諸葛亮 《前出師表》 陛下の家臣である亮が申し上げます。 先帝(劉備)は、この国の基礎を作り始められてから、事業の道半ばにして、事業途中でほうぎょされました。今、天下は三国に分かれ鼎立しており、わが益州の地は疲れ果ててしまい、これは本当に危急存亡の時、まさしく冬を迎えようとしているのです。


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出師表-前出師表-諸葛亮 漢詩<97-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩820 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2648


出師表--諸葛亮
前出師表
鷹将1-1-1#1
臣亮言:先帝創業未半,而中道崩殂;今天下三分,益州疲敝,此誠危急存亡之秋也。然侍衛之臣,不懈於內;忠志之士,忘身於外者:蓋追先帝之殊遇,欲報之於陛下也。誠宜開張聖聽,以光先帝遺德,恢弘志士之氣;不宜妄自菲薄,引喻失義,以塞忠諫之路也。
1-1-2#2
宮中府中,俱為一體;陟罰臧否,不宜異同:若有作奸犯科,及為忠善者,宜付有司,論其刑賞,以昭陛下平明之治;不宜偏私,使內外異法也。侍中、侍郎郭攸之、費依、董允等,此皆良實,志慮忠純,是以先帝簡拔以遺陛下:愚以為宮中之事,事無大小,悉以咨之,然後施行,
1-1-3#3
必得裨補闕漏,有所廣益。將軍向寵,性行淑均,曉暢軍事,試用之於昔日,先帝稱之曰“能”,是以眾議舉寵為督:愚以為營中之事,事無大小,悉以咨之,必能使行陣和穆,優劣得所也。親賢臣,遠小人,此先漢所以興隆也;親小人,遠賢臣,此後漢所以傾頹也。
1-1-4#4
先帝在時,每與臣論此事,未嘗不嘆息痛恨於桓、靈也!侍中、尚書、長史、參軍,此悉貞亮死節之臣也,願陛下親之、信之,則漢室之隆,可計日而待也。

1-2-1 #5
臣本布衣,躬耕南陽,苟全性命於亂世,不求聞達於諸侯。先帝不以臣卑鄙,猥自枉屈,三顧臣於草廬之中,諮臣以當世之事,由是感激,遂許先帝以驅馳。後值傾覆,受任於敗軍之際,奉命於危難之間:爾來二十有一年矣。先帝知臣謹慎,故臨崩寄臣以大事也。
1-2-2#6
受命以來,夙夜憂慮,恐付託不效,以傷先帝之明;故五月渡瀘,深入不毛。今南方已定,甲兵已足,當獎帥三軍,北定中原,庶竭駑鈍,攘除奸兇,興復漢室,還於舊都:此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。至於斟酌損益,進盡忠言,則攸之、依、允等之任也。
1-2-3 #7
願陛下托臣以討賊興復之效,不效則治臣之罪,以告先帝之靈;若無興復之言,則責攸之、依、允等之咎,以彰其慢。陛下亦宜自謀,以諮諏善道,察納雅言,深追先帝遺詔。臣不勝受恩感激!今當遠離,臨表涕泣,不知所云。


後出師表
2-1-1#1
先帝慮漢、賊不兩立,王業不偏安,故托臣以討賊也。以先帝之明,量臣之才,故知臣伐賊,才弱敵強也。然不伐賊,王業亦亡。惟坐而待亡,孰與伐之?是故托臣而弗疑也。
2-1-2#2
臣受命之日,寢不安席,食不甘味;思惟北征,宜先入南:故五月渡瀘,深入不毛,並日而食。──臣非不自惜也:顧王業不可偏安於蜀都,故冒危難以奉先帝之遺意。而議者謂為非計。今賊適疲於西,又務於東,兵法“乘勞”:此進趨之時也。謹陳其事如左:


2-2-1#3
高帝明並日月,謀臣淵深,然涉險被創,危然後安;今陛下未及高帝,謀臣不如良、平,而欲以長策取勝,坐定天下:此臣之未解一也。劉繇、王朗,各據州郡,論安言計,動引聖人,群疑滿腹,眾難塞胸;今歲不戰,明年不征,使孫策坐大,遂並江東:此臣之未解二也。
2-2-2#4
曹操智計,殊絕於人,其用兵也,仿怫孫、吳,然困於南陽,險於烏巢,危於祁連,逼於黎陽,幾敗北山,殆死潼關,然後偽定一時耳;況臣才弱,而欲以不危而定之:此臣之未解三也。
2-2-3#5
曹操五攻昌霸不下,四越巢湖不成,任用李服而李服圖之,委任夏侯而夏侯敗亡,先帝每稱操為能,猶有此失;況臣弩下,何能必勝:此臣之未解四也。自臣到漢中,中間期年耳,然喪趙雲、陽群、馬玉、閻芝、丁立、白壽、劉合、鄧銅等,及驅長屯將七十余人,突將無前,叢叟、青羌,散騎武騎一千余人,
2-2-4#6
此皆數十年之內,所糾合四方之精銳,非一州之所有;若複數年,則損三分之二也。──當何以圖敵:此臣之未解五也。今民窮兵疲,而事不可息;事不可息,則住與行,勞費正等;而不及今圖之,欲以一州之地,與賊持久:此臣之未解六也。

2-3-1#7
夫難平者,事也。昔先帝敗軍於楚,當此時,曹操拊手,謂天下已定。──然後先帝東連吳、越,西取巴、蜀,舉兵北征,夏侯授首:此操之失計,而漢事將成也。──然後吳更違盟,關羽毀敗,秭歸蹉跌,曹丕稱帝:凡事如是,難可逆見。臣鞠躬盡瘁,死而後已;至於成敗利鈍,非臣之明所能逆睹也。




『前出師表』#1 
(前出師の表)#1
臣亮言:先帝創業未半,而中道崩殂;
陛下の家臣である亮が申し上げます。 先帝(劉備)は、この国の基礎を作り始められてから、事業の道半ばにして、事業途中でほうぎょされました。
今天下三分,益州疲敝,此誠危急存亡之秋也。
今、天下は三国に分かれ鼎立しており、わが益州の地は疲れ果ててしまい、これは本当に危急存亡の時、まさしく冬を迎えようとしているのです。
然侍衛之臣,不懈於內;
そんな中では、まず、陛下(劉禅)の護衛をしている兵士たちは怠慢の気持ちを起こすことがあってはなりません。
忠志之士,忘身於外者:
そして、忠義心を抱く役人たちでかためること、外部の守りをするものは自分の身を忘れることである。
蓋追先帝之殊遇,欲報之於陛下也。
つまり、たいせつなのは、先帝(劉備)に特別の礼で接遇されたことを思い慕うこと、そして、その御恩を陛下に報いようとしなければならないと思うことであります。
誠宜開張聖聽,以光先帝遺德,恢弘志士之氣;
陛下が仁義、慈愛、道徳でもって心を広く開かれ、施政されることがもっともよろしいのです、偉大なる先の帝ののこされた徳につつまれていることなのです。そうすればわが国に尽くそうという志のある人々の心は広がってまいります。
不宜妄自菲薄,引喻失義,以塞忠諫之路也。
むやみに、自分の形成されていない力であることを、昔のたとえを引用して教条主義的施政を行えば主君と家臣の筋道をなくしてしまいます、まずもって陛下は家臣たちが真心を持って陛下を諫める道をふさいではなりません。


  
『前出師表』#1 現代語訳と訳註
(本文)
臣亮言:先帝創業未半,而中道崩殂;
今天下三分,益州疲敝,此誠危急存亡之秋也。
然侍衛之臣,不懈於內;
忠志之士,忘身於外者:
蓋追先帝之殊遇,欲報之於陛下也。
誠宜開張聖聽,以光先帝遺德,恢弘志士之氣;
不宜妄自菲薄,引喻失義,以塞忠諫之路也。


(下し文)
臣の亮言わく:先帝、業を創【はじ】めて未だ半ばならずして中道にして崩殂し、
今の天下は参に分かたれ、益州【えきしゅう】は疲弊し、此れ誠の危急存亡の秋なり。然るに侍衛【じえい】の臣は内に懈【おこた】らず、忠志【ちゅうし】の士は身を外に忘るるは、蓋し先帝の殊遇【しゅぐう】を追うて、之を陛下に報いんと欲すればなり。誠に宜しく聖徳【せいとく】を開張【かいちょう】するに、光【おお】いなる先帝の遺徳【いとく】を以てすべく、志士【しし】の気を恢弘【かいこう】し、妄りに菲薄【ひはく】に自【よ】りて、喩えを引きて義を失うて、以て忠諫【ちゅうかん】の路を塞ぐべからざるなり。


(現代語訳)
(前出師の表)#1
陛下の家臣である亮が申し上げます。 先帝(劉備)は、この国の基礎を作り始められてから、事業の道半ばにして、事業途中でほうぎょされました。
今、天下は三国に分かれ鼎立しており、わが益州の地は疲れ果ててしまい、これは本当に危急存亡の時、まさしく冬を迎えようとしているのです。
そんな中では、まず、陛下(劉禅)の護衛をしている兵士たちは怠慢の気持ちを起こすことがあってはなりません。
そして、忠義心を抱く役人たちでかためること、外部の守りをするものは自分の身を忘れることである。
つまり、たいせつなのは、先帝(劉備)に特別の礼で接遇されたことを思い慕うこと、そして、その御恩を陛下に報いようとしなければならないと思うことであります。
陛下が仁義、慈愛、道徳でもって心を広く開かれ、施政されることがもっともよろしいのです、偉大なる先の帝ののこされた徳につつまれていることなのです。そうすればわが国に尽くそうという志のある人々の心は広がってまいります。
むやみに、自分の形成されていない力であることを、昔のたとえを引用して教条主義的施政を行えば主君と家臣の筋道をなくしてしまいます、まずもって陛下は家臣たちが真心を持って陛下を諫める道をふさいではなりません。


(訳注)
臣亮言:先帝創業未半,而中道崩殂;

陛下の家臣である亮が申し上げます。 先帝(劉備)は、この国の基礎を作り始められてから、事業の道半ばにして、事業途中でほうぎょされました。
・創業  国の基礎を作り始めること。
・中道 物事を完成させる途中のこと。
・崩殂(ほうそ): 「崩御(ほうぎょ)」、天子(てんし)、つまり皇帝が亡くなること。
・殂とは、(帝が)死ぬという意味


今天下三分,益州疲敝,此誠危急存亡之秋也。
今、天下は三国に分かれ鼎立しており、わが益州の地は疲れ果ててしまい、これは本当に危急存亡の時、まさしく冬を迎えようとしているのです。


然侍衛之臣,不懈於內;
そんな中では、まず、陛下(劉禅)の護衛をしている兵士たちは怠慢の気持ちを起こすことがあってはなりません。


忠志之士,忘身於外者:
そして、忠義心を抱く役人たちでかためること、外部の守りをするものは自分の身を忘れることである。
・忠志 忠義のこころざし。心のこもったこころざしのこと。


蓋追先帝之殊遇,欲報之於陛下也。
つまり、たいせつなのは、先帝(劉備)に特別の礼で接遇されたことを思い慕うこと、そして、その御恩を陛下に報いようとしなければならないと思うことであります。
・殊遇 特別の礼を尽くしてもてなす待遇のこと。


誠宜開張聖聽,以光先帝遺德,恢弘志士之氣;
陛下が仁義、慈愛、道徳でもって心を広く開かれ、施政されることがもっともよろしいのです、偉大なる先の帝ののこされた徳につつまれていることなのです。そうすればわが国に尽くそうという志のある人々の心は広がってまいります。
・聖徳 天子(皇帝)の人格と知恵。仁義、慈愛、道徳。
・開張 開いて広げる。
・遺徳 亡くなった人ののこした徳。
・志士 国家や社会のために尽くそうという志を持つ人。
・恢弘 広める。


不宜妄自菲薄,引喻失義,以塞忠諫之路也。
むやみに、自分の形成されていない力であることを、昔のたとえを引用して教条主義的施政を行えば主君と家臣の筋道をなくしてしまいます、まずもって陛下は家臣たちが真心を持って陛下を諫める道をふさいではなりません。
・菲薄 通常は自分の人格や能力を謙遜していう言葉であるが、ここでは諸葛亮が諫言する語として用いているもので、陛下はまだ修業のみ、まだまだ勉強中のみですよというほどの意味。
・忠諫 真心によって相手をいさめること。