遠游篇 曹植 魏<59-#2>曹子建集 卷第六 樂府

2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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遠遊篇
遠遊臨四海,俯仰觀洪波。
遠くに遊びたいと四海に臨むのである。時代の不安定さのような伏しつ仰ぎつしてくる大きな波を見るのである。
大魚若曲陵,承浪相經過。
大きな魚は真中が隆起して屈曲する丘のようである波をかぶって波と魚は共に目の前を通りすぎる。
靈鰲戴方丈,神岳儼嵯峨。
霊妙な大亀は、背に方丈山をのせるという。神仙のすむ山は、いかめしくもそびえたっている。
仙人翔其隅,玉女戲其阿。
仙人はその一隅をかけり飛びあがる、玉女は屈曲した大きな丘の奥まったところで、たわむれ遊ぶのである。
瓊蕊可療飢,仰首吸朝霞。

赤い美玉で飢をいやさないといけないし、王子喬のようにあおいで正陽の気に口すすぎ、朝がすみを吸う。
#2
崑崙本吾宅,中州非我家。
崑崙の山は、もともと我が住居である。みやこは、私の家ではない。
將歸謁東父,一舉超流沙。
さあ、わたしは帰って、東王父に謁見することにしよう。そして一挙に飛んで沙漠をこえよう。
鼓翼舞時風,長嘯激清歌。
翼をはばたいて、順風に舞いあがろう。、長く口笛を吹いて、清澄な響きの歌を激しい調子で歌うのである。
金石固易弊,日月同光華。
金石であっても、やはりこわれやすいものだ。日や月とその輝く光を同じようにかがやかそう。
齊年與天地,萬乘安足多。
天や地とその生命を同化するのが、私の願いなのであって、万乗の天子の地位など、けっしては満足できるものではないのである。

漢文委員会紀頌之タイトル










遠游して四海に臨み、俯仰して洪波を観る。
大魚は曲陵の若く、浪を承けて相い経過す。
靈鰲 方丈を戴き、神嶽 儼として嵯峨たり。
仙人 其の隅を翔けり、玉女 共の阿に戯る。
瓊蕊 飢を療す可く、仰ぎて漱ぎ 朝霞を吸う。
#2
崑崙は本もと吾が宅にして、中州は我が家には非ず。
将に帰りて東父に謁せんとし、一たび挙がりて流沙を超ゆ。
翼を鼓して時なる風に舞い、長く嘯きて清歌を激す。
金石 固より弊れ易し、日月と光華を同じくし。
年を天地と与に斉しくせん、万乗 安んぞ多となすに足らんや。


『遠遊篇』 現代語訳と訳註
(本文)
遠遊篇#2
崑崙本吾宅,中州非我家。
將歸謁東父,一舉超流沙。
鼓翼舞時風,長嘯激清歌。
金石固易弊,日月同光華。
齊年與天地,萬乘安足多。


(下し文) #2
華山000崑崙は本もと吾が宅にして、中州は我が家には非ず。
将に帰りて東父に謁せんとし、一たび挙がりて流沙を超ゆ。
翼を鼓して時なる風に舞い、長く嘯きて清歌を激す。
金石 固より弊れ易し、日月と光華を同じくし。
年を天地と与に斉しくせん、万乗 安んぞ多となすに足らんや。


(現代語訳)
崑崙の山は、もともと我が住居である。みやこは、私の家ではない。
さあ、わたしは帰って、東王父に謁見することにしよう。そして一挙に飛んで沙漠をこえよう。
翼をはばたいて、順風に舞いあがろう。、長く口笛を吹いて、清澄な響きの歌を激しい調子で歌うのである。
金石であっても、やはりこわれやすいものだ。日や月とその輝く光を同じようにかがやかそう。
天や地とその生命を同化するのが、私の願いなのであって、万乗の天子の地位など、けっしては満足できるものではないのである。


(訳注) #2
遠遊篇
天地に遊ぶ歌。「楽府詩集」では雑曲歌辞に入れる。遠游とは「楚辞」の篇名であり、屈原の作とされる。
「楚辞」遠游について 王逸の解題に、
「遠遊は屈原の作であって、屈原が方直の行ないを履みながら世に入れられず、君に捨てられ、衆人に苦しめられ、山野をさまよいつつ、深く唯一の幽玄な真理を思い、心を淡泊に持して世を救おうと思うと、心は憤然として美しい文章となった。彼は篇中で、仙人と共に遊戯して、天地を周遊し、到らぬ所がなかったが、やはり楚国と故旧の人々とを忘れかねたのは、忠信仁義の心の厚いところであった。そこで君子はその志をめで、その辞を美しいと思うのである。」
といっている。


nat0022崑崙の山は、もともと我が住居である。みやこは、私の家ではない。
○崑崙 西方にある山で、神仙の住む所。「楚辞」九章、渉江に「崑崙に登り、玉英を食い」と見える。
○中州 帝都のあるところをさす。


將歸謁東父,一舉超流沙。
さあ、わたしは帰って、東王父に謁見することにしよう。そして一挙に飛んで沙漠をこえよう。
○東父 東王父(とうおうふ)は、中国の神話上の仙人。西王母に対応する。西王母が女仙を統率するのに対し、東王公は男仙を統率する。東王公、東華帝君、東父、東君とも。西王母が、神話や伝説、小説などに頻繁に登場するのに対し、東王父は、あまり登場しない。これは、西王母が先に成立し、それに対応する形で東王父が生まれたとされる成立事情に関係があると思われる。
○流沙 西北の沙漠をいう。


鼓翼舞時風,長嘯激清歌。
翼をはばたいて、順風に舞いあがろう。、長く口笛を吹いて、清澄な響きの歌を激しい調子で歌うのである。
○時風 よい時にふく風。
○嘯 口笛をふく。
○激清歌 清歌を急激な調子で歌うことをいう。清歌とはよく響くすんだ調子の歌のこと。清歌は仙人にふさわしいものらしい。


金石固易弊,日月同光華。
金石であっても、やはりこわれやすいものだ。日や月とその輝く光を同じようにかがやかそう。
○金石 金属と石。堅固不変のたとえで、「古詩」にも「人生は金石に非らはず。」といった表現が見えるが、ここではその金石でさえ、天地とともにはあり得ないという意味で用いる。
○日月岡光華、斉年与天地 「楚辞」九章、(二)渉江に「崑崙に登って玉英を食らい、天地と寿を同じくし、日月と光を斉じくせん。」と見える。


齊年與天地,萬乘安足多。
天や地とその生命を同化するのが、私の願いなのであって、万乗の天子の地位など、けっしては満足できるものではないのである。
○万乗 天子をいう。一乗とは一こと車四馬をいう。「乗」は車の意。中国の周代、天子は直轄地から戦時に兵車1万台を徴発することができたところから、天子。また、天子の位。
○安足多 どうして自分の気持ちを満足させることがあろうか。