曹植 《責躬詩》 魏詩

今や文武それぞれの補佐をしてくれることで配置するものを払いのけ、君はあっても臣下をもたないのです。このふしだらの過失、大失態をおかしたものに、誰がわたしを輔けてくれるでありましょうか。

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責躬詩
於穆顯考,時惟武皇。
ああ、美しく世にあらわれた光明の徳あるのがわが先
受命於天,寧濟四方。
天より大命を受けて、四方隅々まで平定せられた。
朱旗所拂,九土披攘。
赤旗のひるがえるところとし、九州全土なびき服した。
玄化滂流,荒服來王。
道徳の変革はあまねく及んで、最遠方の異民族も皆来朝した
#2
超商越周,與唐比蹤。
殷の湯王や周の武王にもまさり、帝堯陶唐氏にも及ぶというべきである。
篤生我皇,奕世載聰。
今はわが文帝であり、あつい徳をうけて生まれ給うたので、魏は代々聡明の君を得たのである。
武則肅烈,文則時雍。
すなわち武帝は厳しくて烈しく、文帝はおだやかに雍容なのだ。
受禪於漢,君臨萬邦。

漢より禅譲を受け、万国に君臨せられることとなった。
#3
萬邦既化,率由舊章。
万国はすでに朝貢して徳化に服したので、古来の法制からはずれないようにすることであった。
廣命懿親,以藩王國。
人情がこまやかで、素朴な美しさである広く親戚を封建されたことである。それで、王国の守りのための藩屏とせられた。
帝曰爾侯,君茲青土。
そこで帝はわれに詔して、汝はこの青州の地の侯とされてのだ。
奄有海濱,方周於魯。

広く四方天涯、海浜に及ぶ土地を残らず所領せよとされた、それは周室が周公の子伯禽を魯侯に封ぜられたことにならわれたということなのだ。

#4
車服有輝,旗章有敘。
されば諸侯としての車と引く馬は光輝を放ち、諸公の旗さしものは秩序もって立ちならぶ。
濟濟俊乂,我弼我輔。
一斉に並んだ数多の俊傑の士が左右にあって、われを文武それぞれの補佐してくれたのであります。
伊爾小子,恃寵驕盈。
然るに不肖の私は、君の恩寵をたのんでわがままな振る舞いをしたのです。
舉掛時網,動亂國經。

その時のことは現時の法律に触れ、国法の乱れる挙動に出てしまったのです。

#5
作藩作屏,先軌是墮。
天子の藩となり、屏となるべきを、身をもって先帝の法典を破ったのです。
傲我皇使,犯我朝儀。
それに、勅使に無礼をはたらき、朝儀を犯す不法を敢て致しました。
國有典刑,我削我黜。
国家にはもとより国の法典・刑罰がありますが、わが封土を削り、わが爵位をしりぞけられました。
將寘於理,元兇是率。

そして、獄官にあずけられ、大罪の律に当てようとなされた。

#6
明明天子,時惟篤類。
幸いにも天子は心にわだかまりのないところで兄弟の情を厚く思し召されたのだ。
不忍我刑,暴之朝肆。
私を朝廷における、裁判においてすべて暴かれ、刑にて罰するには忍びないとされたのである。
違彼執憲,哀予小子。
それはかの司法官の意に反して、この私、不肖の臣をあわれみたまわれたのだ。
改封兗邑,於河之濱。

そこで私の封地を兗邑に改めて、済河のほとりに赴任させてくださった。

#7
股肱弗置,有君無臣。
今や文武それぞれの補佐をしてくれることで配置するものを払いのけ、君はあっても臣下をもたないのです。
荒淫之闕,誰弼余身。
このふしだらの過失、大失態をおかしたものに、誰がわたしを輔けてくれるでありましょうか。
煢煢僕夫,於彼冀方。
心細くもただ一人の御者を伴って、帝都洛陽に参朝したのです。
嗟予小子,乃罹斯殃。

ああ、それにしても、わが身不肖にして、このわざわいにかかったのであります。


(窮を責むる詩)
於【ああ】穆【ぼく】たる【けんこう】、時れ惟れ武皇【ぶこう】、
命を天に受け、四方を寧済【ねいさい】す。
朱旗の排【はら】ふ所、九土は【ひじょう】し、
玄化【げんか】【あまねく】く流れ、荒服【こうふく】來王す。

#2
商【しょう】に超え周に越【こ】え、唐と蹤【あと】を比ぶ。
篤く我が皇を生み、奕世【えきせい】聰【そう】を載せ、
武は則ち肅烈【しゅくれつ】、文は則ち【時雍じよう】、
禪【ぜん】を漢に受け、萬邦に君臨す。
#3
萬邦【ばんぽう】は既に化し,舊章【きゅうしょう】に率由【そつゆう】す。
廣く懿親【いしん】に命じて,以って王國に藩とす。
帝曰く爾侯【なんじこう】,茲の青土【せいど】に君たれと。
海濱を奄有【えんゆう】し,周に魯に方【なら】う。
#4
車服は輝き有り,旗章【きしょう】は敘【じょ】有り。
濟濟【せいせい】たる俊乂【しゅんがい】,我をば弼【たす】け我をば輔【たす】く。
伊【こ】れ爾【なんじ】小子,寵【ちょう】恃【たの】をんで驕盈【きょうえい】なり。
舉は時網【じもう】に掛り,動は國經を亂る。
#5
藩と作り屏と作りて,先軌を是れ墮【やぶ】り。
我が皇使に傲【おご】り,我が朝儀を犯す。
國に典刑有り,我をば削我をば黜【しりぞ】け。
將に理に寘【おい】て,元兇【げんきょう】是れ率【みちび】かんとす。
#6
明明【めいめい】たる天子,時に惟【こ】れ類に篤し。
我を刑するに忍ばず,之を朝肆【ちょうし】に暴くも。
彼の執憲【しつけん】に違い,予れ小子を哀む。
封ずるは兗邑【えんゆう】に改め,河の濱【ほとり】に於【ゆ】かしむ。
#7
股肱【ここう】置かず,君有れど臣無し。
荒淫【こういん】の闕【けつ】,誰か余が身を弼けん。
煢煢【けいけい】たる僕夫【ぼくふ】,彼の冀方【きほう】に於【ゆ】く。
嗟【ああ】予【われ】は小子にて,乃ち斯の殃【わざわい】に罹【かか】る。


『責躬詩』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)
#7
股肱弗置,有君無臣。荒淫之闕,誰弼余身。
煢煢僕夫,於彼冀方。嗟予小子,乃罹斯殃。


(下し文)
股肱【ここう】置かず,君有れど臣無し。
荒淫【こういん】の闕【けつ】,誰か余が身を弼けん。
煢煢【けいけい】たる僕夫【ぼくふ】,彼の冀方【きほう】に於【ゆ】く。
嗟【ああ】予【われ】は小子にて,乃ち斯の殃【わざわい】に罹【かか】る。


(現代語訳)
今や文武それぞれの補佐をしてくれることで配置するものを払いのけ、君はあっても臣下をもたないのです。
このふしだらの過失、大失態をおかしたものに、誰がわたしを輔けてくれるでありましょうか。
心細くもただ一人の御者を伴って、帝都洛陽に参朝したのです。
ああ、それにしても、わが身不肖にして、このわざわいにかかったのであります。


(訳注)#7
股肱弗置,有君無臣。
今や文武それぞれの補佐をしてくれることで配置するものを払いのけ、君はあっても臣下をもたないのです。
○股肱弗置 弼と輔の臣下。 弼:軍事的な補佐役。・輔:政治的な補佐役。文武それぞれの補佐をしてくれることで配置する事。日本的に言えば、手足となって働いてくれる部下。


荒淫之闕,誰弼余身。
このふしだらの過失、大失態をおかしたものに、誰がわたしを輔けてくれるでありましょうか。
○荒淫之闕 不品行、ふしだらの失態。


煢煢僕夫,於彼冀方。
心細くもただ一人の御者を伴って、帝都洛陽に参朝したのです。
○煢煢 孤独のさま。
○冀方 唐堯の郡した所である。魏都は鄴に都し、鄴は冀州にあるから、鄴都を指すとするが、時に魏は洛陽をもって京師としていたのであるから、洛陽を鄴都に比して冀方といった。


嗟予小子,乃罹斯殃。
ああ、それにしても、わが身不肖にして、このわざわいにかかったのであります。
○殃 災い/禍/殃は①人に不幸をもたらす物事。また、その結果である不幸な出来事。災厄。災難。②不快であること。多く、感動表現に用いる。