曹植 《責躬詩》 魏詩
作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。
四六駢儷体の文 『上責躬應詔詩表』が#1~#7あり、

上責躬應詔詩表  曹植 魏詩<74>文選 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283
そしてこの詩『責躬詩』があり、#1~#12と掲載する。

oborotsuki01h


責躬
於穆顯考,時惟武皇。受命於天,寧濟四方。
朱旗所拂,九土披攘。玄化滂流,荒服來王。

超商越周,與唐比蹤。篤生我皇,奕世載聰。
武則肅烈,文則時雍。受禪於漢,君臨萬邦。

萬邦既化,率由舊章。廣命懿親,以藩王國。
帝曰爾侯,君茲青土。奄有海濱,方周於魯。

車服有輝,旗章有敘。濟濟俊?,我弼我輔。
伊爾小子,恃寵驕盈。舉掛時網,動亂國經。

作藩作屏,先軌是墮。傲我皇使,犯我朝儀。
國有典刑,我削我黜。將寘於理,元兇是率。

明明天子,時惟篤類。不忍我刑,暴之朝肆。
違彼執憲,哀予小子。改封兗邑,於河之濱。

股肱弗置,有君無臣。荒淫之闕,誰弼余身。
煢煢僕夫,於彼冀方。嗟予小子,乃罹斯殃。

赫赫天子,恩不遺物。冠我玄冕,要我朱紱。
光光大使,我榮我華。剖符授玉,王爵是加。

仰齒金璽,俯執聖策。皇恩過隆,祗承怵惕。
咨我小子,頑凶是嬰。逝慚陵墓,存愧闕庭。

匪敢傲德,實恩是恃。威靈改加,足以沒齒。
昊天罔極,生命不圖。常懼顛沛,抱罪黃壚。

願蒙矢石,建旗東嶽。庶立毫釐,微功自贖。
危軀授命,知足免戾。甘赴江湘,奮戈吳越。

天啟其衷,得會京畿。遲奉聖顏,如渴如飢。
心之雲慕,愴矣其悲。天高聽卑,皇肯照微。


責躬
於穆顯考,時惟武皇。
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先
受命於天,寧濟四方。
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。
朱旗所拂,九土披攘。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
玄化滂流,荒服來王。

道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した
(窮を責むる詩)
於【ああ】穆【ぼく】たる【けんこう】、時れ惟れ武皇【ぶこう】、
命を天に受け、四方を寧済【ねいさい】す。
朱旗の排【はら】ふ所、九土は【ひじょう】し、
玄化【げんか】【あまねく】く流れ、荒服【こうふく】來王す。


『責躬詩』 現代語訳と訳註
(本文)
責躬
於穆顯考,時惟武皇。受命於天,寧濟四方。
朱旗所拂,九土披攘。玄化滂流,荒服來王。


(下し文)
(窮を責むる詩)
於【ああ】穆【ぼく】たる【けんこう】、時れ惟れ武皇【ぶこう】、
命を天に受け、四方を寧済【ねいさい】す。
朱旗の排【はら】ふ所、九土は【ひじょう】し、
玄化【げんか】【あまねく】く流れ、荒服【こうふく】來王す。


(現代語訳)
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した。


(訳注)
責躬詩

曹植自身の非を責めて天子に拝謁を願う詩。
詩がうますぎて心が伝わらないのが曹植の欠点であろう。


於穆顯考,時惟武皇。
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先考武帝(曹操)である。
〇於穆 於は歎辞、穆は美、又探遠のさま。
〇顯考 光明の徳ある父の武帝曹操を指す。
○武皇 魏の武帝。


受命於天,寧濟四方。
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。


朱旗所拂,九土披攘。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
〇朱旗 漢は火徳をもって王となる。故にその旗は赤い。曹操は漢を助けて赤旗を用いる。
〇九土 五行思想で中國全土を九州に分った。


玄化滂流,荒服來王。
道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した。
〇玄化 玄は道。道徳の変革。
〇荒服 中國九州の外の最も遠く隔たった地。王畿を去る二千里より二千五百里に至るの地。五服(匈服・侯服・綏服・要服・荒服、毎服五百里ずつ順次荒服に及ぶ)中最も僻遠の地。ご‐ふく【五服】①中国古代に、京畿を中心として、その周囲500里ごとに分けた五つの地域。近くから順に甸(でん)服・侯服・綏(すい)服・要服・荒服。
②中国の五等の喪服。斬衰(ざんさい)・斉衰(しさい)・大功・小功・緦麻(しま)。父の場合は斬衰を3年、母の場合は斉衰を3年着用するなどの別がある。③中国古代の五等の制服。天子(王)・諸侯(公)・卿・大夫・士の服装。


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