曹植 《責躬詩》 
曹植自身の非を責めて天子に拝謁を願う詩。今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。

2013年5月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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責躬詩 曹植 魏詩<75ー#2>古詩源 巻三 女性詩755 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2323


責躬
於穆顯考,時惟武皇。
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先
受命於天,寧濟四方。
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。
朱旗所拂,九土披攘。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
玄化滂流,荒服來王。

道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した
#2
超商越周,與唐比蹤。
殷の湯王や周の武王にもまさり、帝堯陶唐氏にも及ぶというべきである。
篤生我皇,奕世載聰。
今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。
武則肅烈,文則時雍。
すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。
受禪於漢,君臨萬邦。

漢より禅譲を受け、万国に君臨せられることとなった。

(窮を責むる詩)
於【ああ】穆【ぼく】たる【けんこう】、時れ惟れ武皇【ぶこう】、
命を天に受け、四方を寧済【ねいさい】す。
朱旗の排【はら】ふ所、九土は【ひじょう】し、
玄化【げんか】【あまねく】く流れ、荒服【こうふく】來王す。
#2
商【しょう】に超え周に越【こ】え、唐と蹤【あと】を比ぶ。
篤く我が皇を生み、奕世【えきせい】聰【そう】を載せ、
武は則ち肅烈【しゅくれつ】、文は則ち【時雍じよう】、
禪【ぜん】を漢に受け、萬邦に君臨す。

#3
萬邦既化,率由舊章。廣命懿親,以藩王國。
帝曰爾侯,君茲青土。奄有海濱,方周於魯。


『責躬詩』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
超商越周,與唐比蹤。篤生我皇,奕世載聰。
武則肅烈,文則時雍。受禪於漢,君臨萬邦。


(下し文)#2
商【しょう】に超え周に越【こ】え、唐と蹤【あと】を比ぶ。
篤く我が皇を生み、奕世【えきせい】聰【そう】を載せ、
武は則ち肅烈【しゅくれつ】、文は則ち【時雍じよう】、
禪【ぜん】を漢に受け、萬邦に君臨す。


(現代語訳)
殷の湯王や周の武王にもまさり、帝堯陶唐氏にも及ぶというべきである。
今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。
すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。
漢より禅譲を受け、万国に君臨せられることとなった。


(訳注) #2
責躬詩

曹植自身の非を責めて天子に拝謁を願う詩。


超商越周,與唐比蹤。
殷の湯王や周の武王にもまさり、帝堯陶唐氏にも及ぶというべきである。
○超商越周 殷の湯王や周の武王。
〇与唐比躍 股周は放伐をもって天下を取り、磨虞は禅譲による。魂は漠の禅を受けたので、唐に比すといった。


篤生我皇,奕世載聰。
今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。
〇我皇 文帝曹丕を指す。


武則肅烈,文則時雍。
すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。
〇雍 和やかな.雍容 [形]《書》おうような,おっとりした雍容。


受禪於漢,君臨萬邦。
漢より禅譲を受け、万国に君臨せられることとなった。
○禪 禅譲。天子(ほとんどの場合、皇帝)が、その地位を血縁者でない有徳の人物に譲ることである。実際には、歴史上禅譲と称していても譲られる側が強制して行われていることが多い。
○君臨 ①主君として国家を統治すること。 ②ある分野で、強大な力を持って他を支配すること。