむれ遊ぶのである。
瓊蕊可療飢,仰首吸朝霞。

赤い美玉で飢をいやさないといけないし、王子喬のようにあおいで正陽の気に口すすぎ、朝がすみを吸う。


#2
崑崙本吾宅,中州非我家。
將歸謁東父,一舉超流沙。
鼓翼舞時風,長嘯激清歌。
金石固易弊,日月同光華。
齊年與天地,萬乘安足多。

遠游して四海に臨み、俯仰して洪波を観る。
大魚は曲陵の若く、浪を承けて相い経過す。
靈鰲 方丈を戴き、神嶽 儼として嵯峨たり。
仙人 其の隅を翔けり、玉女 共の阿に戯る。
瓊蕊 飢を療す可く、仰ぎて漱ぎ 朝霞を吸う。

#2
崑崙は本もと吾が宅にして、中州は我が家には非ず。
将に帰りて東父に謁せんとし、一たび挙がりて流沙を超ゆ。
翼を鼓して時なる風に舞い、長く嘯きて清歌を激す。
金石 固より弊れ易し、日月と光華を同じくし。
年を天地と与に斉しくせん、万乗 安んぞ多となすに足らんや。


『遠遊篇』 現代語訳と訳註
(本文)
遠遊篇
4岳陽樓詩人003遠遊臨四海,俯仰觀洪波。
大魚若曲陵,承浪相經過。
靈鰲戴方丈,神岳儼嵯峨。
仙人翔其隅,玉女戲其阿。
瓊蕊可療飢,仰首吸朝霞。


(下し文)
遠游して四海に臨み、俯仰して洪波を観る。
大魚は曲陵の若く、浪を承けて相い経過す。
靈鰲 方丈を戴き、神嶽 儼として嵯峨たり。
仙人 其の隅を翔けり、玉女 共の阿に戯る。
瓊蕊 飢を療す可く、仰ぎて漱ぎ 朝霞を吸う。


(現代語訳)
遠遠くに遊びたいと四海に臨むのである。時代の不安定さのような伏しつ仰ぎつしてくる大きな波を見るのである。
大きな魚は真中が隆起して屈曲する丘のようである波をかぶって波と魚は共に目の前を通りすぎる。
霊妙な大亀は、背に方丈山をのせるという。神仙のすむ山は、いかめしくもそびえたっている。
仙人はその一隅をかけり飛びあがる、玉女は屈曲した大きな丘の奥まったところで、たわむれ遊ぶのである。
赤い美玉で飢をいやさないといけないし、王子喬のようにあおいで正陽の気に口すすぎ、朝がすみを吸う。


wakaba002(訳注)
遠遊篇
遠遊篇 天地に遊ぶ歌。「楽府詩集」では雑曲歌辞に入れる。遠游とは「楚辞」の篇名であり、屈原の作とされる。
楚辞 遠游 (初めの八句)
悲時俗之近阨兮,願輕舉而遠遊。
質菲薄而無因兮,焉托乘而上浮?
遭沈濁而污穢兮,獨鬱結其誰語!
夜耿耿而不寐兮,魂營營而至曙。

時俗の近阨を悲しみ、軽挙して遠游せんことを願う。質菲薄にして因るなく、焉んぞ託乗して上浮せん。
沈濁にして污穢なるに遭いて,獨り鬱結して其れ誰にか語らん!
夜 耿耿として寐ねず,魂 營營として曙に至る。
世の習わしの窮屈なのを悲しみ、身も軽く天に上がって、遠くに遊びたいと願うけれども、生まれつき才が薄くて、その方法もなく、何に身を寄せて乗り、天に昇ろうか。
深く濁って汚れた世に遭い、ひとり気はふさがり結ばれて、いったい誰に心を語ろうか。夜は憂い懼れて眠られず、私の魂は迷い続けて夜明けに至るのである。

曹植は、楚辞の遠游に倣いこの篇を作った。
この篇の制作年代は建安年間と推定する。


遠遊臨四海,俯仰觀洪波。
遠遠くに遊びたいと四海に臨むのである。時代の不安定さのような伏しつ仰ぎつしてくる大きな波を見るのである。
○四海 中国の四方をとりまく四つの海。地の果ては海という中華思想のひとつの思想。
○洪波 大きな波。洪波(おおなみ)。洪濤(こうとう)。時代の不安定さをいみするために使っている。又、洪波台 邯鄲の東平郡成安城にあった軍司令部で、その地域の行政も兼ねて行うところ。徴兵されたものが集結して、ここから北方辺境守備、玉門関に向かうこともあった古代より、西域の局地戦が激しくなっていた。


大魚若曲陵,承浪相經過。
大きな魚は真中が隆起して屈曲する丘のようである波をかぶって波と魚は共に目の前を通りすぎる。
○曲陵 屈曲せる大きな丘。「詩経」大雅、皇矢に「我が陵我が阿」とあり、陵は真中が隆起している。


靈鰲戴方丈,神岳儼嵯峨。
霊妙な大亀は、背に方丈山をのせるという。神仙のすむ山は、いかめしくもそびえたっている。
○霊電戴方丈 方丈は方壷ともいう。海中に浮ぶ神仙三山(蓬莱・方丈・瀛州)の一つ。これらの仙山は根がなく、常に浮動していたので、上帝は大亀の背にのせて安定せしめたという。
○神嶽 方丈をさす。
○儼 いかめしく。
○嵯峨 峻険なるさま。


仙人翔其隅,玉女戲其阿。
仙人はその一隅をかけり飛びあがる、玉女は屈曲した大きな丘の奥まったところで、たわむれ遊ぶのである。
○玉女 仙女のこと。
○阿 屈曲した大きな丘の奥まった所をさす。


瓊蕊可療飢,仰首吸朝霞。
赤い美玉で飢をいやさないといけないし、王子喬のようにあおいで正陽の気に口すすぎ、朝がすみを吸う。
花蕊夫人006○瓊蕊 美玉の中実。仙人の食物。美しい玉、玉のように美しい、赤い玉、サイコロという意味がある。〔説文解字・巻一〕には「赤玉なり。玉に從ひ瓊蕊」とある。〔詩経・衞風・木瓜〕の「報之以瓊琚」(之れに報ずるに瓊琚を以ってす)について、〔毛伝〕で「瓊、玉の美なる者なり」と注しており、美しい玉という意味、また瓊のように美しいという修飾語として用いられる。 
○仰漱吸朝霞 漱はくちすすぐこと。朝霞は日が出るときにたなびく赤黄色の気、三通が引く「明経」によれば春の気である。「楚辞」遠游・四段に「漱正陽而含朝霞」(正陽に漱【くちすす】ぎて朝霞【ちょうか】を含む。」と見える。仙人王子喬のおこなっていることである。