曹植 《應詔詩》 作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。

2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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應詔詩 曹植 魏詩<76-#まとめ>文選 上 献詩 773 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2413


應詔詩
肅承明詔,應會皇都。
つつしんで天子の詔命を拝し、都に上って入朝しょうとした。
星陳夙駕,秣馬脂車。
朝まだき星を見ながら、馬車を陳ねて、馬には秣をやり、車には脂をさすなどして準備する。
命彼掌徒,肅我征旅。
わたしは供頭に命じて旅の用意に手落ちなきよう戒めた。
朝發鸞台,夕宿蘭渚。
朝に鸞がすんでいる高い台を発し、夕には蘭の花さく渚に宿する。

#2
芒芒原隰,祁祁士女。
はるかに平原が広がる、そこには農蚕にいそしむ多くの若い男女のすがたがある。
經彼公田,樂我稷黍。
帝王の徳に溢れているため、よく手入れされた公田を通りすぎ、成育する黍や稷を楽しげに見る。
爰有樛木,重陰匪息。
枝がからみあって下垂している木があり、木かげを作ってはいるが、休息しない。
雖有餱糧,飢不遑食。
また乾かした携帯食をもってはいるが、食べて飢をいやす暇はなく、ひたすら旅をいそぐのみなのだ。

#3
望城不過,面邑不游。
都市に入るにながめてみて、通りすぎることをしない。まち中にむかっても、遊びに行くことをしない。
僕夫警策,平路是由。
御者に馬をむちうたせて、馬車を早く走らせ、平らな道に従ってひたすら進むのだ。
玄駟藹藹,揚鑣漂沫。
黒毛の四頭の馬は、その勢いすさまじく、くつわをふりあげ、あわを吹いて疾駆する。
流風翼衡,輕雲承蓋。

くびきの負担を少くし、軽ろやかな雲は、車のおおいの後ろに沸き起こりおしすすめる。

#4
竹林0021涉澗之濱,綠山之隈。
時には、谷川の水辺を通り、山のいりくんだ隈を周囲をふちどるようにすすむ。
遵彼河滸,黃坂是階。
また、かの河の岸によりしたがってすすみ、黄土のおおう坂道によってすすむ。
西濟關谷,或降或升。
西のかたをめざして、関所や渓谷をわたりすぎる。その間、時には下に降りたり、時には上に登るのである。
鋋驂倦路,載寢載興。

車をひく馬は旅路につかれ、一行の人々は寝る時間も少く、辛労を重ねる。

#5
將朝聖皇,匪敢晏寧。
これから聖皇帝にお目見得しょうとしている身である。どうして安閑としておられようものか。
珥節長騖,指日遄征。
時には、車をとどめて休息することもあるが、また遙かな道をはせて行く。太陽をゆびさしては、急ぎすすむのである。
前驅舉燧,后乘抗旌。
進行列のさきがけ役は、たいまつをかかげて道をてらし、進行のしんがり役は、はねのついた旗で進行のさしずをする。
輪不輟運,鸞無廢聲。
車輪はたえず回転し、車の鈴はなりつづける。

#6
爰暨帝室,稅此西墉。
天子の宮廷のあるところにようやく到着し、そこの西の館に宿をしたのである。
嘉詔未賜,朝覲莫從。
しかし、御目通りの詔を賜らないのであり、朝廷にお目見得するてだてもないのである。
仰瞻城閾,俯惟闕庭。
仕方なく、城内の門のしきみを、むなしく仰ぎみたり、こうべをたれて、皇居の庭の方へと、くさぐさの思いをはせるしかないのである。
長懷永慕,憂心如酲。
いついつまでも、君をなつかしみ、慕わしく思い、憂慮する心は、さながら悪酔いに沈んでいるかのようである。



#1
粛みて明詔【めいしょう】を承け、皇都に会するに應ず。
星陳 夙に駕し、馬に秣かひ車に脂さす。
彼の掌徒に命じ、我が征旅を粛す。
朝に鸞臺を発し、夕に蘭渚に宿す。
#2
芒芒たる原隰【げんしゅう】,祁祁【きき】たる士女。
彼の公田を經,我が稷黍【しょくしょ】樂しむ。
爰【ここ】に樛木【きゅうぼく】有り,重陰【ちょういん】匪れど息わず。
餱糧【こうりょう】有りと雖も,飢えて食うに遑【いとま】あらず。
#3
城を望めども過らず、邑【ゆう】に面【むかえ】へども遊ばず。
僕夫は警策し、平路に是れ由る。
玄駟【げんし】は藹藹【あいあい】として、鑣【くつわ】を揚げ沫を漂わす。
流風は衡【くびき】を翼【たす】け、軽雲は蓋【がい】を承【たす】く。
#4
潤の潜を捗り、山の隈を縁り。
彼の河の滸に遵い、黃坂に是れ階る。
西のかた關と谷を濟り,或いは降り、或いは升る。
鋋驂 路に倦み,載び寢ね載び興く。
#5
將に聖皇に朝せんとし,敢えて晏寧【あんねい】に匪ず。
節を珥め 長く騖【は】せ,日を指して遄【すみや】かに征く。
前驅 燧【すい】を舉げ,后乘【こうじょう】旌【しょう】を抗【あ】ぐ。
輪は運【め】ぐる輟【や】めず,鸞は聲を廢【や】むる無し。

#6
爰【ここ】に帝室に暨【いた】り,此の西墉【せいじょう】に稅【やど】る。
嘉詔【かしょう】未だ賜らざれば,朝覲【ちょうぎん】從【よし】莫し。
仰ぎて城閾【じょういき】を瞻て,俯して闕庭【けつてい】を惟う。
長く懷【なつか】しみ永く慕う,憂心 酲【てい】の如し。