曹植《吁嗟篇》 魏詩 曹植詩 第73-#1首目
流転の歌。この篇は転ぶ蓬に自己をたとえ、流転生活の悲愁を歌うが、悲愁は同胞離散のうらみをこめて、きわめて激烈な調子でつづられている。228年太和二年以後の作と推定しているのが通説のようだ。

2013年4月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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吁嗟篇 魏詩<73-#1> 女性詩744 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2268


吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
yamanoki01長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
卒遇迴風起,吹我入雲間。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。

自謂終天路,忽然下沉泉。
驚飆接我出,故歸彼中田。
當南而更北,謂東而反西。
宕宕當何依?忽亡而復存。

飄颻周八澤,連翩歷五山。
流轉無恆處,誰知吾苦艱。
願為中林草,秋隨野火燔。
糜滅豈不痛,願與株荄連。


『吁嗟篇』 現代語訳と訳註
(本文)
吁嗟篇
吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
長去本根逝,宿夜無休閒。
東西經七陌,南北越九阡。
卒遇迴風起,吹我入雲間。


(下し文)
呼嗟 此の転蓬、世に居る 何んぞ独り然るや。
長く本根を去りて瀞き、夙夜 休閑無し。
東西 七階を経、南北 九肝を題ゆ。
卒に同風の起るに遇い、我を吹きで雲間に入れり。


(現代語訳)
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。


(訳注)
吁嗟篇

〇吁嗟篇 流転の歌。この篇は転ぶ蓬に自己をたとえ、流転生活の悲愁を歌うが、悲愁は同胞離散のうらみをこめて、きわめて激烈な調子でつづられている。228年太和二年以後の作と推定しているのが通説のようだ。


吁嗟此轉蓬,居世何獨然。
ああ、ここに転びゆくよもぎがある。この世にあるもので、どうしてお前だけが、この「轉蓬」となるのあろうか。
○呼嗟ああ。嘆辞。
○転蓬 転ぶよもぎ。○転蓬 風に吹かれて転びゆく蓬。蓬は菊科の多年生草本、蓬は秋風が吹くや、根より抜けて風のまにまに飛ぶ。「飛蓬」ともいう。はかない人生の此喩として頻用される。多くの詩人が点々と旅する身を詠う。漂泊についても使う。
曹植『雜詩六首 其二』
轉蓬離本根,飄颻長隨風。
何意回飆舉,吹我入雲中。
高高上無極,天路安可窮。
類此遊客子,捐軀遠從戎。
毛褐不掩形,薇藿常不充。
去去莫復道,沈憂令人老。

転びゆく蓬は、もとの根より離れ、ひらひらと、遠く風の吹くまにまにひるがえってとばされる。
ところが、思いがけなくも、つむじ風が巻きおこったとすると我々蓬は雲中高く吹きあげられてしまうのだ。
高く高く吹き上げられると、どこまでも限りなく飛ばされるのだ。しかし、天の路こそは、どうしてその窮極の先まで行くというのか。
これはさすらう旅人に似ているというものであり、その身を犠牲にして、遠く従軍するというのはこのことをいうものなのだ。
その旅人が冬にきる短い皮ごろもは、身体を全ておおうことにならないし、食べるものも、わらびや豆の葉などで、いつも腹をみたすことはできないのである。
こんな話はやめなければ、そうだもうもうやめよう。二度とこのような言葉は繰りかえすことはしない。こんな深い憂愁な気分でいることは人をふけさせるものでしかないのだ。


長去本根逝,宿夜無休閒。
よもぎはもとの根よりはるか遠くまで去ってゆくのであり、朝早くから夜おそくまで、休むひまはないのである。
○長 はるかに、遠く。
○宿夜/夙夜 夙は早朝、夜は深夜。
○休閒 のんびりすること。


東西經七陌,南北越九阡。
東西に、七つのあぜみちをとびすぎたかと思うと、南北に、九つのあぜみちをとびこえる。
〇七陌,九阡 陌,阡はともに田の中の畦で、束‥西を陌といい、南北を阡という。


卒遇迴風起,吹我入雲間。
突如としておこったつむじ風に巻きこまれ、雲間に吹き上げられる。これなら、われわれ「轉蓬」は天の路の終点まで行けるということだ。
○卒 にわかに
○迴風 つむじかぜ。風。曹植「雜詩」其二に「何意回飆舉,吹我入雲中。」(何んぞ意わん迴風の挙がり、我を吹きで雲中に入れんとは。)/回飆 旋風。飆は上から下に吹く風。