曹植 《責躬詩》  
 幸いにも天子は心にわだかまりのないところで兄弟の情を厚く思し召されたのだ。私を朝廷における、裁判においてすべて暴かれ、刑にて罰するには忍びないとされたのである。

2013年5月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#6>文選 上 献詩 女性詩759 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2343
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2345 杜甫詩1000-475-663/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集君子有所思行 謝霊運(康楽) <69> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2346 (05/09)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

責躬詩 曹植 魏詩<75ー#6>文選 上 献詩 女性詩759 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2343


於穆顯考,時惟武皇。
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先
受命於天,寧濟四方。
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。
朱旗所拂,九土披攘。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
玄化滂流,荒服來王。
道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した
#2
超商越周,與唐比蹤。
殷の湯王や周の武王にもまさり、帝堯陶唐氏にも及ぶというべきである。
篤生我皇,奕世載聰。
今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。
武則肅烈,文則時雍。
すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。
受禪於漢,君臨萬邦。

漢より禅譲を受け、万国に君臨せられることとなった。
#3
萬邦既化,率由舊章。
万国はすでに朝貢して徳化に服したので、古来の法制からはずれないようにすることであった。
廣命懿親,以藩王國。
人情がこまやかで、素朴な美しさである広く親戚を封建されたことである。それで、王国の守りのための藩屏とせられた。
帝曰爾侯,君茲青土。
そこで帝はわれに詔して、汝はこの青州の地の侯とされてのだ。
奄有海濱,方周於魯。

広く四方天涯、海浜に及ぶ土地を残らず所領せよとされた、それは周室が周公の子伯禽を魯侯に封ぜられたことにならわれたということなのだ。

#4
車服有輝,旗章有敘。
されば諸侯としての車と引く馬は光輝を放ち、諸公の旗さしものは秩序もって立ちならぶ。
濟濟俊乂,我弼我輔。
一斉に並んだ数多の俊傑の士が左右にあって、われを文武それぞれの補佐してくれたのであります。
伊爾小子,恃寵驕盈。
然るに不肖の私は、君の恩寵をたのんでわがままな振る舞いをしたのです。
舉掛時網,動亂國經。

その時のことは現時の法律に触れ、国法の乱れる挙動に出てしまったのです。

#5
作藩作屏,先軌是墮。
天子の藩となり、屏となるべきを、身をもって先帝の法典を破ったのです。
傲我皇使,犯我朝儀。
それに、勅使に無礼をはたらき、朝儀を犯す不法を敢て致しました。
國有典刑,我削我黜。
国家にはもとより国の法典・刑罰がありますが、わが封土を削り、わが爵位をしりぞけられました。
將寘於理,元兇是率。

そして、獄官にあずけられ、大罪の律に当てようとなされた。

#6
明明天子,時惟篤類。
幸いにも天子は心にわだかまりのないところで兄弟の情を厚く思し召されたのだ。
不忍我刑,暴之朝肆。
私を朝廷における、裁判においてすべて暴かれ、刑にて罰するには忍びないとされたのである。
違彼執憲,哀予小子。
それはかの司法官の意に反して、この私、不肖の臣をあわれみたまわれたのだ。
改封兗邑,於河之濱。

そこで私の封地を兗邑に改めて、済河のほとりに赴任させてくださった。

明明【めいめい】たる天子,時に惟【こ】れ類に篤し。
我を刑するに忍ばず,之を朝肆【ちょうし】に暴くも。
彼の執憲【しつけん】に違い,予れ小子を哀む。
封ずるは兗邑【えんゆう】に改め,河の濱【ほとり】に於【ゆ】かしむ。


『責躬詩』 現代語訳と訳註
(本文)

明明天子,時惟篤類。不忍我刑,暴之朝肆。
違彼執憲,哀予小子。改封兗邑,於河之濱。


(下し文)
明明【めいめい】たる天子,時に惟【こ】れ類に篤し。
我を刑するに忍ばず,之を朝肆【ちょうし】に暴くも。
彼の執憲【しつけん】に違い,予れ小子を哀む。
封ずるは兗邑【えんゆう】に改め,河の濱【ほとり】に於【ゆ】かしむ。


(現代語訳)
幸いにも天子は心にわだかまりのないところで兄弟の情を厚く思し召されたのだ。
私を朝廷における、裁判においてすべて暴かれ、刑にて罰するには忍びないとされたのである。
それはかの司法官の意に反して、この私、不肖の臣をあわれみたまわれたのだ。
そこで私の封地を兗邑に改めて、済河のほとりに赴任させてくださった。


(訳注)#6
明明天子,時惟篤類。
幸いにも天子は心にわだかまりのないところで兄弟の情を厚く思し召されたのだ。
○明明 ①非常に明るいさま。②はっきりしていて,疑わしいところのないさま。また,心にわだかまりのないさま。
 兄弟。


不忍我刑,暴之朝肆。
私を朝廷における、裁判においてすべて暴かれ、刑にて罰するには忍びないとされたのである。
○朝肆 古代から中世に、朝市で商品を並べた所。後の朝の見世棚にあたる。ここでは朝廷における、裁判。


違彼執憲,哀予小子。
それはかの司法官の意に反して、この私、不肖の臣をあわれみたまわれたのだ。


改封兗邑,於河之濱。
そこで私の封地を兗邑に改めて、済河のほとりに赴任させてくださった。
○兗邑 222年黄初三年改めて鄄城侯に封ぜらる。郡城は古の兗州の地(G・H―8・9)である。
曹植洛陽地図02