諸葛亮《出師表-前出師表》私はそのご命令を受けて以来、朝早くから夜遅くまで、思い悩んでおります。人に頼むことによって成果を出すことが出来ないことをいつも恐れ、それが先帝の道理の明るさを傷つけてしまうのではないかということを恐れておるのです。


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出師表-前出師表-諸葛亮 漢詩<97-#6>Ⅱ李白に影響を与えた詩825 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2673


1-2-1 #5
臣本布衣,躬耕南陽,
臣下の私は元々庶民の身分で、南陽で自分で田畑を耕していました。
苟全性命於亂世,不求聞達於諸侯。
僭越ではありますが何とか乱世のなかで生きがいを見出すことであり、諸侯におかれればよくて、それ以上の出世をすることを求めることはないのです。
先帝不以臣卑鄙,猥自枉屈,
先帝(劉備)は私を下品な田舎ものとして取り扱うことされなかった、ご自身をへりくだって来訪を重ねられたのです。
三顧臣於草廬之中,諮臣以當世之事,
三顧の礼をもって私の粗末な草葺きの庵の中をおとずれられ、私に今の世の中のことを相談なされた。
由是感激,遂許先帝以驅馳。
このことによって私は感激し、ついには先帝のために駆け回って尽くすことを許されたのです。
後值傾覆,受任於敗軍之際,
後には国家の滅亡に遭遇するし、任務の軍が敗れる時期を受けることになる。
奉命於危難之間:爾來二十有一年矣。
危機存亡の期間に遭うたびに命令を謹んで承り、それ以来これまでもう二十一年になります。
先帝知臣謹慎,故臨崩寄臣以大事也。
先帝は私の行いが慎み深いことを承知されておられ、それによりまして先帝が崩御なされたときに、私に国家の重大な仕事を任せられたのです。

1-2-2#6
受命以來,夙夜憂慮,
私はそのご命令を受けて以来、朝早くから夜遅くまで、思い悩んでおります。
恐付託不效,以傷先帝之明;
人に頼むことによって成果を出すことが出来ないことをいつも恐れ、それが先帝の道理の明るさを傷つけてしまうのではないかということを恐れておるのです。
故五月渡瀘,深入不毛。
そこで五月に瀘水を渡って、作物が十分に育たないといわれた土地の中へと深く入っていくのです。
今南方已定,甲兵已足,
現在は南方はすでに平定しましたが、武器とよろいかぶと兵力はすでに十分にそろっております。
當獎帥三軍,北定中原,
今こそ大軍を統率して北にある天下の中央部である中原を平定する北伐をせねばならないのです。
庶竭駑鈍,攘除奸兇,
皆でその鈍い才能のかぎりを尽くして、魏の悪者たちを払い除くのです。
興復漢室,還於舊都:
漢の王室を元通りに復興することです。都を昔の都に戻すことです。
此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。
家臣を集め、そして先帝の御霊にそのはたらきを報告するのです。
至於斟酌損益,進盡忠言,
そして北伐の損益・功績をさしはかり、忠誠信に基づいた発言の限りを進言させます。
則攸之、依、允等之任也。
すなわち、郭攸之、費禕、董允など四相にこれを任せるのです。
1-2-3 #7
願陛下托臣以討賊興復之效,
不效則治臣之罪,以告先帝之靈;
若無興復之言,則責攸之、依、允等之咎,
以彰其慢。陛下亦宜自謀,
以諮諏善道,察納雅言,深追先帝遺詔。
臣不勝受恩感激!今當遠離,
臨表涕泣,不知所云。


『出師表-前出師表』 現代語訳と訳註
(本文)
受命以來,夙夜憂慮,
恐付託不效,以傷先帝之明;
故五月渡瀘,深入不毛。
今南方已定,甲兵已足,
當獎帥三軍,北定中原,
庶竭駑鈍,攘除奸兇,
興復漢室,還於舊都:
此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。
至於斟酌損益,進盡忠言,
則攸之、依、允等之任也。


(下し文)
命を受けて以来、夙夜【しゅくや】に憂歎【ゆうたん】し、託付【たくふ】して效【こう】あらずして、以て先帝の明を傷つくるを恐れ、
故に五月に瀘【ろ】に渡り、深く不毛に入る。
今は南方は已に定まり、兵甲は已に足り、
当に奨めて参軍を率い、北に中原を定めて、
庶【ことごと】く駑鈍【どどん】を竭【つく】し、姦凶【かんきょう】を攘【はら】い除き、
漢室を興復【こうふく】し、旧都に還らんとすべし。此れ臣の先帝に報いて、陛下の職分に忠なる所以なり。損益を斟酌するに至り、進んで忠言を尽し、則ち攸之﹑禕﹑允の任なり。


(現代語訳)
私はそのご命令を受けて以来、朝早くから夜遅くまで、思い悩んでおります。
人に頼むことによって成果を出すことが出来ないことをいつも恐れ、それが先帝の道理の明るさを傷つけてしまうのではないかということを恐れておるのです。
そこで五月に瀘水を渡って、作物が十分に育たないといわれた土地の中へと深く入っていくのです。
現在は南方はすでに平定しましたが、武器とよろいかぶと兵力はすでに十分にそろっております。
今こそ大軍を統率して北にある天下の中央部である中原を平定する北伐をせねばならないのです。
皆でその鈍い才能のかぎりを尽くして、魏の悪者たちを払い除くのです。
漢の王室を元通りに復興することです。都を昔の都に戻すことです。
家臣を集め、そして先帝の御霊にそのはたらきを報告するのです。
そして北伐の損益・功績をさしはかり、忠誠信に基づいた発言の限りを進言させます。
すなわち、郭攸之、費禕、董允など四相にこれを任せるのです。


(訳注)1-2-2#6
百舌鳥02受命以來,夙夜憂慮,
私はそのご命令を受けて以来、朝早くから夜遅くまで、思い悩んでおります。
・夙夜: 朝早くから夜遅くまで。


恐付託不效,以傷先帝之明;
人に頼むことによって成果を出すことが出来ないことをいつも恐れ、それが先帝の道理の明るさを傷つけてしまうのではないかということを恐れておるのです。
・託付: 人に頼む。


故五月渡瀘,深入不毛。
そこで五月に瀘水を渡って、作物が十分に育たないといわれた土地の中へと深く入っていくのです。
・瀘: 瀘水という川。雲南省から四川省の岷江(びんこう)と合流して長江となる。
・不毛:作物が十分に育たない土地。


今南方已定,甲兵已足,
現在は南方はすでに平定しましたが、武器とよろいかぶと兵力はすでに十分にそろっております。


當獎帥三軍,北定中原,
今こそ大軍を統率して北にある天下の中央部である中原を平定する北伐をせねばならないのです。


庶竭駑鈍,攘除奸兇,
皆でその鈍い才能のかぎりを尽くして、魏の悪者たちを払い除くのです。
・駑鈍: 才能が鈍いこと。
・姦凶: 悪者。魏国。


興復漢室,還於舊都:
漢の王室を元通りに復興することです。都を昔の都に戻すことです。


此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。
家臣を集め、そして先帝の御霊にそのはたらきを報告するのです。


至於斟酌損益,進盡忠言,
そして北伐の損益・功績をさしはかり、忠誠信に基づいた発言の限りを進言させます。


則攸之、依、允等之任也。
すなわち、郭攸之、費禕、董允など四相にこれを任せるのです。
・攸之 郭攸之(かく ゆうし、生没年不詳)のこと。中国の後漢時代末期から三国時代にかけての政治家。蜀(蜀漢)の官僚、政治家。字は演長。荊州南陽郡の人。才能と学問で当時の人に名を知られる。劉備に仕えた時代の事績は残らないが、出師表によれば、費禕・董允らと共に劉備によって抜擢されたという。劉備の死後は引き続き劉禅に仕えた。
・依 費禕(ひ い、? - 253年)は、中国後漢末期から三国時代の人で、蜀漢の政治家・武将。字は文偉。費伯仁・費観の同族。費承・費恭の父。娘は皇太子劉璿の妃。『三国志』蜀書に伝が立っている。荊州江夏郡鄳(現在の湖北省武漢市江夏区)の人。
・允 董允(とう いん、? - 246年)は、中国三国時代の蜀漢の政治家。字は休昭。父は董和。孫は董宏(晋の巴西太守)[1]。『三国志』蜀書に独立の伝がある[2]。
章武元年(221年)、劉備が即位し、劉禅を皇太子に立てると、その側近(太子舎人、次いで太子洗馬)として抜擢された。建興元年(223年)、劉禅が即位すると、黄門侍郎に任じられた。