揚雄 《甘泉賦》 漢の十世の成帝におかれては、まずもって大神を祭ることをされた。それで泰畤を復興され、神より幸いをさずかることで、自らの名を高められんとされたのだ。古代三皇に肩を並べられ、五帝の業績を兼ね備えんとされたのである。

 

2013年8月13日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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揚雄 《甘泉賦》 文選 賦<108-(2)#1-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩855 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2823

 

甘泉賦 幷序

作者:揚雄 西漢《昭明文選》

 

 

(1) 甘泉賦 序

孝成帝時,客有薦雄文似相如者。上方郊祀甘泉泰畤、汾陰后土,以求繼嗣,召雄待詔承明之庭。正月,從上甘泉還,奏甘泉賦以風。其辭曰:

 

(2)#1-1

惟漢十世,將郊上玄,定泰畤,雍神休,尊明號,同符三皇,錄功五帝,卹胤錫羨,拓迹開統。於是迺命羣僚,歷吉日,協靈辰,星陳而天行。

(3)1-2

詔招搖與泰陰兮,伏鉤陳使當兵。屬堪輿以壁壘兮,梢夔魖而抶獝狂。八神奔而警蹕兮,振殷轔而軍裝。蚩尤之倫,帶干將而秉玉戚兮,飛蒙茸而走陸梁。

(4)1-3

齊總總以撙撙其相膠轕兮,猋駭雲迅奮以方攘。駢羅列布,鱗以雜沓兮,柴虒參差,魚頡而鳥。翕赫霍,霧集而蒙合兮,半散昭爛,粲以成章。

(5)#2-1

於是乘輿迺登夫鳳皇兮而翳華芝,駟蒼螭兮六素虯。蠖略蕤綏,灕虖纚。帥爾陰閉,霅然陽開。騰清霄而軼浮景兮,夫何旟旐郅偈之旖柅也!流星旄以電燭兮,咸翠蓋而鸞旗。

(6)#2-2

敦萬騎於中營兮,方玉車之千乘。聲隱以陸離兮,輕先疾雷而馺遺風。陵高衍之嵱嵷,超紆譎之清澄。登椽欒而天門兮,馳閶闔而入凌兢。

(7)#3-1

是時未轃夫甘泉也,迺望通天之繹繹。下陰潛以慘廩兮,上洪紛而相錯。直嶢嶢以造天兮,厥高慶而不可虖疆度。平原唐其壇曼兮,列新雉於林薄。

(8)#3-2

攢幷閭與茇兮,紛被麗其亡鄂。崇丘陵之駊騀兮,深溝嶔巖而為谷。𨓹𨓹離宮般以相燭兮,封巒石關施靡乎延屬。

(9)#4-1

於是大廈雲譎波詭,嶊而成觀。仰撟首以高視兮,目冥眴而亡見。正瀏濫以弘惝兮,指東西之漫漫。徒徊徊以徨徨兮,魂眇眇而昏亂。

(10)#4-2

據軨軒而周流兮,忽軮圠而亡垠。翠玉樹之青蔥兮,璧馬犀之瞵。金人仡仡其承鍾虡兮,嵌巖巖其龍鱗。揚光曜之燎燭兮,垂景炎之炘炘。

(11)#4-3

配帝居之縣圃兮,象泰壹之威神。洪臺崛其獨出兮,北極之嶟嶟。列宿迺施於上榮兮,日月纔經於柍桭。雷鬱律於巖突兮,電倐忽於牆藩。

(12)#4-4

鬼魅不能自逮兮,半長途而下顚。歷倒景而飛梁兮,浮蔑蠓而撇天。左欃槍而右玄冥兮,前熛闕後應門。陰西海與幽都兮,涌醴以生川。

(13)#4-5

蛟龍連蜷於東厓兮,白虎敦圉虖昆侖。覽樛流於高光兮,溶方皇於西清。前殿崔巍兮和氏玲瓏。炕浮柱之飛榱兮,神莫莫而扶傾。閌閬閬其寥廓兮,似紫宮之崢嶸。

(14)#4-6

駢交錯而曼衍兮,𡽁隗虖其相嬰。乘雲閣而上下兮,紛蒙籠以成。曳紅采之流離兮,颺翠氣之寃延。襲琁室與傾宮兮,若登高妙遠、肅乎臨淵。

(15)#5-1

回猋肆其碭駭兮,桂椒而鬱杼楊。

香芬茀以窮隆兮,擊薄櫨而將榮。

肸以根兮,聲隱而歷鍾。

排玉而颺金鋪兮,發蘭惠與𦲄藭。

(16)#5-2

帷弸其拂汨兮,稍暗暗而靚深。

陰陽清濁穆羽相和兮,若夔牙之調琴。

棄其剞劂兮,王爾投其鉤繩。

雖方征僑與偓佺兮,猶彷彿其若夢。

(17)#6-1

於是事變物化,目駭耳回,蓋天子穆然,

珍臺閒館,琁題玉英,蜎蠖濩之中。

惟夫所以澄心清魂,儲精垂思,

感動天地,逆釐三神者。

(18)#6-2

迺搜逑索偶,皋伊之徒冠倫魁能,函甘棠之惠,挾東征之意,相與齊乎陽靈之宮。靡薜荔而為席兮,折瓊枝以為芳。噏清雲之流瑕兮,飲若木之露英。

(19)#6-3

集虖禮神之囿,登虖頌祇之堂。建光燿之長兮,昭華覆之威威。攀琁璣而下視兮,行遊目虖三危。陳衆車於東阬兮,肆玉釱而下馳。

(20)#6-4

漂龍淵而還九垠兮,窺地底而上回。風傱傱而扶轄兮,鸞鳳紛其御蕤。梁弱水之濎濙兮,躡不周之逶蛇。想西王母欣然而上壽兮,屏玉女而卻虙妃。

(21)#6-5

玉女亡所眺其清矑兮,虙妃曾不得施其蛾眉。方擥道德之精剛兮,眸神明與之為資。

 

(22)#7-1

於是欽柴宗祈,燎熏皇天,招繇泰壹。舉洪頤,樹靈旗,樵蒸焜上,配藜四施。東燭滄海,西燿流沙,北幽都,南煬丹厓。

(23)#7-2

玄瓚觩秬鬯泔淡,肸嚮豐融,懿懿芬芬。炎感黃龍兮,熛訛碩麟。選巫咸兮叫帝閽,開天庭兮延羣神。儐暗藹兮降清壇,瑞穰穰兮委如山。

(24)#8

於是事畢功弘,回車而歸。度三巒兮偈棠黎。天閫決兮地垠開,八荒協兮萬國諧。登長平兮雷鼓磕,天聲起兮勇士厲。雲飛揚兮雨滂沛,于胥德兮麗萬世。

 

(25)#9-1

亂曰:崇崇圜丘,隆隱天兮。

登降峛崺,單垣兮。

增宮差,駢嵯峨兮。

嶙峋,洞無厓兮。

上天之縡,杳旭卉兮。

(26)#9-2

聖皇穆穆,信厥對兮。

徠祇郊禋,神所依兮,

俳佪招搖,靈𨒈兮。

煇光眩燿,隆厥福兮。

子子孫孫,長亡極兮。

 

 

甘泉賦 幷序

(ならびに序)
孝成帝時,客有薦雄文似相如者。

孝成皇帝の時代である。ある上京してきた人物が、私、揚雄の文章が、司馬相如に似ているとして帝に推薦してくれた。

上方郊祀甘泉泰畤、汾陰后土,

そんな時に帝は、甘泉の泰畤と汾陰の后土で、天地の神を祀られた。

以求繼嗣,召雄待詔承明之庭。

世継ぎを得ようとされていた。私、揚雄は帝に召され、承明盧でお言葉を持つ身分となった。

正月,從上甘泉還,

正月になって、帝に随従いして甘泉宮に詣で、都に帰った。

奏甘泉賦以風。其辭曰:

それから「甘泉の賦」を奏上し、それとなくお諌めをした。その文章は以下のように申し述べたのもである。

 

(2)#1-1

惟漢十世,將郊上玄,

漢の十世の成帝におかれては、まずもって大神を祭ることをされた。

定泰畤,雍神休,尊明號,

それで泰畤を復興され、神より幸いをさずかることで、自らの名を高められんとされたのだ。

同符三皇,錄功五帝,

古代三皇に肩を並べられ、五帝の業績を兼ね備えんとされたのである。

卹胤錫羨,拓迹開統。

また、多くの子孫にめぐまれて、血統を長く伝えようとされたのである。

於是迺命羣僚,歷吉日,

こうしたことにおいて、成帝は、百官に命じられ、吉日を選ばせられた。

協靈辰,星陳而天行。

人日のように良い時間に祭祀が行われるようにされ甘泉宮に出発する際、公卿百官は天の星々のごとく並び進んだのである。
 

惟れ漢の十世,將に上玄を郊して,

泰畤【たいじ】を定め,神休に雍【たす】けられて,明號【めいごう】を尊くし,

符を三皇に同じくして,功を五帝に錄【す】べ,

胤【あとつぎ】を卹【うれ】え羨【ゆた】かなるを錫【たまわ】り,迹を拓き統を開かんとす。

是れに於いて迺【すなわ】ち羣僚【ぐんりょう】に命じ,吉日を歷【えら】び,

靈辰【れいしん】に協【かな】わしむ,星のごとく陳【つら】なりて天のごとく行【めぐ】る。

 幻日環01









『甘泉賦』 現代語訳と訳註

(本文) (2)#1-1

惟漢十世,將郊上玄,

定泰畤,雍神休,尊明號,

同符三皇,錄功五帝,

卹胤錫羨,拓迹開統。

於是迺命羣僚,歷吉日,

協靈辰,星陳而天行。

 

 

(下し文) (2)#1-1

惟れ漢の十世,將に上玄を郊して,

泰畤【たいじ】を定め,神休に雍【たす】けられて,明號【めいごう】を尊くし,

符を三皇に同じくして,功を五帝に錄【す】べ,

胤【あとつぎ】を卹【うれ】え羨【ゆた】かなるを錫【たまわ】り,迹を拓き統を開かんとす。

是れに於いて迺【すなわ】ち羣僚【ぐんりょう】に命じ,吉日を歷【えら】び,

靈辰【れいしん】に協【かな】わしむ,星のごとく陳【つら】なりて天のごとく行【めぐ】る。

 

 

(現代語訳)

漢の十世の成帝におかれては、まずもって大神を祭ることをされた。

それで泰畤を復興され、神より幸いをさずかることで、自らの名を高められんとされたのだ。

古代三皇に肩を並べられ、五帝の業績を兼ね備えんとされたのである。

また、多くの子孫にめぐまれて、血統を長く伝えようとされたのである。

こうしたことにおいて、成帝は、百官に命じられ、吉日を選ばせられた。
人日のように良い時間に祭祀が行われるようにされ甘泉宮に出発する際、公卿百官は天の星々のごとく並び進んだのである。

 

 

(訳注) (2)#1-1

惟漢十世,將郊上玄,

漢の十世の成帝におかれては、まずもって大神を祭ることをされた。

・漢の十世皇帝 成帝皇太子時代の元帝と王政君の間に生まれる。この時期、元帝は父宣帝の不興を買い廃嫡の瀬戸際であったが、後嗣である成帝が生まれたため廃嫡は沙汰止みとなる。宣帝は後嗣誕生を喜び、成帝に「太孫」(皇太孫という程度の意)という字を与えた。

元帝の崩御にともない即位、宣帝以来中書を担当し政治に多大な影響を及ぼしてきた宦官勢力の弱体化には成功したが、それに代わり外戚勢力、殊に生母・孝元皇太后(王政君)の実家・王氏一族が深く朝政に関与し、後の王莽による簒奪の要因となっている。

 

定泰畤,雍神休,尊明號,

それで泰畤を復興され、神より幸いをさずかることで、自らの名を高められんとされたのだ。

・泰畤 前112(元鼎5)には,雲陽(陝西省淳化県)に置かれた甘泉宮の南に泰畤(たいじ)とよばれる太一祠壇が設けられた。

 

同符三皇,錄功五帝,

古代三皇に肩を並べられ、五帝の業績を兼ね備えんとされたのである。

・三皇五帝 中国の神話伝説時代の帝王。現在ではこれらは実在の人物とは考えられていない。三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされた。伝説では、最初の世襲王朝夏の以前の時代とされる。三皇を伏羲、女媧、神農とする。「五帝」は史記では黄帝・顓頊・嚳・尭・舜、『三統経』では嚳・尭・舜・禹・湯などのようである。
 

卹胤錫羨,拓迹開統。

また、多くの子孫にめぐまれて、血統を長く伝えようとされたのである。

・卹胤 血統がつづくこと。・卹 憂う、慎む、恵む、少ないという意味がある。また侐と通じて、静か、という意味がある。

・錫羨 錫は単体は銀白色の金属光沢を有し、延性・展性に富むことから、役職につくこと、子孫繁栄などの意味に用いられる。

 

於是迺命羣僚,歷吉日,

こうしたことにおいて、成帝は、百官に命じられ、吉日を選ばせられた。

・羣僚 朝廷の百官。

 

協靈辰,星陳而天行。

人日のように良い時間に祭祀が行われるようにされ甘泉宮に出発する際、公卿百官は天の星々のごとく並び進んだのである。

・靈辰 人日の異称(五節句の一。陰暦正月七日のこと。七種粥(ななくさがゆ)を祝う風習がある。人の日。[季]新年。)
DCF00017