諸葛亮《後出師表》、我々がその賊軍を破ることができなくて反対に賊軍に打ち破られている現状なのです。#1 亮が以下のように申し上げる。「大軍は祁山と箕谷にあります。そのどちらも魏の賊軍が多くおるのです。ところが

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出師表-後出師表-諸葛亮 漢詩<99-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩828 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2688



後出師表 #1
 亮曰:「大軍在祁山﹑箕谷、皆多於賊、而不能破賊為賊所破者、則此病不在兵少也、在一人耳。今欲減兵省将、明罰思過、校変通之道於将来;若不能然者、雖兵多何益!自今已後、諸有忠慮於国、但勤攻吾之闕、則事可定、賊可死、功可蹻足而待矣」
#2
 於是考微労、甄烈壮、引咎責躬、布所失於天下、厲兵講武、以為後図、戎士簡練、民忘其敗矣。亮聞孫権破曹休、魏兵東下、関中虚弱。
 
#2
 十一月、上言曰:
「先帝慮漢﹑賊不両立、王業不偏安、故託臣以討賊也。以先帝之明、量臣之才、故知臣伐賊才弱敵強也;然不伐賊、王業亦亡、惟坐待亡、孰与伐之?是故託臣而弗疑也。
#3
臣受命之日、寝不安席、食不甘味、思惟北征、宜先入南、故五月渡瀘、深入不毛、并日而食。臣非不自惜也、顧王業不得偏全於蜀都、故冒危難以奉先帝之遺意也、而議者謂為非計。今賊適疲於西、又務於東、兵法乘労、此進趨之時也。
 
#4
謹陳其事如左:
高帝明並日月、謀臣淵深、然渉険被創、危然後安。今陛下未及高帝、謀臣不如良﹑平、而欲以長計取勝、坐定天下、此臣之未解一也。
#5
劉繇﹑王朗各拠州郡、論安言計、動引聖人、群疑満腹、衆難塞胸、今歳不戦、明年不征、使孫策坐大、遂并江東、此臣之未解二也。

#6
曹操智計殊絶於人、其用兵也、髣彿孫﹑呉、然困於南陽、険於烏巣、危於祁連、偪於黎陽、幾敗北山、殆死潼関、然後偽定一時耳、況臣才弱、而欲以不危而定之、此臣之未解参也。

#7
 曹操五攻昌霸不下、四越巣湖不成、任用李服而李服図之、委夏侯而夏侯敗亡、先帝毎称操為能、猶有此失、況臣駑下、何能必勝?此臣之未解四也。

#8
 自臣到漢中、中間期年耳、然喪趙雲、陽群、馬玉、閻芝、丁立、白壽、劉郃、鄧銅等及曲長屯将七十餘人、突将無前。賨﹑叟﹑青羌散騎﹑武騎一千餘人、此皆数十年之内所糾合四方之精鋭、非一州之所有、若復数年、則損参分之二也、当何以図敵?此臣之未解五也。
#9
 今民窮兵疲、而事不可息、事不可息、則住与行労費正等、而不及今図之、欲以一州之地与賊持久、此臣之未解六也。
#10
 夫難平者、事也。昔先帝敗軍於楚、当此時、曹操拊手、謂天下以定。然後先帝東連呉﹑越、西取巴﹑蜀、挙兵北征、夏侯授首、此操之失計而漢事将成也。然後呉更違盟、関羽毀敗、秭帰蹉跌、曹丕称帝。凡事如是、難可逆見。臣鞠躬尽力、死而後已、至於成敗利鈍、非臣之明所能逆睹也」
 
 是有散関之役。此表、亮集所無、出張儼黙記。
 

後出師表 #1
亮曰:「大軍在祁山﹑箕谷、
亮が以下のように申し上げる。「大軍は祁山と箕谷にあります。
皆多於賊、而不能破賊為賊所破者、
そのどちらも魏の賊軍が多くおるのです。ところが、我々がその賊軍を破ることができなくて反対に賊軍に打ち破られている現状なのです。
則此病不在兵少也、在一人耳。
つまりこの苦しい状況は我々の兵の数が少ないからではなく、その敗北の戦略責任はわたくし、ただ一人にあるのです。
今欲減兵省将、明罰思過、校変通之道於将来;
今はまず、兵の数を減らして将軍の数を少なくすること、刑罰を明らかにして間違ったところについて明らかにすること、それから、事態に臨機応変に対処する方策を立てるためにいろんなことを引きあわせて調べることに致すことなのです。
若不能然者、雖兵多何益!
もしそうすることができなければ、我々の兵の数が多くても何の利益があるというのでしょうか。
自今已後、諸有忠慮於国、但勤攻吾之闕、
こから後は、もろもろの事態に忠臣愛国、真心を維持し国をおもう、ひたすらに私のこれまでの過失を責めることに励みます。
則事可定、賊可死、功可蹻足而待矣」
そうすれば万事定まって、賊は死ぬことになるでしょう。功績はつま先立ちをするように期待をして待つことができます」と。


亮曰く、「大軍は祁山【きざん】・箕谷【きこく】に在りて、
皆な賊多し、而るに賊を破る能わずして賊の破る所となるのは、
則ち此の病は兵の少なきにあらず、一人に在るのみ。
今、兵を減じ将を省かんとして、罰を明らかにし過ちを思い、変通【へんつう】の道を将来に校【くら】ぶ;
若【も】し然る能わざれば、兵の多きと雖も何の益かあらん。
今より已後【いご】、諸【もろも】ろを忠に国を慮【おもんばか】ること有りて、但だ吾の闕【けつ】を攻めることを勤めば、
則ち事は定まるべくして、賊は死すべし、功は足を蹻【あ】げて待つべし」と。

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『後出師表』 現代語訳と訳註
(本文) 
#1
亮曰:「大軍在祁山﹑箕谷、
皆多於賊、而不能破賊為賊所破者、
則此病不在兵少也、在一人耳。
今欲減兵省将、明罰思過、校変通之道於将来;
若不能然者、雖兵多何益!
自今已後、諸有忠慮於国、但勤攻吾之闕、
則事可定、賊可死、功可蹻足而待矣」


(下し文)
亮曰く、「大軍は祁山【きざん】・箕谷【きこく】に在りて、
皆な賊多し、而るに賊を破る能わずして賊の破る所となるのは、
則ち此の病は兵の少なきにあらず、一人に在るのみ。
今、兵を減じ将を省かんとして、罰を明らかにし過ちを思い、変通【へんつう】の道を将来に校【くら】ぶ;
若【も】し然る能わざれば、兵の多きと雖も何の益かあらん。
今より已後【いご】、諸【もろも】ろを忠に国を慮【おもんばか】ること有りて、但だ吾の闕【けつ】を攻めることを勤めば、
則ち事は定まるべくして、賊は死すべし、功は足を蹻【あ】げて待つべし」と。


(現代語訳)
亮が以下のように申し上げる。「大軍は祁山と箕谷にあります。
そのどちらも魏の賊軍が多くおるのです。ところが、我々がその賊軍を破ることができなくて反対に賊軍に打ち破られている現状なのです。
つまりこの苦しい状況は我々の兵の数が少ないからではなく、その敗北の戦略責任はわたくし、ただ一人にあるのです。
今はまず、兵の数を減らして将軍の数を少なくすること、刑罰を明らかにして間違ったところについて明らかにすること、それから、事態に臨機応変に対処する方策を立てるためにいろんなことを引きあわせて調べることに致すことなのです。
もしそうすることができなければ、我々の兵の数が多くても何の利益があるというのでしょうか。
こから後は、もろもろの事態に忠臣愛国、真心を維持し国をおもう、ひたすらに私のこれまでの過失を責めることに励みます。
そうすれば万事定まって、賊は死ぬことになるでしょう。功績はつま先立ちをするように期待をして待つことができます」と。


(訳注)
後出師表 
#1
建興6年(228年)、諸葛亮は劉禅に再び「出師表」を上奏したとされている。この時の文章は、先の「出師表」と区別して「後出師表」と呼ばれている。しかし、この文章は『三国志』の本文では言及されず、裴松之の注釈の中で、習鑿歯『漢晋春秋』から引用され、さらに陳寿の編纂した『諸葛亮集』にも見えず、呉の張儼『黙記』に見えると書かれている上、歴史事実との相違点が多い。こうしたことから後世の偽作とする見方が有力である。


鷹将亮曰:「大軍在祁山﹑箕谷、
亮が以下のように申し上げる。「大軍は祁山と箕谷に魏の曹真が在集している。
・祁山﹑箕谷 諸葛亮はまず斜谷道から郿を奪うと宣伝し、趙雲・鄧芝を囮とし、箕谷に布陣させた。魏の曹真が全軍を率いてこの方面に向かった隙に、自らは軍を率いて西に回り込み、祁山を攻めた。諸葛亮のこの動きに呼応して、天水・南安・安定の3郡が蜀に寝返った。この時、魏の天水郡の武将であった姜維が蜀に降伏している。


皆多於賊、而不能破賊為賊所破者、
そのどちらも魏の賊軍が多くおるのです。ところが、我々がその賊軍を破ることができなくて反対に賊軍に打ち破られている現状なのです。


則此病不在兵少也、在一人耳。
つまりこの苦しい状況は我々の兵の数が少ないからではなく、その敗北の戦略責任はわたくし、ただ一人にあるのです。


今欲減兵省将、明罰思過、校変通之道於将来;
今はまず、兵の数を減らして将軍の数を少なくすること、刑罰を明らかにして間違ったところについて明らかにすること、それから、事態に臨機応変に対処する方策を立てるためにいろんなことを引きあわせて調べることに致すことなのです。
・校: いろんな事を引きあわせて調べる。
・変通: あらゆる物事に臨機応変に対処する。


若不能然者、雖兵多何益!
もしそうすることができなければ、我々の兵の数が多くても何の利益があるというのでしょうか。


自今已後、諸有忠慮於国、但勤攻吾之闕、
こから後は、もろもろの事態に忠臣愛国、真心を維持し国をおもう、ひたすらに私のこれまでの過失を責めることに励みます。


則事可定、賊可死、功可蹻足而待矣」
そうすれば万事定まって、賊は死ぬことになるでしょう。功績はつま先立ちをするように期待をして待つことができます」と。
・已後: それから後。
・闕: 欠点や過失のことです。